第46話 修学旅行
文字数 3,191文字
チュロスの事件から半月ほど立ち、ナナが心待ちにしていた修学旅行当日がやってきた。朝、新横浜駅に集合して、団体専用の新幹線に乗り込む。
ナナもエリカも、そしてフューリアも新幹線は初めてで、中にいる分にはあまり感じないが、外の景色が江ノ電の数十倍の速度で吹っ飛んでいるように思える。
「ねえ、ナナ。なんか顔色悪くない? もしかして、昨日の晩。興奮しすぎて眠れなかった? はは、私もそうなんだ」
長谷川いのりが心配そうにナナに声をかける。
「乗り慣れない新幹線に乗って酔ったんじゃない?
私もなんか目が回りそうなんですよー」
フューリアも、ずっと外を見ていて目を回しかけている様だ。
「うん、ちょっと寝不足かもだけど……大丈夫だよ……」
だが、エリカと同居するようになってから、こんな感じになるのは初めてだ。
例のズキンズキンとも違うし……風邪でも引いたのだろうか。ぼーっとしてなんだか意識がまとまらない。じっとしていれば大丈夫かなと思っていたのだが、熱海を過ぎたあたりから、どんどん気分が悪くなってきた。やはり乗物酔いしたのだろうか?
(おーい、ナナ。大丈夫か?
乗物酔いなら、少し深層で休んだらどうだ?)
エリカがそう言うので、表を替わってもらった。
ふうっ、ちょっと落ち着いた。やはり、外見てちゃダメなのかな?
でもエリカは何でも無い様だ。
(おい、ナナ! 富士山だってよ! でっかいぞ! 観るか?)
(あー、いいわエリカ。もう少し休む……)
(そっか。そんじゃ良くなったら言えよな)
名古屋を過ぎたあたりで、エリカと一度表を替わったが、やはりまた気分が悪くなって来た。仕方ないので、ナナは結局そのまま、新幹線の中をエリカに任せた。
京都についてからは、観光バスで集団移動だ。
こんどはそんなに気持ち悪くならない。
新幹線が体質に合わなかったのだろうか……富士山近くで見たかったな。
その日は、清水寺や金閣寺などを見学し、京都駅近くのホテルに到着した。
「ナナ。バスは大丈夫そうだったけど、まだ顔色あんまりよくないよ。
明日に備えて今日はゆっくり休もうね」いのりが心配してくれている。
「ごめんね。私、ちょっと先に休ませてもらうね」
十人位の女子の大部屋で、他の女子達がガールズトークにいそしむのを尻目に、ナナは、早々に布団をかぶった。
(エリカ。深層使っていい? なんか、そのほうが落ち着くみたい)
(ああ、構わんが……大丈夫か? お前せっかく楽しみにしてたのにな……。
でもまあ、魔王が恋バナとかも似合わんし、あたいも寝るわ)
◇◇◇
おや、ここはいったい……?
気が付くとエリカは、周りが真っ白で何もない空間にいた。
なんだこりゃ!? 結界か?
……いや、違うな。また夢魔に夢でも見せられているのか?
後ろで誰かが泣いている声がしたので、振り返ると、そこにナナが素っ裸でぺったりと女の子座りをしながら泣いている。
「ナナ? どうしたんだ……ここ、深層なのか?」
そう言いながらエリカは泣いているナナをそっと抱きしめた。
「……ないよ」
「ん、どうした? 何が無いんだ? 泣かなくても、あたいはここにいるよ」
「……にたくないよ……死にたくないよ……死にたくないよ!」
「ナナ!? 大丈夫だ……心配するな。あたいが絶対何とかしてやるから」
「……めだよ……だめだよ……待てないよーーーーーー!」
次の瞬間、ナナがものすごい力でエリカを抱きしめたかと思うと、ナナの形がドロドロと崩れていき、徐々にエリカを覆い始めた。
「おい、ナナ!? しっかりしろ、ナナ。こりゃどういう事だ!?」
「……になれ! ……お前がなれ! ……お前が賢者の石になれ!!」
「!? ……ナ、ナナーーーーーーーーーー!!」
◇◇◇
「うわー!!」
エリカはたまらず飛び起きた。
はーっ、はーっ……今のは?
