第62話 しょうけら

文字数 3,976文字

「うわー、すごい! 本当に温泉じゃない!」
 イラストリアとフューリアがはしゃいでいる。
 
 エリカ達と合流して三日後、予定の仕事はほぼ終わり、明日には王都に帰るとの事で、デルリアルが教えてくれた隠し湯をみんなで訪れた。
「ほんとに隠し湯ですよね。まさかこんな洞窟の中にこんなにお湯が湧き出ているとは」ナナもちょっと感動しながらあたりを見回していた。

 すでに陽は暮れており、洞窟の中は真っ暗なのだが、フューリアが補助魔法で灯りをつけてくれており、それがまたいい雰囲気を作りだしていた。
 大きな岩風呂で、皆で手足を広げて湯につかれるのが何とも心地よい。

「でもナナちゃんの魔法。筋はいいわよ。ちゃんと練習すれば、将来本当に勇者チームも夢じゃないかも」イラストリアの言葉にナナもまんざらでもなさそうであった。
「でも今回のご指導だけじゃ、まだまだ足りないです。
 いつかちゃんと習えたらいいな」
「そうだね。でも、とりあえず今回のカルパシィ―の件が落ち着かないとゆっくり出来ないから……ごめんね」
「あっ、別にそんなつもりじゃ……」

(心配するなナナ。今回のイラの指導で何となくイメージ捏ねる感じは掴んだみてえだし、あとはあたいがちょくちょく教えてやんよ)
「はは。エリカ……とりあえずよろしく」
 ナナがあまり自分の指導に期待していなさそうに答えたのが少々不服ではあるが、まーこりゃいい気持ちだ。深層でも温泉ってのは効くんだな……いや、ナナのリラックスした気持ちが伝わってくるだけか。
 なんだか自分もポカポカして来た様な気がして、エリカも深層でうつらうつらし始めた。

 ゴボゴボッ……岩の湯舟の底から泡があがる。

「あそこからお湯が沸いてるんでしょうか?」
「あんまり近寄ると熱湯かもよ」その泡に近づこうとしていたナナをイラストリアが制したが、ナナは「大丈夫みたいですよ」といいながら泡の出ている先に腕を近づけた。

 とたん、突然ドーンと大きな音とともに水柱が上がった。
「えっ!? 間欠泉!?」フューリアが驚いて立ち上がるが、立った水柱がそのまま形をくずさず、その中にナナの身体が呑み込まれたままになっている。

(ちっ! なんだこいつは!? ただのお湯じゃねえぞ。ナナ、替われ!!)
(ダメ……エリカ。息が……)

「イラ先輩……これは!?」動揺するフューリアにイラストリアが檄を飛ばす。
「敵襲よフューリア。くそ、油断した! それにしてもこれは……」
 目の前に突然隆起した水柱がそのまま立っており、その中に一糸まとわぬナナの身体が閉じ込められている。しかももがく事も出来ない様で、みるみる顔が青ざめて行くのが分かる。

「フュー! 精査!!」
 イラの声に、はっとしながらフューリアが魔導探査を試みる。
「あっ……先輩。あの水柱、魔物です! スライム!?」
「スライムですって!? それじゃとにかく……フレア!!」
 イラストリアが火球を放つが、水柱にはあまり効果がない様だ。

「くそ、普通のスライムじゃない? ロッド使わなきゃ……」
 ロッドは温泉に入る前に脱衣した服といっっしょに、脇に置いてある。
 イラストリアがそちらを振り返って、急ぎ駆け出した時だった。
 
 突然目の前に人が飛び出してきた。
「えっ!? サリーさん?」
 飛び出してきたのはサリー婆だった。そして婆は、イラストリアのロッドと服をかっさらって洞窟の外に向かって走り出した。

「ちょっと、サリーさん! 何するんですか。返して下さい!!」
 あわてて後を追い、相手はしょせん老婆。すぐに追いついて肩を捕まえた。

「緊急事態なんです。ふざけないで下さい!」
 そういって、イラストリアがサリー婆の顔を覗き込んだ瞬間。
 彼女の背中に、ドドドドッと多数の光の刃が食い込んだ。

「あっ! しまった。これは……ドッペルゲンガー……」
 そう言いながらイラストリアはバタリとその場に倒れた。
 水柱にとらわれたナナの事で気が焦り、イラストリアに隙が生じた所を、まんまとミルラパンに突かれたのだ。

 その光景の一部始終を見ていたフューリアは、足がガクガクと震え、どうしていいか分からない。少なくとも今自分の眼の前に立っているサリー婆と思わしき人物が、自分の攻撃魔法で倒せる相手でない事は直観的に分かった。
 
「あーあ。こっちの賢者さん。すごく美人さんなのに勿体なかったねー。
 でも、まだフューリアさんがいるか。ねえ君。僕の彼女にならない?」
 その声がする方を見ると、洞窟の入り口からリヒトが近寄ってくるのが分かった。

「望月理人……どうしてあなたがここに……何で私達がここにいるって分かったのよ……」フューリアは必至で食い下がる。
「あー。それは内緒。だってそのタネ明かしたら、君も無事じゃすまないからさ。
 それでどう? 本当に僕の彼女にならない? 今の相方さんは、なんかとっつきづらいんだよね。それに早く降参しないと、ナナちゃんももうすぐ溺死確定だよ」

「リヒトふざけている場合か。エリカはもう肉体の方がもたんだろ。そいつもさっさととどめをさせ。それでミッションコンプリートだ」
 そういいながらサリー婆の姿のミルラパンが近づいてきた。

「えー。でも僕は、そんなおばあちゃんより、こっちのフューリアさんの方がタイプなんだよ。どうせ魔法を教えてもらうならフューリアさんの方が……」
「貴様……」

 その時、リヒトの後ろで、立っていた水柱が轟音とともにはじけ飛んだ。

 バッカーン!!

