第48話 亡霊

文字数 2,392文字

 修学旅行から戻って数日後、エリカはサリー婆を訪れ、ナナの悪霊化の可能性を内緒にしていた事にさんざん文句を言った。とは言え、いままでそんな兆候はなかったし、サリー婆にしても余計な心配をさせない様にと考えての事だろうと、ナナがフォローした。
 サリー婆によると、京都や奈良の様な古い都市は、陰陽師やら風水師やら古来、いろんな術者が地脈を開拓しているらしく、そして新幹線の様な高速での移動でも、大気中のマナの影響を短時間で、より多く受けるのだろうと付け加えた。

「それより、ばあさん。いつの間にデルリアルと会ってやがったんだ。
 それに、あたいの肉体も完成が遅れるだと!? 
 それじゃ、まだ当面ナナの肉体を借りにゃならんが、ナナの魂を悪霊化させないためにはどうすりゃいいんだい?」

「何か方策が見つかるまで、ナナちゃんを極力深層に置いて、外部のマナに触れさせないほうがいいだろうね。それに、深層でマナを作らせるのもまずいだろう。
 とりあえずあっちで、イラストリアとデルリアルで検討を進めるそうだし」

「そうだな。ナナの作るあの粘っこいマナは、魔力にも使えんし……。
 ナナ。なるべく興奮しないようにしような!」
(うん……平常心でがんばるよ……)

 悪霊化の事は、ナナにもショックだったようで、あまり元気がない。
 しかし、深層でナナがマナを作れないとなると、大幅な戦力ダウンだな。
 しばらく、敵さんが来ない事を祈るしかねえか……。

◇◇◇
 
 ナナが表に出ない方がよいというサリー婆のアドバイスに従い、ほとんどエリカが表に出る様にし、ファミレスのバイトもこの状況では続けられないので辞めた。
 ナナはずっと深層でおとなしくしているが、せっかく普通の高校生の様に暮らし出していた所で、この状況はなんとも可哀そうでやりきれないとエリカは感じていた。

 夏休み前の期末テストが始まり、それもエリカが答案を書いた。
(はは……こりゃ赤点確実だな……でも、ナナとそんなにかわらんかな?)
(エリカの馬鹿!)

 試験の最終日、何とか最難関の数学の試験を乗り切って家路についた。
 サリー婆の配慮で、フューリアもナナの暮らす施設のすぐそばに引っ越してきており、最近は、登下校もいっしょだ。

「ナナさん!」 
 駅まで来た時、いきなり後ろから声をかけられ、振り向くと、林陽介がいた。

「あー、あなた。いつぞやの淫行少年!?」フューリアがつい口を滑らす。
「あっ! やっぱり俺、あの時何かご迷惑を……自分では全然覚えていなくて……
 でもなんかナナさんに謝らなきゃって思ってて……。
 あの、ナナさん。本当にごめんなさい!」

(!!) 深層でナナの動悸が激しくなるのが分かった。
(だめだナナ。落ち着け!)
(う……ん。大丈夫……)

「ああ、わかったよ。心配するな。何も気にしちゃいねえから。
 そんじゃ、またな……」
 足早にその場を去ろうとするエリカに、陽介が声をかけた。

「あっ、待ってナナさん! あの……チェリーさんはどこに行ったんですか!?」
「なんだぁ? 誰だいそいつは?」
(エリカ! あの人だよ。あのサキュバスのチュロスさん)
(ああ、そっか! 陽介、まだあいつの事……)

「あの後、お店に電話しても、もうやめちゃったって……。
 それで、ナナさんと知り合いだって言ってたから、何か知らないかなって……」
「そうか……残念だが、あいつの行先はあたいも知らねえ。
 陽介。あんた、まだあいつに気があんのかい?」
「えっ? あ、はい。そうですね……」
「そっか。そんじゃ、その想いをずっと大事にしておいてくれ。
 そんで、たまにあいつの事思い出しながら自家発電でもしてもらえれば、あいつも喜ぶからさ」
「?? そうなんですか……わかりました。
 チェリーさんを思い出して、俺、毎日オナります!!」
「おお。頑張れよ、青少年!」
 
(エリカのエッチ!)
 陽介と別れてから、ナナが興奮気味に、エリカに言った。
(はは、いいじゃねえか。サキュバスには最高の供養だろうよ)

 ◇◇◇

 帰宅すると、ナナ宛に手紙が来ていた。
「ナナ、手紙だ。差出人は……書いてねえな。表替わるな」
 そう言って、エリカはナナと表を交代した。

 ナナは、封書を開けて中を呼んだ。
「!!」とたんにものすごい動揺がナナを襲ったのが、エリカには分かった。

「ナナ。どうした!?」
「エ……エリカ……これ……」
 ナナの動揺がひどいため、エリカは無理やり表に出て手紙を読み、仰天した。
「なんだこりゃ!?」

※ 拝啓 来宮ナナ様

※ 何でお前はまだ生きている?
※ わたしはとっくに死んで、
※ 駅で地縛霊になっているのに……
※ 待ってるわよ。早く来て
※ 友達でしょ?
※ 
※ 村山ほのか

「エリカ……これ……私……あああ…………」
「いかん、ナナ。落ち着け。こんなんいたずらの偽物に決まってるだろ!」
「でも……でも%#&?+」
 いかん! これじゃナナが壊れる! エリカは、慌てて深層にダイブした。

 案の定、ナナの回りに例の粘っこいマナが沸き始めている。
 エリカはすぐにナナの魂を抱きかかえ、ほおずりしながら頭を撫でてやった。

「大丈夫だ。心配するな。こんなの偽物だから……。
 だいたい、ほのかがこんな手紙をお前に書くワケないだろ?」
「はーはー……ふふぅーー……あ、ありがとエリカ。うん、そうだよね……」

 ナナはようやく落ち着いた様で、マナの生成も止まった様だ。
 はー、危なかったぜ。
 それにしても一体だれがこんなもんを。いたずらにしてはタチが悪いぜ。
 とりあえず、ばばあに調べさせるか。
 
 その夜。ナナが不安そうだったので、エリカも深層に降りて、二人で抱き合って眠った。表を空にするとナナの肉体は死体になってしまうので、夏場は腐敗も心配しないとならないのだが、今は、魂が腐っちまわないのが優先だと思い、エリカはずっとナナの魂を抱きしめてやっていた。


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