第29話 秘密

文字数 2,020文字

 公園のはずれの屋根が付いたベンチに、ナナと長谷川いのりは腰掛けた。

 いのりは、さっきより大分落ち着いた様に見える。これなら思い余って身投げしたりはしないだろうが、油断は出来ないかな。

「来宮さん。お願い……今日の事……両親には内緒にしたいの。
 あんな事で親に心配かけたくないの……」
「大丈夫だよ。長谷川さんが話したくなければ何も言わなくていいよ。
 なんならクラスの連中にも私……がケジメつけてあげる! 
 だいたい……あんなの、大方クラスの男子が長谷川さんにそっくりなAV女優さんとかを見ただけでしょ?」

「…………」

「まあ、心配ないって。人の噂も七十五日ってね。
 あなたが堂々としていれば、変な噂は消えてくよ」

「いい加減な事言わないでよ!!」
 突然、長谷川いのりが、憤り立って立ち上がった。

「あんたに何が分かるのよ!? もう取返しがつかないのよ!! 
 あれは事実なの!! ……もう、どうすればいいの? 
 私……死んじゃいたいよ……」

「わかるよ……私もそうだったから!! 
 だから、死んじゃいたいなんて言っちゃだめ!」

「分かる訳ない! あなた、挨拶でそれっぽい事言ってたけど、本当ならそんな風に人に接する事なんて出来るはずない! もう……だれも信じられない……」

「ふうー……長谷川さん。私の身の上話……
 面白くないかも知れないけど、聞いてみる?」
 そう言って、ナナは自分の身に起きた過去の話を、包み隠さずいのりに話した。


 ◇◇◇

「……来宮さん……それって……ウソよ! 
 それが本当なら、私だったらとっくに自殺してる!」

 はは……私も自殺はしちゃったけどね……。

「でもね、友達が出来たんだ。それで、その子が色々助けてくれてね。
 そのお陰で私も、勇気をもって嫌な事と対峙出来た。だから今は学校も楽しい。
 だからね。今度は私が友達を助ける番かなって……ううん。話したくなければ、無理にとは言わないよ。でも、相談したくなったらいつでも相談してね。
 だから……死にたいとか、二度と言うな!」
 そう言いながらナナは、いのりをデコピンした。

「来宮……ナナちゃん……」

 ◇◇◇

 長谷川いのりはすっかり落ち着いた様で、午後のひだまりの中、公園のベンチで、靴と靴下を乾かしていた。
 ナナは、先生に連絡を入れ、黒板の落書は、心無い男子生徒のいたずらだと言い切り、いま少し、いのりをフォローしてから学校に戻りますと伝えた。

(とりあえず、落書きした奴の口は封じとかないとな……)
(はは、エリカ。お手柔らかにね)

「あー。ナナちゃーん」遠くで声がした。
(なんだよ、またあいつらかよ……)エリカが慌てて深層に隠れた。

 見るとタイガとイラストリアが近寄ってくる。
(あいつらって……やっぱりエリカはこの二人の事何か知ってるの?)

「やあ、ナナちゃん。こんな真昼間から、こんな所で何してるの?」
「はは……タイガさん。見逃して下さい。ただいま、友達とサボリ真っ最中です。
 それで、お二人はどうしてここに? お仕事ですか? 
 あー、もしかしてデート?」

「デートとか……そんな事ある訳ないでしょ!」
 イラストリアが思い切り否定した。
「いや、俺はデートでも……」
 そう言いかけたタイガの膝が突然ガクッとなった様で、危うく後ろに転びかけた。

(しかし、イラ。やっぱ、魔王の気配はしないぞ)
(……でもね、タイガ。ナナちゃんとお友達にマナの痕跡が残ってる……。
 それにさっきの探査波動……このお友達のものだよ)
(なんだって? ナナちゃんが魔法使えるのかよ?)
(もう……私にも理解不能だよー)
 ひそひそ話をする二人に、ナナは挨拶をしてその場を離れようとした。

「あー、ナナちゃん。ちょっと待って! お願いがあるんだけど……。
 こんど、うちに遊びに来てくれないかな? 
 そう、あの白樺堂って言う古道具屋。
 ちょっと汚らしいばあさんがいるんだけど、そいつが君にも会ってイラの事、
 お礼がしたいって言っててさ。都合のいい時でいいんだけど……」

 ナナは、タイガの申し出が多少うれしくもあったが、いのりの件を優先させたいなと思った。

「有難うございます。
 でも、これから期末テストもあるんで、ちょっと先でいいですか?」
「ああ、問題ない。都合がついたら連絡くれよな」
 そう言い残して、タイガとイラは引き上げていった。

(ナイス、ナナ。それにしても、さっきのピンガー気づかれたか……極力絞ったつもりだったんだが。まあ、あのイラストリア相手じゃ仕方ねえか。
 それにしても本拠地にご招待とは……いよいよ気を付けねえとなんねえな)
 深層でエリカが独り言ちた。

 一方、タイガとイラストリア。
「ちょっと。ナナちゃんをサリー婆に会わせてどうするの?」
「いや、お前でも分かんないとなると、他の魔導士に見てもらうのもありじゃね?」
「何よ。あのばあさんより私が劣ると?」
「そうは言ってない。こういうのって、人によって見方も違うんじゃない?」
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