第56話 敵か味方か

文字数 3,499文字

「おー! ナナよ。よくぞ無事で戻って参られた!!」
 長谷川いのりが芝居がかった仕草でそう言った。
「やめてよ、いのり。もう卒業までちゃんと学校来られるから」
 
 ナナが自分の周りのマナを自身でなんとかコントロール出来るレベルになったので登校を再開した。もちろん、深層では万一に備えエリカが昼寝もせずに表のナナの様子を伺っている。季節はもう年末になっており、街中はクリスマスムードだ。
 
 正直、ナナがここまでうまくマナに対処出来るのであれば、急いでナナを成仏させたり自分が魔鏡に戻ったりする必要はなく、エリカとしては願ったりかなったりではあるが、この状況が長引くとなると、やはり魔王不在の魔族とエルフ国の間の和平・停戦は急ぐ必要があろう。
 ナナは大切だが自分は全魔族の生活にも責任を負っている。エリカはその事をひと時も忘れた事がない。とりあえず学校卒業したら白樺堂に就職だ。それからナナとあちらの世界に渡って、いろいろ考えて行こうと、その時のエリカは考えていた。

 そして、クリスマスイブの夕方。
 学校から白樺堂に帰ったら、玄関口にサリー婆が立っていて、ナナに来客が来ていると言う。

「いいかいナナ、エリカ。心を落ち着けて聞いてくれ。
 理人(リヒト)がお前達に会いに来ておる」

「えっ!?」表と深層で、ナナとエリカの言葉がハモった。
 ナナが動揺している様なので、エリカが表に出た。

「いったいいまさら何の用で、どの面下げてこんなところに……」
「それがのう……我らの仲間にしてくれと言って来ておる……」
「はっ!? どういうこった? 芳野みてえに魔族に操られてんじゃねえのか?」

「いや、そう思ってわしもよくよく観察したが、魂の尾はちゃんとつながっておるし、変な魔力も全く感じん。
 とにかく……話を聞いてみるか? 嫌なら帰ってもらうが……」
「……いや。芳野の事もあるし、アイツにも何かあったんだろうな。
 話を聞くのはありだと思うが……ナナ、お前はどうだ?」
「うん、大丈夫。今のところマナはうまくコントロール出来ているから」
 
 エリカとナナがリヒトに会う覚悟を決めて店に入ると、店のたたきに車椅子が止めてあり……はは、だいぶやせこけちまっているが、確かにリヒトだ。
 脇に介添えと思われる若い女性が立っていたが、婆によると公安の監視エージェントとの事だ。

「やあ来宮さん、ひさしぶり。元気? でもちょっと顔色悪いかな」
「ああ、まさかここであんたに会うとは思ってなかったんで、少々焦ってるかもな」
「はは……その口ぶりだと、あなたが魔王さん? 来宮さんは隠れてるんだ?」
「お前とは顔合わせたくないんだろうさ。
 で、そこまで知ってるって事はお前、魔族と接触したな」

「そうだよ。だからこうして君たちの所に来たんだ。
 なんか監視されてるのには前から気づいていたんで、その人捕まえて君たちにアクセスしたいってお願いしたのさ」
「まったく……そう言う抜け目のねえところは、ほんとにお前らしいよな。
 それじゃ、お前のお考えを伺おうじゃないか」
 
 フューリアがお茶を出してくれ、リヒトはそれを口にしてから、訪ねてきたいきさつを話だした。

「ある晩。姿かたちは朧気(おぼろげ)でよくわかんないんだけど、自分が魔族の長だという奴が夢に出て来てね。来宮ナナに復讐したくないかって言ったんだ。まあ恨んでない事もないけど、いまさら復讐しても身体は元に戻らないし面倒だって言ったら、毎晩夢に出て来て魔王(あなた)の事や魔法のカラクリを教えてくれて、しつこいから考える時間くれって言ったんだ」

「夢だけ? 特に実力行使してきたとかではないんじゃな?」
 サリー婆がそう言った。
「いやだな。おばあちゃんが何者かは知らないけど、あんな見張り付けられるくらいの人なんでしょ。
 あれで実力行使してくるのは魔族でも相当覚悟がいるんじゃないの?」 

「なるほど。あっちの世界からのリモートだと、夢にアクセスするのが精いっぱいで、その後は本人の協力や承諾がないと操れねえってのはあると思うぜ」
 エリカの言葉にリヒトが続ける。
「だからさー。芳野とかは馬鹿だから口車に乗って、結局つまんない死に方してさ。
 僕はそうなりたくないなーって思って、君らと組んだ方がいいんじゃないかって考えただけさ」

