第40話 転校生

文字数 3,152文字

「ナナ、おはよう」
「うん、いのり。おはよう」
 すでに、カレンダーは五月に入り、ゴールデンウィークが明けた学校には初夏の風が吹いている。

 ホームルームの時間になり、担任が部屋に入ってきた。

「えーと。三年生のこの時期にめずらしいんですけど。
 今日は転校生が一人このクラスに入ります」
「おおー」クラスがどよめく。
「それじゃ、水瀬芙理亜(みなせふりあ)さん。中に入って」

 先生に導かれて、小柄な茶色いロングヘアで、青みがかったグレーの瞳の、眼の大きな美少女が教室に入ってきた。どうやら帰国子女の様だ。
 クラスの男子達のため息が聞こえた。

「初めまして、皆さん。わたくし、みなせふりあと申します。先日までロスにいたんですが、親の都合でこちらに引っ越してきました。まだこの国そのものにもあまり慣れていませんが、宜しくお願いしますね!」
 芙理亜がそこでパチンとウインクしたため、クラスの男子数名がうおっと声を上げた様だが、実はその対象はナナだったと言う事に当の本人は全く気づいていない。

 昼休み。周りを取り囲むクラスメート達をかき分けて、芙理亜が、いのりと机を並べて弁当を食べているナナに近づいてきた。

「来宮ナナさんよね? 私、水瀬芙理亜(みなせふりあ)です。よろしくね」
「ええ……よろしく」
 とは言ったもののナナは、いきなりクラスの人気者になった転校生がなぜ自分に近寄ってくるのかがわからなかった。

「そんな不思議そうな顔しないで。イラ先輩からあなたの事聞いてるの。
 それで、もっとちゃんとご挨拶がしたいのだけど、学校だとちょっとね。
 だから次のお休みの日にでも、白樺堂に来てくれないかな?」

(何! こいつ、あっちの世界の奴か?)
(エリカ、この人知らないんだ)
(ああ、そんな名前の奴は知らん。
 だが、白樺堂と言う事は、ばばあの息がかかってるって事だろうし、無下にも出来んな)

「わかったわ。水無瀬さん。今度の日曜日にサリーさんのところにお伺いします」
 芙理亜(ふりあ)は、その言葉を聞いて安心した様に、またクラスメートの輪の中に戻っていった。

(芙理亜、ふりあ、フュリア……って、あー。もしかして僧侶フューリアか? 
 タイガのパーティメンバーの…………どんな奴だったっけ? いっつもタイガ達の後ろの方に隠れてて、あんまりはっきり顔見た事無いんだよなー)

◇◇◇

 次の日曜日。エリカとナナは、白樺堂を訪ねた。
 サリー婆によって、改めて僧侶フューリアがエリカの監視役となる事が伝えられ、イラストリアもマナ代謝の安静期が過ぎれば合流するとの事だった。

「タイガさんは来ないんですか?」ナナはちょっと残念そうだ。
「ああ。エルフ王には、フューリアの監視を条件に、エリカがあっちに戻るまでは手を出さないと約束させたからね。
 こっちで魔王エリカがマナを使えるのであれば、あやつはいらんじゃろう」

「そんな訳で、しばらくお世話になります、ナナさん。こっちの世界だと私も普通の人間なもので、監視とかじゃなくお友達としてよろしくね」
 フューリアが笑顔でそう言った。

 監視付きというのはなんとも面倒くさいが、今後、エルフ側が仕掛けて来ないという言質は大きい。
 エリカはあらためて、サリー婆は一体何者なんだと頭を傾げた。

(あとは……どうやってデルリアルと連絡取るかだが……。
 さすがにエルフ側には頼めんしな……)


 ◇◇◇

 同じ頃、デルリアルから派遣されたチュロスは、どうやって魔王エリカを探したものか、休日の鎌倉海浜公園の中をうろうろしながら途方に暮れていた。

「マナとかが動けば、魔王様の魔力ならすぐに分かると思うけど……デルリアルのじいさんは、動いている死体を探せって……でも、それってアンデッドだよね?
 そんなのがこっちの世界にいたら、大騒ぎですぐにわかりそうなもんだけど……」

