第34話 刺客

文字数 2,638文字

「やれやれ……もうこんな時間じゃないか。
 さっきの空間振動の調査は若いもんに任せて、あたしゃもう休もうかね」
 魔王エリカを送り出して、しばらく今日の事を振り返っていたサリー婆だったが、さすがにいろんな事がありすぎて疲れた様だ。

 ラブホテルにいた馬鹿者どもは、被害者の子供達が表に出ない様、うまく断罪してくれると、さっき内閣官房から連絡もあった。

 これで、安心して風呂に入れるかな。
 そう思ったら、玄関に人が来た様だ。

「ごめん下さい」
「なんだい。今日はもう店じまいだよ。明日にしてくれないかい」
「あの……ご隠居様ですよね?」
「!?」

 よく見ると、この客……人間じゃない?

「あんたは……」
「ああ。私、魔族のテイマーをやっている、ヴィンセントと言うものです。
 こちらの世界で活動するにあたり、まずはご隠居様にご挨拶して、敵対行動でない事をご了承いただく様、エルフ王に言付かりました」

「魔族のテイマー? こっちで活動? 
 じゃあ、さっきのマナ波動は、あんたかい!?」

「申し訳ありませんでした。一瞬、ちょっとマナがオーバーフローしまして……。
 でも、直ぐに亜空間に引っ込めましたからもう大丈夫です」
「マナがオーバーフローって、あんた、一体何を持ち込んだんだい!?」

「何って……私の可愛いペットです。
 まあ、こちらの世界はマナが希薄だと伺ってましたので、当面活動可能な様にマナをオーバードーズしてますんで、普段は亜空間にハウスしておかないと、消耗しちゃうんですけどね。
 それじゃ、ご挨拶はこれで……。
 そうそう。勇者君たちにも宜しくお伝えください……無能! と」

 そう言いながらヴィンセントは、白樺堂を後にした。

 くそ、なんてこったい。タイガ達が成果を上げられないもんで、あのバカ、とんでもない刺客を寄こしやがった。魔族のテイマーとペットだって? 

 にしても、なんで魔族が魔王エリカを狙う…………。
 いかん!! ナナが危ない! 急いでタイガ達を呼び戻さないと!
 そうして、サリー婆は、あわててスマホを手に取った。

 ◇◇◇

 最寄り駅からナナの暮らす施設までは歩いて十五分位だ。
 冬期講習と言って出て来ているが、こんな時間になってしまっては、お説教は免れないだろう。でも、勇者達との話合いは有益だったと、エリカは満足していた。

 まあ、賢者の石の件は、ナナが絶対に許さないだろうが……。

「あれ? ちょっと待てよ」
「ん? エリカ、どうかした?」
「いや、帰り道これでいいよな?」
「もう、何言ってんの。疲れちゃった?
 替わって! 私が見るから」
 そう言って、ナナが表に出た。

「何よ。いつも通りよ。毎朝学校行くのに使ってる道じゃない?」
「いや……確かにそうなんだが、おかしくないか?
 普段はもう少し、人とか車とか……」
「あっ。確かにそうだね……」

「はっ!! いかんナナ。替われ!!」
 そう言ってエリカが表に出た瞬間の事だった。

 大きな黒い影が突然目の前にブワッとあらわれ、次の瞬間、巨大な口となって、エリカを丸飲みにせんとばかりに、とびかかって来た。

「何だー。こん畜生!!」
 魔王の身体能力で、間一髪よけられたが、ナナが表だったら一貫の終わりだった。

「何だってんだ、このヤロー……って、本当になんだ? こいつ……」
 相手は黒いモヤに包まれている様で、正体が良く分からない。

「エリカ……今の何?」
「分からんが、ナナ。お前が表じゃ勝てん。
 深層でマナ生成に注力してくれ!」
「わかったよ!」

 くそ。これってやっぱり結界か。
 それにあいつ、とんでもないマナを持っていやがる。
 それで亜空間から……はは、なるほど。何となく分かったぞ。

 あたいのマナは……くそ、昼間に使いすぎて、まだ直接攻撃出来るほど貯まっちゃいないか。だが補助系なら……。

「ええい。まずは正体見極めてやる! リリース!!」
 エリカの詠唱と共に、小さな青い光が謎の黒いモヤに当たり、次の瞬間、四方にはじけた。
 そして……犬? いやどう見ても象くらいはありそうなのだが、犬だ。

「はん! やっぱりか。ケルベロス!! 
 お前が来てるって事は飼い主もいるんだろ?
 まったく、魔族のクセに魔王様を狙おうたあ、ふてえ野郎だ!
 おい、飼い主! 近くにいるんだろ? 出て来やがれ!!」
 
「ふ、はははは。さすがは腐っても魔王様。
 このマナの薄い世界で、よくもそんな芸当を」
「お前は……ヴィンセント! 何でお前が私を狙う!?」
 ヴィンセントは、魔軍の魔獣師団の指揮官で、エリカの部下だった男なのだ。

「別に……利に聡いのは悪い事ではありますまい。
 あんなゴミ勇者に討たれた時点で、魔族の者たちの心は、あなたから離れたのです」
「なんだとー。おめー絶対吼え面かかせるからな!」
「お好きにどうぞ。
 まあ、私の可愛いケロちゃんの攻撃をしのぎ切れれば……のお話ですけどねー」

 くそ、とんでもねえのを連れて来やがったな。
 地獄の番犬、ケルベロスかよ。

 こいつは死人を食らう清掃犬、いわばアンデッドキラーだ。
 魂の尾が切れているナナの肉体は、こいつの大好物って訳だ。
 どこに隠れてもすぐに見つかっちまうし、亜空間経由で接近してくるから、警戒も難しい。

 て事は……ここで決着つけなきゃならねえってか。はは、上等だ!!

「ナナ、済まねえ。あのワンコロは、お前の身体を喰いたくて仕方ねえんだ。
 逃げも隠れも出来ねえ。だから……すまんがちょっとパワーを出して、お前の身体壊しちゃうかもしれねえ。お前もマナ生産引き続き頼むわ」
「エリカ……気を付けてね」
「おうよ!」

 とは言ったものの、勝算はあるのか?
 せめて光系の攻撃魔法が使えれば……マナが溜まるまで時間を稼ぐしかないか。

 ケルベロスがゆっくりとエリカとの間合いを詰めてくる。
 相手がデカイだけに、あまり近づかれると逃げ場がなくなる為、一定の距離を保つ様に、フットワークを心掛ける。
 
「バウッ!!」
 吠えながら、ケルベロスがエリカに飛び掛かるが、その都度、エリカは脇に飛んでその攻撃をかわす。後ろに避けてもケルベロスの直進は早い為、かわし続けるのが難しいのだ。
 
 ふう。速度は何とかついて行けるか……うおっ!? 着地の際、左足の接地がぐらついた。どうやらすでにナナの身体を痛めてしまった様だ。
 間合いを取る為のフットワークを続けているが、左足首の痛みがだんだんひどくなってきた様にも思える。

 畜生、長期戦もダメってか……こりゃ万事休すかいな。
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