(クズッ!)ナナが深層でそう吐き捨てた。

「いや、お前の考えは分かったが、あたいらは別にお前を必要としていないぞ。
 もともと女口説くしか能のないお前が、あたいが魔族の対抗勢力と戦うにあたって、役に立つとは到底思えん」
 エリカの言葉に、リヒトはくくくっと笑いながら答えた。
「もう。魔王さんも脳筋だなー。
 あなたの敵は、ほぼ毎晩僕の夢に出て来てるんだよ!」

「あっ!! そうか……逆探知」フューリアが声を上げた。
 その言葉に、エリカとサリー婆もお互いを見合った。

「わかった? さっきも言った様に、君たちへの恨みが無いわけじゃないけど、いまさらそれを晴らしても自己満足にもなりゃしない。それより僕は、自分の将来を少しでもより良くして行きたいんだ。だから成功報酬でいいから僕の望みも叶えてよ」

「望みって?」
「魔法で僕の身体を直してほしい。
 ただし、魔族に操られて動くっていうのはイヤだからね」

「なるほどのう。話が全て見えたわい。じゃがそれだと自分自身の魔法で自分の身体を動かすしかないぞ。こちらの世界じゃマナもロクにないからそううまくは行かんと思うが?」
 サリー婆がそう言うと、リヒトは待ってましたとばかりに答えた。

「なら僕は、あっちの世界への移住を希望するよ! 
 こんな世界、全く未練は無いんでね。
 いいじゃないか剣と魔法の異世界! 小説やアニメでも流行ってるんでしょ?」

「やれやれ……どうする婆さん?」エリカが半ばあきれ顔で言う。
「ふむ。こやつやはり頭の回転は人一倍よいのじゃな。しかもエゴイストなのに理に叶っとる。確かに敵のしっぽを捕まえるチャンスだとは思うが……ナナ。お前の意見はどうじゃ?」

(構わない。このまま帰したら、次は本当に敵になって来ると思うし……)
「だってさ」
「それじゃ……決まりじゃな」

 ◇◇◇

 その夜、リヒトが暮らす病院の一室の周りは、ひそかに警官隊が包囲し無関係の者が近寄らない様に対策された。そして、サリー婆とフューリア、エリカが病室内で、敵からの夢経由のアクセスを探知すべく準備をして張り込んでいる。

「いやー。こんなに女性に囲まれていると興奮しちゃって寝られないかも」
 リヒトが減らず口を叩いている。

「めんどくせえ。婆さん添い寝してやれ!」
「ほほほ。わしで良ければ……」
「あー、すいません。大丈夫です。遠慮しておきます。どっちかというと僕はそちらの……フューリアさん? この方の添い寝の方が……」
「サリーさん。痴漢男に電撃発射したいので、マナ分けてもらえません!?」
 
 こんな感じで周りが騒がしく、リヒトが寝付いたのはすでに深夜を回っていた。

「やれやれ。これで敵さんが来なかったらどうすんだよ。
 あたいももう眠いんだけど……」

(エリカ。交替する?)
「あーいや。お前が表で何か起きると面倒だからな。
 お前は自分のマナコントロールに集中しろ」

「あっ、魔力波動感知しました! 逆探知開始します」
 フューリアが小声でそう言った。
「それじゃ、わしもこやつの夢を覗いてみるとするか」
 サリー婆が、理人の頭に右手をかざす。
「大丈夫なのか? 敵に気付かれたら……」
 心配そうなエリカに、サリー婆が答えた。
「いや……もう気づかれておる様じゃ」
「何だって?」

「魔力波動消えました」数分後、フューリアがそう言った。
「発信源はわかったか?」サリー婆が問う。
「向こうの世界なのは間違いありませんが、エルフ国の北の方位までしか追えませんでした。通信手段はテレパシーですね。でもどうやってあっちからリヒトの位置を特定しているのか。とにかくものすごい魔力の持ち主には違いありません」

「で、ばばあは見てたんだろう? 
 バレてる割には結構長い事通信してたみたいじゃねえか」
「ああ……カルバシィーと名乗っておった。そしてはっきりと言われたぞ。エリカと勇者共に戦線布告するとな!」

 そして理人が目覚めたので、身体を起こしてやり話を聞いた。
「いやはや、最初からモロバレだったね。でもどうして判ったんだろう? 
 僕が君たちの所へ行った事、どこかで見てたのかな。
 でも敵さんはそれを承知で僕の夢にやって来て、喧嘩吹っ掛けて帰って行った……。
 よほど勝利を確信しているのか秘策があるのか……まあ、これで僕はちゃんとお役に立った様だし、約束忘れないでよね」
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