周りを見ると、修学旅行で泊まっているホテルの部屋だった。
今のは……夢か……。
「ちょっとナナ! どうしたの? 怖い夢でも見た?」
そう言いながら、隣で寝ていたいのりが、心配そうに頭を撫でてくれた。
フューリアや他の女子達も起こしてしまった様だ。
「あっ、いやすまない。なんか怖い夢見ちゃった……」
「もう、仕方ないなー。でも美幸の歯ぎしりよりはマシかもね」
戸口の方で、えー? 私そんなにひどい? と声がした。
「はは、みんなごめん。まだ五時前だね。
あたいはもう起きるから、みんなは休んで」
エリカの言葉に、部屋の女子達は安心した様に、二度寝を始めた。
エリカはそのまま、ホテルの早朝風呂に行った。背中が冷や汗でびっしょりだ。
あれはいったい……湯舟の中でーぼーっと考えてみるが、まあ自分が日ごろ気にかけてる事があんな形で夢に出てきたのかな。肝心のナナは、まだ深層でぐっすりお休み中の様だ。起きている時は、感情も深層にダイレクトに伝わるのだけど、さすがに夢ん中の感情までは伝わらんよな。
だいたいナナがあたいに賢者の石になれとか言う訳ない……よな?
◇◇◇
今日は、一日班行動だ。
朝食を早々に済ませ、ナナはいのりやフューリアと共に宿を出た。
「ナナ、調子はどうだい?」
「あ、いのり。うん、なんともない。早く寝たのが良かったみたい。
やっぱり乗り物酔いだったのかな?」
「そっか、よかった。でも、今朝はびっくりしたよ!」
「えっ、何の事?」
「ありゃ、寝ぼけてたのかね? ま、なんでもないよ」
三人は京都駅から近鉄線に乗って奈良を目指した。
別料金がかかる特急こそ使わなかったが、なるべく早く到着出来るよう、急行の時間はあらかじめ調べてあった。
「新幹線ほどじゃないけど、やっぱり江ノ電より早いわー」
外を眺めながらフューリアがつぶやく。
「あー、あれと比べちゃだめだって!」
昨日の事があったので、ナナはあまり外を見ない様に、極力目をつぶっていたのだが、やはりだんだん気分が悪くなって来た。
(あーん。私ってこんなに乗り物に弱かったんだ。
いままで遠く行った事なんて、なかったしなー)
(大丈夫かナナ。いつでも替わるぞ)
(ありがとエリカ。でも、もうすぐ着くみたいだから頑張るよ)
ふう、やっと着いた……うん。大丈夫そうだね。
ナナはちょっとホッとした。
近鉄奈良駅に着いた三人は、すぐ近くにある興福寺には目もくれず、奈良公園に突入した。
目的は鹿だ。長谷川いのりが鹿を間近で見るのだと朝から張り切っていたのだ。
だが、歩いているうちにナナはどんどん気分が悪くなって来た。
(あれ、どうしちゃったんだろ。
電車は降りたのに……やっぱりまだ調子悪いのかな?)
次第に歩くのもしんどくなってきて、仕方なくエリカに表を交代してもらった。
「おお、すげー。ほんとにウゾウゾいるじゃん!」
「あれ? いつの間に替わったの?」
フューリアがそっとエリカに耳打ちした。
「ああ、なんかまだ調子悪いみたいだ……。
おい、フューリアあれ見ろ! なんか売ってるぞ! 鹿せんべい?
あっちにも似た様な店がある。名物なのかな? 食ってみようぜ!」
「えー。私あまりおなか空いてないんだけれど……」
エリカとフューリアが鹿せんべいを食べていたら、いのりがすっとんで来た。
「ちょっとあなた達、何食べてるのよ! それ人間が食べるものじゃないから!」
「えっ、そうなの?」エリカとフューリアがオタオタしていたら、せんべいを持っている事が周囲の鹿にバレたようで、二人は鹿に取り囲まれた。
「ちょっと、何よあなた達。あ、あげるから、ちょっと離れなさいって。
あー、イヤー。寄らないで! ウンチついちゃうでしょ!!」
フューリアが悲鳴をあげ、エリカはせんべいを上にかざして鹿をからかっていたが、思い切り後ろ足でキックされていた。
(あーあ、エリカ達、楽しそうだな……)深層でナナが残念そうにつぶやいた。
ナナもエリカも、そしてフューリアも新幹線は初めてで、中にいる分にはあまり感じないが、外の景色が江ノ電の数十倍の速度で吹っ飛んでいるように思える。
「ねえ、ナナ。なんか顔色悪くない? もしかして、昨日の晩。興奮しすぎて眠れなかった? はは、私もそうなんだ」
長谷川いのりが心配そうにナナに声をかける。
「乗り慣れない新幹線に乗って酔ったんじゃない?
