第38話 余波
文字数 3,497文字
「ですからおばば様。どうかお怒りをお鎮め下さい。
魔王をこの手で葬るチャンスと、サデンドス卿が焦ってしまったのです」
「うるさい、このボンクラ! エルフの手でと言うならまだしも、なんであんな凶悪な魔族をあっちに送り込んで来たんだい!
一歩間違えば大惨事じゃないかい?」
「ですから……マナが使えないところで魔王と戦おうという者がエルフにはおらず、やむなく……」
先日、ヴィンセントとケルベロスを魔王エリカの刺客としてナナの世界に送り込んできた件で、サリー婆がエルフ王とサデンドス卿に喰ってかかっている。幸い、魔王エリカと勇者タイガ、賢者イラストリアらが連携し、それらを排除出来たが、万一、結界の外にでも、ケルベロスが出てしまおうものなら、トンデモない事態になった事は間違いない。
「今回は、とりあえずこっちで何とかしたが、分かってるね!
以降、魔王エリカに手を出す時は、先に私にことわりな。
あいつ、一応、あっちの世界ではおとなしくしているし、私も監視を続ける。
討ち取りたかったら、あいつの肉体が復活して、こっちに戻って来てからにするんだね。あっち側で事を起こすのはリスクが大きすぎるし、お前らだって過去の因縁を、あちらの世界やこっちの世界の人間達に知られたくは無かろう?」
「それは、そうなのですが……」
「もういい。それでサデンドス。
あっちで魔王の監視を続ける件だが、私も忙しい!
せめてイラストリアくらいは借りられないのかい?」
「その件なのですが、おばば様もご承知の様に、一度あちらに行って戻って来た人間を再度あちらに派遣するには、一定期間空けないと身体のマナ処理能力に不具合が発生するのです。
ですので……今回は、勇者パーティの僧侶フューリアではいかがかと。
彼女が戻る頃には、イラストリアも派遣出来るでしょうから、それで帰還魔法が使えます」
「まったく、人間に無理にマナを使わせたりするから……。
そのフューなんとかは、オド持ちじゃないんだよね?」
「ええ、直接マナを消費するタイプのサポーターですので、あちらでは普通の人間とほとんど変りません。しかし、諸事情を理解してすぐに動くとなると、彼女くらいしか候補がおりませんので」
「しかたないね。わかったよ。それで準備を進めておくれ」
◇◇◇
「どういうことだ! ヴィンセントが魔王様を襲ったというのは本当なのか?」
エルフ王国の人里離れた山奥に、指導者を失った魔族の残党が潜んでおり、そのリーダ格が、魔王エリカの肉体再生プロジェクトを進めている老魔導士デルリアルだ。その彼の所に、かつて魔軍の幹部だったヴィンセントが、ケルベロスを使って魔王エリカを襲った事が、部下の魔族から伝えられた。
「はい、間違いありません。ですが、どうやら魔王様に返り討ちにあった様でして、ケルベロスを失い、本人もかなりの重傷との事です。その他の詳しい状況は今の我々には何もわかりませんが」
「そうか……マナの無いあちらの世界で、ケルベロスを排除するとは、さすが魔王様だ!
しかし、そうなるとこちらの状況は、エルフ共に漏れていると見るべきだな。
今のまま、悠長に魔王様の肉体再生をしているだけでは後手に回ろう。
もう少し、魔王様側の状況も把握して、連携していく方が良さそうだな。
だれか、魔王様をおそばで支援出来るものがいればよいのだが」
「あちらは、マナが使えませんからね。ケルベロスの様に、マナをため込んで亜空間とかに潜めれば都合がいいんですが」
「いや。多分発送が逆だ……マナが無くても魔族の能力が使えるもの……。
そして自力であちらとこちらを行き来出来るもの……。
そうだ! チュロスを探してきてくれないか?」
「あー。なるほど」
そう言いながら、部下は退出していった。
「ふう。これで少しは、魔王様の支援が出来るし、連絡も取り合えるか……それにしても、魔族内にも魔王様の復活を望まない者がいるのか?
