第47話 硬化
文字数 2,850文字
さんざん鹿とじゃれあった後、ようやく深層のナナが落ち着いてきた様だったので、エリカはまたナナと表を交代し、一行は東大寺の大仏殿を拝観した。
そしてお昼になり、ホテルから持ってきた弁当を食べようと、また春日大社の神域に戻ったのだが、そうしたらまたナナの具合が悪くなって来たので、エリカと表を替わった。
「なるほど……もしかしたら、これ……」
フューリアは、ナナの魂の悪霊化の可能性について、サリー婆から聞いてはいたが、まだ起きるかも分からない状況で、下手に不安をあおらない様、まだエリカ達には話すなと指示されていた。
しかし、今のナナの状況は、それに無関係ではなさそうだ。
いのりが手洗いに行った隙に、フューリアはエリカに話かけた。
「ねえ魔王。あなたは感じてる? この神社の一帯、結構地脈が太いのよ。
だからマナも結構濃くて、私、ちょっとした魔法も使えそうなくらいなの」
「フューリア。何が言いたい? ナナにヒールでもしてくれんのか?」
「ほんとはね。サリーさんに口止めされているんだけど……ナナちゃんの具合が悪いのと、ここの地脈の太さに関係あるかもしれないの」
「??」
フューリアは、ナナの魂の悪霊化の可能性について、エリカに説明をした。
「なんだって!? そんな……いままで二人でさんざんマナ作ってきたけど、なんでもなかったじゃねえか! それがなんでここへ来て……」
「そんなの分かんないわよ」
「でも……そうならすぐここを離れにゃ……」
「あー、お待たせ。女子トイレ、すごく混んでて……」
「い、いのり……」
「ん、どうしたナナ?」
「いや、ゴメン。あたい、何かすごく調子悪くて……。
先にホテルに帰ってもいいかな?」
「えー! そんなに悪いの? うん! それじゃ仕方がない。すぐに帰ろ!!」
「いや、あたいだけ帰るから、いのりと芙理亜 は、予定通り行動してくれ」
「だめだよ、班行動なんだから。あんた放っておいて楽しめる訳ないでしょ!
いっしょに戻ろ」
「いのり……すまねえな……」
そうして三人は春日大社を離れ、駅を目指した。だが、奈良公園を突っ切っている途中で、深層のナナの様子がおかしくなった。
(!? ナナ。どうした!)
(ごめん、エリカ……すごく寒いの。体の震えが止まらないの……まわりにマナもあふれて来て私にまとわりついているみたいだし……すごく気持ち悪い……)
(だめだ、ナナ。マナは作るな!)
(…………)
くそ、こりゃ何とかしないと。
「フューリアすまん。ちょっと深層に降りてナナの様子見てくるから、いのりの気をそらしてれないか?」
エリカは、いのりに気づかれない様、小声でフューリアに頼んだ。
「えっ! こんなところで死体になるつもりなの?」
「仕方ねえだろ。ナナにまとわりついてるマナを何とかしてやらないと……」
「わかったわ。早くしてね」
そうしてエリカは近くのベンチに座り、目を閉じてから深層に降りた。
フューリアは、ナナが少しベンチで休みたいと言ったが、自分がナナについているので、どこかで飲み物を買ってきてほしいといのりに依頼した。
「うわっ、なんじゃこりゃ!?」
エリカが深層に行くと、ナナの周りに、白い粘液のようにマナがまとわりついていて、ナナの魂がブルブル震えていた。
それをエリカが取ろうとするが、粘っこくてうまくはがせない。無理にはがそうとすると、ナナの魂が欠けてしまいそうだ。
「くそ。これマナだよな? でもこれじゃ魔法にも使えねえ……。
どうすりゃいいんだい?」
外では、いのりが戻ってきてナナを心配しているようだが、フューリアが、少し寝かせておいてあげようと言って、いのりをナナの身体に近づけない様に頑張ってくれている様だった。
エリカが手をこまねいているうちに、ナナの様子がだんだんおかしくなって来た。まとわりついている粘液状のマナも、どんどん硬化している様に思える。
「こりゃ、まずくねえか……?」
「エリカ……寒いよ……悲しいよ……」
「ナナ! とにかく落ち着け! お前の感情が動くと、マナが作られちまう。
それ今はまずいんだ!」
「……ないよ」
「ん、どうした? 何が無いんだ? 大丈夫だ。あたいはここにいるよ」
「……にたくないよ……死にたくないよ……死にたくないよ!」
「ナナ!? 大丈夫だ……心配するな。あたいが絶対何とかしてやるから」
「……めだよ……だめだよ……待てないよーーーーーー!」
次の瞬間、ナナが粘液状のマナを全身にまとったまま、エリカにしがみついてきた。
「くそ! これじゃ、今朝の夢と同じじゃねえか!