私もなんか目が回りそうなんですよー」
フューリアも、ずっと外を見ていて目を回しかけている様だ。
「うん、ちょっと寝不足かもだけど……大丈夫だよ……」
だが、エリカと同居するようになってから、こんな感じになるのは初めてだ。
例のズキンズキンとも違うし……風邪でも引いたのだろうか。ぼーっとしてなんだか意識がまとまらない。じっとしていれば大丈夫かなと思っていたのだが、熱海を過ぎたあたりから、どんどん気分が悪くなってきた。やはり乗物酔いしたのだろうか?
(おーい、ナナ。大丈夫か?
乗物酔いなら、少し深層で休んだらどうだ?)
エリカがそう言うので、表を替わってもらった。
ふうっ、ちょっと落ち着いた。やはり、外見てちゃダメなのかな?
でもエリカは何でも無い様だ。
(おい、ナナ! 富士山だってよ! でっかいぞ! 観るか?)
(あー、いいわエリカ。もう少し休む……)
(そっか。そんじゃ良くなったら言えよな)
名古屋を過ぎたあたりで、エリカと一度表を替わったが、やはりまた気分が悪くなって来た。仕方ないので、ナナは結局そのまま、新幹線の中をエリカに任せた。
京都についてからは、観光バスで集団移動だ。
こんどはそんなに気持ち悪くならない。
新幹線が体質に合わなかったのだろうか……富士山近くで見たかったな。
その日は、清水寺や金閣寺などを見学し、京都駅近くのホテルに到着した。
「ナナ。バスは大丈夫そうだったけど、まだ顔色あんまりよくないよ。
明日に備えて今日はゆっくり休もうね」いのりが心配してくれている。
「ごめんね。私、ちょっと先に休ませてもらうね」
十人位の女子の大部屋で、他の女子達がガールズトークにいそしむのを尻目に、ナナは、早々に布団をかぶった。
(エリカ。深層使っていい? なんか、そのほうが落ち着くみたい)
(ああ、構わんが……大丈夫か? お前せっかく楽しみにしてたのにな……。
でもまあ、魔王が恋バナとかも似合わんし、あたいも寝るわ)
◇◇◇
おや、ここはいったい……?
気が付くとエリカは、周りが真っ白で何もない空間にいた。
なんだこりゃ!? 結界か?
……いや、違うな。また夢魔に夢でも見せられているのか?
後ろで誰かが泣いている声がしたので、振り返ると、そこにナナが素っ裸でぺったりと女の子座りをしながら泣いている。
「ナナ? どうしたんだ……ここ、深層なのか?」
そう言いながらエリカは泣いているナナをそっと抱きしめた。
「……ないよ」
「ん、どうした? 何が無いんだ? 泣かなくても、あたいはここにいるよ」
「……にたくないよ……死にたくないよ……死にたくないよ!」
「ナナ!? 大丈夫だ……心配するな。あたいが絶対何とかしてやるから」
「……めだよ……だめだよ……待てないよーーーーーー!」
次の瞬間、ナナがものすごい力でエリカを抱きしめたかと思うと、ナナの形がドロドロと崩れていき、徐々にエリカを覆い始めた。
「おい、ナナ!? しっかりしろ、ナナ。こりゃどういう事だ!?」
「……になれ! ……お前がなれ! ……お前が賢者の石になれ!!」
「!? ……ナ、ナナーーーーーーーーーー!!」
◇◇◇
「うわー!!」
エリカはたまらず飛び起きた。
はーっ、はーっ……今のは?