これは、私の肉体再生プロジェクトも用心せねばなるまいな」
◇◇◇
数日後、老魔導士デルリアルの元に、一見、十代後半と思われる、ボブカットで化粧の派手な少女が訪れた。
「おーい。デルリアルのじいさん。おひさー!」
「チュロスか? 達者にしていたか?」
「ううん、全然。だって、大っぴらに表歩いてたら勇者とかに狩られるかもしんないしー。だから、こそこそと、あっちの世界でアルバイトしてたんだよー」
「そうか。それで、お前のその能力を見込んで頼みがあるんだが。
お前、あちらの世界で魔王様の護衛兼側付きをしてくれないか?」
「ほえ? 魔王様は滅んだんじゃないの?」
「いやな。一部の上級魔族以外には秘密にしていたんだが、魔王様の
先日も、一部の魔族の裏切り者が魔王様を襲い、それは幸い魔王様に排除されたのだが……お前も知っての通り、あっちの世界ではマナが自由につかえん。
それで、マナに頼らなくても魔族として動けるお前に、魔王様の魂を守ってほしいのだ」
「……ま? そりゃ鬼びっくりだわ!
でもそうか……エリカ様がご健在とか激ヤバイわ。
うん! じいさん。その話乗った!
私はあっちに拠点もあるし、マナ無くても何とでもなるし……。
それに、エリカ様のお側にいていいとか……ありえなくね!?」
「おお、そう言ってくれると助かる。だが、気を付けろよ。エルフ側も何か仕掛けてくるかも知れんし、反魔王派の魔族もしかりだ。そして定期的に私にあちらの状況を教えてくれればよい。魔王様復活の際には、恩賞も期待してよいぞ」
「うっはー、マジヤバ! 絶対、ショタハーレム作ってもらお!」
チュロスは、サキュバスという種類の魔族で、生物から精気を吸う事で自らのエネルギーに変換できる能力を持っている。威力的にはそうでもないが、マナが無くてもいくつかの魔法が使え、上級魔族でなくとも、あちらとこちらの世界を自由に行き来できる特殊能力を持っている。魔族とエルフ・人間との間で戦闘状態になってから、サキュバスはナナの世界の人間相手に出稼ぎに行くしかなくなり、その手法が研究された様だ。
そして彼女は以前、デルリアルのマナや魔力と言った類の様々な魔術研究を手伝っていたのだ。
「で、じいさん。エリカ様は、あっちのどこにいるの?」
「いや、それが分からんのだ。頑張って探し出してほしい……」
「へっ?」
◇◇◇
「まあ、あっちは今言ったような感じかな。フューちゃん、お願い。
エリカはともかく、ナナちゃんは何とかしてあげたいのよ」
イラストリアが、自分より十程も年下かと思われる少女に頭を下げている。
「ふー。どうせ、借金で首が回らないから断れないのですよね。ですが、私は先輩見たいにオド持ってませんから、ほとんど何も出来ませんけど……」
「なーに、フューリア。俺だってマナがなくて何にも出来んかったが何とかなったし……ばばあも手を貸してくれるはずだから、大丈夫だって!」
「私は、タイガさんほど能天気じゃないです。
それにしても魔王と連携してケルベロス倒しちゃうとか、本末転倒もいいところですよね! いや、ミイラ取りがミイラってやつか。
でも……そうか。そのナナって子。確かに悲惨ですよね。先輩が肩入れするのも、何となくわかります。そう言う事なら……。
この不肖フューリアが魔王エリカの監視を仰せつかります!」
「でもよー。今回はフュー一人か? 俺も暇ではあるんだが?」
勇者パーティーの戦士、コンスタンがタイガに話しかけた。
「ああ、すまん……主に予算の関係……ばばあの下宿代も馬鹿にならなくて……」
◇◇◇
そして、サリー婆がエルフ国からナナの世界に戻る日。
転送装置のところに、フューリアと名乗る少女が婆を訪ねて一人でやってきた。
「あんたが、僧侶のフューリアかい? なんか若いね。ナナとそれほど変わらん様に見えるが、それで勇者パーティーメンバーとは大したもんだ」
サリー婆が、フューリアと会った第一声がそれだった。
「はい。よく若く見られますが、実はイラ先輩と三つしか違いません!