頼む、ナナ。これ以上興奮するな……お前、悪霊になっちまうよ……」
硬化していくマナに締め付けられ、苦しみもだえるナナの魂を抱きしめながら、エリカは言い様のない無力感に襲われ、眼から涙があふれて止まらなかった。
「ああ……どうすりゃいいんだい。ナナ……」
◇◇◇
「ねえ、ちょっと……ナナ、息してなくない?」
突然、いのりがフューリアに言った。
「な、何バカな事いってるのよ! そんなことある訳ないでしょ!!」
フューリアが慌てて否定するが、いのりはそれを無視して、ナナの身体に近づいていく。
「ああっ、だめだってー」
フューリアの静止も聞かず、いのりはナナの呼吸を確かめる。
「……ほらっ! やっぱり息してないよ!? いやだ……救急車呼ばないと!!」
「長谷川さん、落ち着いて!!」
「ぷはぁーーーっ!」突然、ナナの身体が大きく息を吐いた。
「あれ? 生きてた……?」
「当たり前でしょ!」
驚くいのりに、フューリアが言葉を返しながら、ナナに近寄り「あなた、どっち?」と小声で確認した。
「あ、ああ。あたいだ……とりあえず何とかなったよ。
ナナは今深層で眠っている。さっさとここを離れようや」
深層で粘液状のマナの硬化が進み、それに包まれたナナの魂も人事不省に陥ったのだが、それを悲しんだエリカの魂の情動が正常なマナを作り出し、それを使って魔法で硬化したマナを浄化し、ナナを眠らせる事で、エリカは危機を脱したのだった。
(とりあえず、ナナにはしばらく、このまま眠っていてもらおう。
それにしても……こいつは、頭の痛い問題だぜ。
早いところばばあにも相談しねえとな)
そして修学旅行三日目。
結局、ナナの魂は深層で眠った状態のまま、あまり地脈やマナに触れる事が無い様、エリカが注意深く表で行動する事となり、残念ながらナナは修学旅行をほとんど楽しめないまま帰途についた。
「……この列車は、小田原を定刻通り……」
新幹線の社内アナウンスで、ナナは眼を覚ました。
(あれ? 私どうしたんだろう……えっ? エリカ!?)
気が付くと、エリカも深層にいて、ナナの魂を出来るだけ覆う様に、ぴったりと抱きかかえていた。
(ああ、目が覚めたか。もうすぐ新横浜だ。もう心配はいらんだろ)
(心配いらんだろって……エリカ。私、ずっと深層で寝ていたの?)
(ああ。悪かったな、修学旅行さんざんで……帰ったらちゃんと説明するからさ)
そしてお昼になり、ホテルから持ってきた弁当を食べようと、また春日大社の神域に戻ったのだが、そうしたらまたナナの具合が悪くなって来たので、エリカと表を替わった。
「なるほど……もしかしたら、これ……」
フューリアは、ナナの魂の悪霊化の可能性について、サリー婆から聞いてはいたが、まだ起きるかも分からない状況で、下手に不安をあおらない様、まだエリカ達には話すなと指示されていた。
しかし、今のナナの状況は、それに無関係ではなさそうだ。
いのりが手洗いに行った隙に、フューリアはエリカに話かけた。
「ねえ魔王。あなたは感じてる? この神社の一帯、結構地脈が太いのよ。
だからマナも結構濃くて、私、ちょっとした魔法も使えそうなくらいなの」
「フューリア。何が言いたい? ナナにヒールでもしてくれんのか?」
「ほんとはね。サリーさんに口止めされているんだけど……ナナちゃんの具合が悪いのと、ここの地脈の太さに関係あるかもしれないの」
「??」
フューリアは、ナナの魂の悪霊化の可能性について、エリカに説明をした。
「なんだって!? そんな……いままで二人でさんざんマナ作ってきたけど、なんでもなかったじゃねえか! それがなんでここへ来て……」
「そんなの分かんないわよ」
「でも……そうならすぐここを離れにゃ……」
「あー、お待たせ。女子トイレ、すごく混んでて……」
「い、いのり……」
「ん、どうしたナナ?」
「いや、ゴメン。あたい、何かすごく調子悪くて……。
先にホテルに帰ってもいいかな?」
「えー! そんなに悪いの? うん! それじゃ仕方がない。すぐに帰ろ!!」
「いや、あたいだけ帰るから、いのりと
「だめだよ、班行動なんだから。あんた放っておいて楽しめる訳ないでしょ!
いっしょに戻ろ」
「いのり……すまねえな……」
そうして三人は春日大社を離れ、駅を目指した。だが、奈良公園を突っ切っている途中で、深層のナナの様子がおかしくなった。
(!? ナナ。どうした!)
(ごめん、エリカ……すごく寒いの。体の震えが止まらないの……まわりにマナもあふれて来て私にまとわりついているみたいだし……すごく気持ち悪い……)
(だめだ、ナナ。マナは作るな!)