周りを見ると、修学旅行で泊まっているホテルの部屋だった。
今のは……夢か……。
「ちょっとナナ! どうしたの? 怖い夢でも見た?」
そう言いながら、隣で寝ていたいのりが、心配そうに頭を撫でてくれた。
フューリアや他の女子達も起こしてしまった様だ。
「あっ、いやすまない。なんか怖い夢見ちゃった……」
「もう、仕方ないなー。でも美幸の歯ぎしりよりはマシかもね」
戸口の方で、えー? 私そんなにひどい? と声がした。
「はは、みんなごめん。まだ五時前だね。
あたいはもう起きるから、みんなは休んで」
エリカの言葉に、部屋の女子達は安心した様に、二度寝を始めた。
エリカはそのまま、ホテルの早朝風呂に行った。背中が冷や汗でびっしょりだ。
あれはいったい……湯舟の中でーぼーっと考えてみるが、まあ自分が日ごろ気にかけてる事があんな形で夢に出てきたのかな。肝心のナナは、まだ深層でぐっすりお休み中の様だ。起きている時は、感情も深層にダイレクトに伝わるのだけど、さすがに夢ん中の感情までは伝わらんよな。
だいたいナナがあたいに賢者の石になれとか言う訳ない……よな?
◇◇◇
今日は、一日班行動だ。
朝食を早々に済ませ、ナナはいのりやフューリアと共に宿を出た。
「ナナ、調子はどうだい?」
「あ、いのり。うん、なんともない。早く寝たのが良かったみたい。
やっぱり乗り物酔いだったのかな?」
「そっか、よかった。でも、今朝はびっくりしたよ!」
「えっ、何の事?」
「ありゃ、寝ぼけてたのかね? ま、なんでもないよ」
三人は京都駅から近鉄線に乗って奈良を目指した。
別料金がかかる特急こそ使わなかったが、なるべく早く到着出来るよう、急行の時間はあらかじめ調べてあった。
「新幹線ほどじゃないけど、やっぱり江ノ電より早いわー」
外を眺めながらフューリアがつぶやく。
「あー、あれと比べちゃだめだって!」
昨日の事があったので、ナナはあまり外を見ない様に、極力目をつぶっていたのだが、やはりだんだん気分が悪くなって来た。
(あーん。私ってこんなに乗り物に弱かったんだ。
いままで遠く行った事なんて、なかったしなー)
(大丈夫かナナ。いつでも替わるぞ)
(ありがとエリカ。でも、もうすぐ着くみたいだから頑張るよ)
ふう、やっと着いた……うん。大丈夫そうだね。
ナナはちょっとホッとした。
近鉄奈良駅に着いた三人は、すぐ近くにある興福寺には目もくれず、奈良公園に突入した。
目的は鹿だ。長谷川いのりが鹿を間近で見るのだと朝から張り切っていたのだ。
だが、歩いているうちにナナはどんどん気分が悪くなって来た。
(あれ、どうしちゃったんだろ。
電車は降りたのに……やっぱりまだ調子悪いのかな?)
次第に歩くのもしんどくなってきて、仕方なくエリカに表を交代してもらった。
「おお、すげー。ほんとにウゾウゾいるじゃん!」
「あれ? いつの間に替わったの?」
フューリアがそっとエリカに耳打ちした。
「ああ、なんかまだ調子悪いみたいだ……。
おい、フューリアあれ見ろ! なんか売ってるぞ! 鹿せんべい?
あっちにも似た様な店がある。名物なのかな? 食ってみようぜ!」
「えー。私あまりおなか空いてないんだけれど……」
エリカとフューリアが鹿せんべいを食べていたら、いのりがすっとんで来た。
「ちょっとあなた達、何食べてるのよ! それ人間が食べるものじゃないから!」
「えっ、そうなの?」エリカとフューリアがオタオタしていたら、せんべいを持っている事が周囲の鹿にバレたようで、二人は鹿に取り囲まれた。
「ちょっと、何よあなた達。あ、あげるから、ちょっと離れなさいって。
あー、イヤー。寄らないで! ウンチついちゃうでしょ!!」
フューリアが悲鳴をあげ、エリカはせんべいを上にかざして鹿をからかっていたが、思い切り後ろ足でキックされていた。
(あーあ、エリカ達、楽しそうだな……)深層でナナが残念そうにつぶやいた。