「何!?」ミルラパンが眼を剥いて驚く。
 そしてその方向には、自由を取り戻したエリカが立っていた。

「ふー。やべーやべー。一瞬の事でパニックになっちまったが、ナナが窒息して落ちてくれたおかげで表に出られたぜ。
 まったく、とんでもねえ事してくれるじゃねえか」

「あやー。さすがに魔王さんだ。表に出てマナを使われちゃ、大抵の事はなんとかしちゃううか……でも、もう詰みでしょ? 賢者さんも死んじゃった様だし……」

「くっ……おい、フュー。急いでヒールだ! こいつらはあたいが何とかする!」
 エリカの言葉にフューリアは我に返った様に顔をあげ、倒れているイラストリアに駆け寄った。

「さあ来やがれ、リヒト。ドッペルゲンガー! あたいが相手だ!!」
 フューリアとイラストリアの前に立ちはだかって、エリカが啖呵(たんか)を切った。

「あーあ。だから言ったでしょ……もう詰みだって。君たちはもう助からないよ」
 リヒトが落ち着いた表情でそう言った。
「てめえ、何ほざいてやがる……」
 そう言ったエリカの後ろで声がした。

「ぎゃっ!!」
「えっ? どうしたフューリア」
 エリカが後ろを向くと、フューリアが自分の胸を押さえて悶え苦しんでいる。
「どうしたフューリア。なにか攻撃受けたのか!?」

「うーーっ、ぐふっーーー!!」
 フューリアが声にならない声を上げて悶絶しだした。
「おい、こりゃ一体……」

「ふっ。これで勇者パーティも全滅だ。
 エリカ! 後でお前もちゃんと始末してやるから、黙って見ていろ」
 そうすごんだのは、ミルラパンだ。

 エリカの目の前で、ミルラパンがエビ反りの状態になり、自分の胸を苦しそうにかきむしっている。そして、それほど大きくはないフューリアの胸が大きく膨らんだと思った次の瞬間、胸の中心がバカっと割けて、ものすごい出血が起こった。
そして、その裂け目から一目見て嫌悪感をもよおしそうな醜悪な生き物が出て来た。

「へー、これがしょうけら……三尸虫(さんし)というやつか……なんか、ハダカデバネズミ? みたいだよね。これを外に出さないために、みんな大晦日には寝ないんでしょ?」

 リヒトのその言葉に、エリカははっとした。
 しょうけらだと? そもそもあいつは人間に寄生して、そいつの悪事を天帝に報告に行くって奴じゃねえか? それがなんでここで出てくる……。

「ふはははは。どうですエリカ様。私が操れるのは魔獣だけじゃないんですよ」
「その声は……ヴィンセント!?」
 フューリアが倒れてしまい真っ暗になった洞窟の中で、聞き知った声を聴き、エリカが叫んだ。

「それじゃ、さっきのスライムはともかく、この(むし)もお前が……いったいいつからフューリアに……」
「いえ。最初からですよ。最初に彼女が人間の世界に行く前の晩に、鼻の穴から卵を入れときました。おかげで彼女が見聞きするもの、すべて筒抜けだったんですが……さすがの聡明な魔王様も気が付かなかった様で、大変祝着です」

「最初から……それじゃ、いままで変にタイミング良く、いろいろな事件が起こると思ってたのも、あたいらの居場所が筒抜けなのもこいつのせいで……こちらの動きをフューリア経由ですべて把握されていたのか……」
「その通りです。それでこのたび、よりにもよって皆さんお揃いでオールヌードで温泉回とは……これを狙わないのは男としては……いけませんよねリヒト君?」
 ヴィンセントに無茶ぶりされ、リヒトが迷惑そうな顔をする。

「やだなー。僕に振らないで下さいよ。でも、フューリアさんも死んじゃって、目の前にいるのは貧相な来宮ナナだし……僕はやっぱりミルラパンさんにしようかな。でもそのお婆さんの姿はやめてほしいな……」
「リヒト。お前もエリカと一緒に屠るぞ! 
 さあ魔王。これでおしまいだ。因縁に決着を付けようじゃないか。」
 そういうミルラパンが、すでにあたり一面に光の刃を生成しており、ナナの身体の周囲をすき間なく取り囲んでいた。

「因縁って……お前もしかして、ホミルネ村絡みか?」
「……だったらどうする? お前が私達を見捨てた恨みを忘れた事はない。勇者達はすでに滅んだ。そして今、私がお前を屠り、最後にマスターがエルフ共を屠ってくれるんだ!」

「……そうか……わかった。好きにしろ」
 そう言いながら、エリカは眼を閉じてそこに棒立ちになった。

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