(…………)
くそ、こりゃ何とかしないと。
「フューリアすまん。ちょっと深層に降りてナナの様子見てくるから、いのりの気をそらしてれないか?」
エリカは、いのりに気づかれない様、小声でフューリアに頼んだ。
「えっ! こんなところで死体になるつもりなの?」
「仕方ねえだろ。ナナにまとわりついてるマナを何とかしてやらないと……」
「わかったわ。早くしてね」
そうしてエリカは近くのベンチに座り、目を閉じてから深層に降りた。
フューリアは、ナナが少しベンチで休みたいと言ったが、自分がナナについているので、どこかで飲み物を買ってきてほしいといのりに依頼した。
「うわっ、なんじゃこりゃ!?」
エリカが深層に行くと、ナナの周りに、白い粘液のようにマナがまとわりついていて、ナナの魂がブルブル震えていた。
それをエリカが取ろうとするが、粘っこくてうまくはがせない。無理にはがそうとすると、ナナの魂が欠けてしまいそうだ。
「くそ。これマナだよな? でもこれじゃ魔法にも使えねえ……。
どうすりゃいいんだい?」
外では、いのりが戻ってきてナナを心配しているようだが、フューリアが、少し寝かせておいてあげようと言って、いのりをナナの身体に近づけない様に頑張ってくれている様だった。
エリカが手をこまねいているうちに、ナナの様子がだんだんおかしくなって来た。まとわりついている粘液状のマナも、どんどん硬化している様に思える。
「こりゃ、まずくねえか……?」
「エリカ……寒いよ……悲しいよ……」
「ナナ! とにかく落ち着け! お前の感情が動くと、マナが作られちまう。
それ今はまずいんだ!」
「……ないよ」
「ん、どうした? 何が無いんだ? 大丈夫だ。あたいはここにいるよ」
「……にたくないよ……死にたくないよ……死にたくないよ!」
「ナナ!? 大丈夫だ……心配するな。あたいが絶対何とかしてやるから」
「……めだよ……だめだよ……待てないよーーーーーー!」
次の瞬間、ナナが粘液状のマナを全身にまとったまま、エリカにしがみついてきた。
「くそ! これじゃ、今朝の夢と同じじゃねえか!
頼む、ナナ。これ以上興奮するな……お前、悪霊になっちまうよ……」
硬化していくマナに締め付けられ、苦しみもだえるナナの魂を抱きしめながら、エリカは言い様のない無力感に襲われ、眼から涙があふれて止まらなかった。
「ああ……どうすりゃいいんだい。ナナ……」
◇◇◇
「ねえ、ちょっと……ナナ、息してなくない?」
突然、いのりがフューリアに言った。
「な、何バカな事いってるのよ! そんなことある訳ないでしょ!!」
フューリアが慌てて否定するが、いのりはそれを無視して、ナナの身体に近づいていく。
「ああっ、だめだってー」
フューリアの静止も聞かず、いのりはナナの呼吸を確かめる。
「……ほらっ! やっぱり息してないよ!? いやだ……救急車呼ばないと!!」
「長谷川さん、落ち着いて!!」
「ぷはぁーーーっ!」突然、ナナの身体が大きく息を吐いた。
「あれ? 生きてた……?」
「当たり前でしょ!」
驚くいのりに、フューリアが言葉を返しながら、ナナに近寄り「あなた、どっち?」と小声で確認した。
「あ、ああ。あたいだ……とりあえず何とかなったよ。
ナナは今深層で眠っている。さっさとここを離れようや」
深層で粘液状のマナの硬化が進み、それに包まれたナナの魂も人事不省に陥ったのだが、それを悲しんだエリカの魂の情動が正常なマナを作り出し、それを使って魔法で硬化したマナを浄化し、ナナを眠らせる事で、エリカは危機を脱したのだった。
(とりあえず、ナナにはしばらく、このまま眠っていてもらおう。
それにしても……こいつは、頭の痛い問題だぜ。
早いところばばあにも相談しねえとな)
そして修学旅行三日目。
結局、ナナの魂は深層で眠った状態のまま、あまり地脈やマナに触れる事が無い様、エリカが注意深く表で行動する事となり、残念ながらナナは修学旅行をほとんど楽しめないまま帰途についた。
「……この列車は、小田原を定刻通り……」
新幹線の社内アナウンスで、ナナは眼を覚ました。
(あれ? 私どうしたんだろう……えっ? エリカ!?)
気が付くと、エリカも深層にいて、ナナの魂を出来るだけ覆う様に、ぴったりと抱きかかえていた。
(ああ、目が覚めたか。もうすぐ新横浜だ。もう心配はいらんだろ)
(心配いらんだろって……エリカ。私、ずっと深層で寝ていたの?)
(ああ。悪かったな、修学旅行さんざんで……帰ったらちゃんと説明するからさ)