お酒もOKです!」
「ほおっ。本当に今の勇者パーティーは変な奴が多いね……。
でも、その背格好なら丁度いい。まあ、よろしく頼むよ!」
サリー婆はそう言いながら、フューリアを伴って、ナナの世界に移動した。
魔王をこの手で葬るチャンスと、サデンドス卿が焦ってしまったのです」
「うるさい、このボンクラ! エルフの手でと言うならまだしも、なんであんな凶悪な魔族をあっちに送り込んで来たんだい!
一歩間違えば大惨事じゃないかい?」
「ですから……マナが使えないところで魔王と戦おうという者がエルフにはおらず、やむなく……」
先日、ヴィンセントとケルベロスを魔王エリカの刺客としてナナの世界に送り込んできた件で、サリー婆がエルフ王とサデンドス卿に喰ってかかっている。幸い、魔王エリカと勇者タイガ、賢者イラストリアらが連携し、それらを排除出来たが、万一、結界の外にでも、ケルベロスが出てしまおうものなら、トンデモない事態になった事は間違いない。
「今回は、とりあえずこっちで何とかしたが、分かってるね!
以降、魔王エリカに手を出す時は、先に私にことわりな。
あいつ、一応、あっちの世界ではおとなしくしているし、私も監視を続ける。
討ち取りたかったら、あいつの肉体が復活して、こっちに戻って来てからにするんだね。あっち側で事を起こすのはリスクが大きすぎるし、お前らだって過去の因縁を、あちらの世界やこっちの世界の人間達に知られたくは無かろう?」
「それは、そうなのですが……」
「もういい。それでサデンドス。
あっちで魔王の監視を続ける件だが、私も忙しい!
せめてイラストリアくらいは借りられないのかい?」
「その件なのですが、おばば様もご承知の様に、一度あちらに行って戻って来た人間を再度あちらに派遣するには、一定期間空けないと身体のマナ処理能力に不具合が発生するのです。
ですので……今回は、勇者パーティの僧侶フューリアではいかがかと。
彼女が戻る頃には、イラストリアも派遣出来るでしょうから、それで帰還魔法が使えます」
「まったく、人間に無理にマナを使わせたりするから……。
そのフューなんとかは、オド持ちじゃないんだよね?」
「ええ、直接マナを消費するタイプのサポーターですので、あちらでは普通の人間とほとんど変りません。しかし、諸事情を理解してすぐに動くとなると、彼女くらいしか候補がおりませんので」
「しかたないね。わかったよ。それで準備を進めておくれ」
◇◇◇
「どういうことだ! ヴィンセントが魔王様を襲ったというのは本当なのか?」
エルフ王国の人里離れた山奥に、指導者を失った魔族の残党が潜んでおり、そのリーダ格が、魔王エリカの肉体再生プロジェクトを進めている老魔導士デルリアルだ。その彼の所に、かつて魔軍の幹部だったヴィンセントが、ケルベロスを使って魔王エリカを襲った事が、部下の魔族から伝えられた。
「はい、間違いありません。ですが、どうやら魔王様に返り討ちにあった様でして、ケルベロスを失い、本人もかなりの重傷との事です。その他の詳しい状況は今の我々には何もわかりませんが」
「そうか……マナの無いあちらの世界で、ケルベロスを排除するとは、さすが魔王様だ!
