第60話 魔王失格

文字数 2,723文字

 ドッペルゲンガーの脅威を減らしたエリカ一行は、翌日、デルリアルのアジトに赴いた。

「おお、この魔力波動は確かにエリカ様のものだ。ですが仮住まいとはいえ、この様な貧相なお身体におわすとは、本当に申し訳ございません」
 デルリアルが涙ながらにそう言った。

「貧相とか……本人が深層で聞いてるからほどほどにな。
 だが、デルリアル。これまで本当によくやってくれた。礼を言う」
「そんな勿体ないお言葉……本来ならもっと早く魔王様の御身体を仕上げねばなりませんのに」
「済んじまった事はいい。それでこれからの事なんだが……」
 そう言ってエリカは、エルフ達との和議の件についてデルリアルに相談した。

「そうですか。御身体が復活出来るまで、このナナという娘の身体を使うと……」
「ああ。他にもっと良さげなのがあればそっちに移ってもいいんだが、そん時は、ナナにこの肉体を返してやりたい」
「エリカ様が、他の肉体に移るにせよ、将来ご自身の肉体に戻るにせよ、どちらも賢者の石が必要になります。それにナナ殿が自分の身体に戻るのにも必要です。イラストリア殿がいるので作る事自体はなんとかなるとはいえ、材料が魂固定に使える純度のものとなりますと、それこそ数十年に一度手に入るかどうかというシロモノなので、すぐに身体を入れ替えるのは難しいでしょう」
 デルリアルの返事は、まあ想像していた通りだった。

「それじゃ、やはりこの身体で魔族をまとめるしかないか。デルリアル、一度、幹部クラスを集められないか? あたい自ら奴らを説得したほうがいいように思うんだ」
「それは構いませんが……その人間の身体のまま、皆の前に立たれますか? 
 杞憂とは思うのですが、中にはヴィンセントの様に失望する魔族も出るやもしれませんが……」
「だが見かけだけ偽っても、どうせ見破られるし……誠心誠意言葉を尽くすさ」
 はは。魔王が誠心誠意言葉を尽くすんだ……イラストリアはちょっと感動した。

 そして一週間後、エリカに従って各地に潜伏していた魔族の幹部達が秘密裏に、デルリアルの指定した場所に集合した。
 さすがにエルフや人間を伴っては出席できない為、イラストリアやサリー婆たちは、デルリアルのアジトに置いてきている。
 そして約百名ほどの魔族幹部を前に、ナナの姿をしたエリカが、今の状況と自分の考えを伝えた。

「……そういう状況なのですまん。あたいの肉体の復活にはまだあと数年かかる見通しだ。だがそれを待ってたら、みんなが大変な事になっちまう。
 なのでとある筋から、エルフや人間達と停戦する段取りを考えている。
 そうなればみんなも当面の生活を心配しなくていいだろ?
 そしてそのためには、あたいらに組していない魔族達とも足並みをそろえる必要があるので、是非みんなの力を貸してほしい!」
 その言葉に、場内にはしばしの沈黙が訪れた。

「皆、どうであろう。今一度魔王エリカ様を盛り立てて、魔族一同の安寧を志してはみないか?」デルリアルが言葉を発した。
 すると場内から声があがった。

「いまさら、何を寝ぼけた事を言っておられるのか!」
「何!?」エリカが驚いてその方向を見ると、昔右腕だった魔軍の将校の一人、パイスバンだ。

 そのパイスバンが続ける。
「私達の願いはエルフ・人間との共存ではない。奴らの排除だ。
 もう数千年間、煮え湯を飲まされ続け、いつかは奴に目に物を言わせてやるという思いで戦ってきた。そしてエリカ様。あなたならそれを成し遂げられると思い、いままでついて参りましたが、勇者に斬られ、あまっさえそんな貧相な肉体に寄生され、
そんなあなたでは、もう従う価値はないと考える!」

「いや、パイスバン。そうは言うが、これからも戦って奴らに勝って行くとなると、まだまだ戦いは終わらず、平和な暮らしは当分訪れんぞ……」
 エリカの言葉に、場内の反発が広がる。

「そんな弱気な考えだから、勇者に破れたのだ!」
「あなたが力で支配する時代は終わったのだ!」
「いまさら頭を下げて停戦を乞うて、エルフがいいという訳がない!」

 場内の意見は、エリカへの反対・批判一色となった。
 そしてその意見に後押しされたかの様にパイスバンが言う。
「あなたがそんな体たらくだから、勇者などに両断されるのです!
 そもそも、その人間の身体では本来の魔王の力など百分の一も発揮出来ますまい。
 我々が魔王様に求めているのは、圧倒的な強さなのです。
 それがないあなたに従う義理はございません」

 エリカはそれに対し何も言い返せない。
 確かにナナの身体でパイスバンと戦ってもまず勝ち目はない。
 (エリカ……)深層でそれを聞いていたナナも、エリカにかける言葉がない。

「ですから魔王エリカ。我々は今この時をもってあなたの配下を抜け、カルパシィー様の配下になります。あの方は、エルフや人間のせん滅を戦略の第一に掲げておられる、長年の魔族の恨みをよく理解されている指導者です。あなたはあなたで、まあせいぜいその停戦・和平とやらにご尽力下さい。長い事お世話になりました」
 そう言ってパイスバンを筆頭に、多くの魔族幹部がその場を離席してしまった。

「エリカ様……私の力が足りず、誠に申し訳ございません」
 デルリアルが声を震わせて言う。
「仕方ない。元はと言えばあたいがふがいないからこんな事になっちまったんだ。
 だが……こうなりゃもう魔王でもなんでもねえな。ただの魔族のエリカだ。
 さっさと身体をナナに返して、このまま消えちまってもだれも困らなそうだ……」

「エリカの馬鹿! 何言ってんのよ。ちゃんと周りを見なさいよ!」
 突然、深層でナナが叫んだ。
「なんだよナナ。周りって……あっ!」
「まったく……表にいるくせに何も見えてないのね。深層でマナの流れを読めてる私の方がよっぽど周りが見えてるんじゃない?
 この場に残ってくれている魔族の人達はなんで残ってくれているの?」

 そうか。パイスバンの言葉があまりにショックで気が回らなかったが、周りを見るとまだ二十名ほどの幹部が残っていて、心配そうに自分を見ている事に気が付いた。

「お前達。行かないのか?」
 エリカの言葉に、その場に残った幹部達が口々に答えた。
「我々は長い事、魔王エリカ様と共に戦って参りました。そしてあなたは、私利私欲や復讐心からではなく、我々魔族の事を第一に考えて先頭に立っていて下さった事をよく承知しております。ですからこれからも是非ご一緒させて下さい」

「はは。そうか、ありがとうなみんな。これじゃまだ、魔王の看板は下ろせないな」
「そうでございます魔王様。残ったもので戦力を再編し、今後の事を話合いましょう」デルリアルの言葉に、周囲の魔族達も歓声を上げた。

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