 死神が魔王様の魂に死体を斡旋した場所が、由比ガ浜当たりで、相手は十代の女の子と言う事だけが判っている為、とりあえずそのあたりから調べてみようかと、渋谷区の自宅から鎌倉まで来てみたものの、正直、まったく手掛かりがない。

 チュロスは、サキュバスとして生存するのに必要最低限の精気を、二百年位前から、こちらの人間界で集めて暮らしている。昔は岡場所とか遊郭と言われ、次に赤線・青線となって、ちょっと前まではトルコ風呂と言われ、最近ではソープランドと呼ばれるお店を点々としながら、人間の生命や健康に影響ない程度で精気を吸わせてもらっているのだ。
 見た目は十六・七のJKと変わらない為、固定客やご指名も多い人気者だが、もちろん店では成人という事になっている。

「ねえ、君。一人?」
 道で声をかけられるのもいつもの事なので、チュロスは慌てずに後ろを振り向くと、高校生だろうか。男子三人がジャージ姿で立っている。

「えっ? あんた達、その恰好でナンパ?」
 彼らの恰好があまりにダサくて、チュロスはちょっと笑ってしまった。

「あ、いえ。すんません。君が、こないだこいつを振った娘に雰囲気ちょっと似てて……こいつが気になって仕方なかったみたいなんで声かけちゃった」
 一番背の高い男子がそう言って、後ろに引っ込んでいた男子を前に押し出した。

「あの、ご迷惑ならいいんです……すいません……」
 前に押し出された男子がすまなそうに言う。
「なによー。男のクセにだらしないなー。
 声かけたんなら、最後までちゃんと話しなよー」

「えっ? いいんですか?」
「ダメ! ぷっ……ウソウソ。まったく、いい若いもんがシケた顔してるなー。
 そんなに失恋が衝撃的だったんだ?」
「いえ、失恋というか……告白する前にフラれちゃって……」
「ま? なにそれ、ヤバーい! でも、なんかおもしろそー。
 聞くだけなら聞いたげるよ。私も今、暇だしー」

 見るからに高校生位なので、そこいらでヘタに精気を吸ったりして発覚すると後ろに手が回りかねないのだが、歩き回って疲れていた事もあり、チュロスは、ちょっとその男子学生たちの話だけでも聞いてやろうかと考えた。

 ◇◇◇

「へー。その子、なんかワケアリという事かー。
 でも、それってやっぱ、男絡みじゃね?」
「そうすかねー? 彼氏いる様には見えなかったんだけどなー」
「陽介君だっけ。あなた、デリカシー無いって言われない? 
 女の子には、いろいろ秘密があるんだよー」
「あー。よく言われます……」

「まあ、元気出しなよ! そんでさー……彼女とエッチしたかった?」
「ええっ!? ま、まあ、したくないと言えばウソになるけど……いや、俺、ナナさんとエッチしたかった!」
「まったく、本当にデリカシーが無い人だね。それじゃ絶対モテないわよ! 
 でも、その正直さが若さの特権か……じゃあ、これ」
「はい? 何ですかこれ。名刺?」

 陽介が貰った名刺には、川崎のソープランドの店の名前と、チェリーという源氏名が書かれていた。

「あはー。これ、私。童貞大好きなチェリーさんね。
 エッチしたかったら、お金貯めてお店に来てね!」
 陽介だけでなく、他の友人二名にも名刺を渡して、チュロスはその場を後にした。
(ふふーん。お店に来ちゃえば、未成年性交もクソもないもんねー。
 いい営業出来たわ)

 一方、名刺をもらった陽介らは、眼をひん剥いたまま驚いている。
「えっ、えっ。今の娘、ソープ嬢なの? うおー、ヤリてええっ!」
 一番背の高い男子が吼えている。
「ああ、あの人とエッチ出来る……あのナナさんに似たあの人と……いや、俺は……」

 陽介は自分がどうしたいのかかなり混乱した様子であったが、やがて意を決して叫んだ。
「俺、明日チェリーさんの店、行って来るわ!」

「えっ、お前何言ってんの? マジかよ。高校生はソープ行けないぞ。
 学校にバレたりしたら、停学とかにも……」
「ああ……そう……だよな」


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