しかし、そうなるとこちらの状況は、エルフ共に漏れていると見るべきだな。
今のまま、悠長に魔王様の肉体再生をしているだけでは後手に回ろう。
もう少し、魔王様側の状況も把握して、連携していく方が良さそうだな。
だれか、魔王様をおそばで支援出来るものがいればよいのだが」
「あちらは、マナが使えませんからね。ケルベロスの様に、マナをため込んで亜空間とかに潜めれば都合がいいんですが」
「いや。多分発送が逆だ……マナが無くても魔族の能力が使えるもの……。
そして自力であちらとこちらを行き来出来るもの……。
そうだ! チュロスを探してきてくれないか?」
「あー。なるほど」
そう言いながら、部下は退出していった。
「ふう。これで少しは、魔王様の支援が出来るし、連絡も取り合えるか……それにしても、魔族内にも魔王様の復活を望まない者がいるのか?
これは、私の肉体再生プロジェクトも用心せねばなるまいな」
◇◇◇
数日後、老魔導士デルリアルの元に、一見、十代後半と思われる、ボブカットで化粧の派手な少女が訪れた。
「おーい。デルリアルのじいさん。おひさー!」
「チュロスか? 達者にしていたか?」
「ううん、全然。だって、大っぴらに表歩いてたら勇者とかに狩られるかもしんないしー。だから、こそこそと、あっちの世界でアルバイトしてたんだよー」
「そうか。それで、お前のその能力を見込んで頼みがあるんだが。
お前、あちらの世界で魔王様の護衛兼側付きをしてくれないか?」
「ほえ? 魔王様は滅んだんじゃないの?」
「いやな。一部の上級魔族以外には秘密にしていたんだが、魔王様の
肉体
は滅んでしまったのだが、魂
は異世界でまだご健在でな。私は、その肉体再生事業を進めているのだ。後二年位で以前のお美しくたくましい魔王様が復活される予定ではあるのだが……どうもその事が、エルフや魔王様の復活を快く思わない者たちに漏れている様でな。先日も、一部の魔族の裏切り者が魔王様を襲い、それは幸い魔王様に排除されたのだが……お前も知っての通り、あっちの世界ではマナが自由につかえん。
それで、マナに頼らなくても魔族として動けるお前に、魔王様の魂を守ってほしいのだ」
「……ま? そりゃ鬼びっくりだわ!
でもそうか……エリカ様がご健在とか激ヤバイわ。
うん! じいさん。その話乗った!
私はあっちに拠点もあるし、マナ無くても何とでもなるし……。
それに、エリカ様のお側にいていいとか……ありえなくね!?」
「おお、そう言ってくれると助かる。だが、気を付けろよ。エルフ側も何か仕掛けてくるかも知れんし、反魔王派の魔族もしかりだ。そして定期的に私にあちらの状況を教えてくれればよい。魔王様復活の際には、恩賞も期待してよいぞ」
「うっはー、マジヤバ! 絶対、ショタハーレム作ってもらお!」
チュロスは、サキュバスという種類の魔族で、生物から精気を吸う事で自らのエネルギーに変換できる能力を持っている。威力的にはそうでもないが、マナが無くてもいくつかの魔法が使え、上級魔族でなくとも、あちらとこちらの世界を自由に行き来できる特殊能力を持っている。魔族とエルフ・人間との間で戦闘状態になってから、サキュバスはナナの世界の人間相手に出稼ぎに行くしかなくなり、その手法が研究された様だ。
そして彼女は以前、デルリアルのマナや魔力と言った類の様々な魔術研究を手伝っていたのだ。
「で、じいさん。エリカ様は、あっちのどこにいるの?」
「いや、それが分からんのだ。頑張って探し出してほしい……」
「へっ?」
◇◇◇
「まあ、あっちは今言ったような感じかな。フューちゃん、お願い。
エリカはともかく、ナナちゃんは何とかしてあげたいのよ」
イラストリアが、自分より十程も年下かと思われる少女に頭を下げている。
「ふー。どうせ、借金で首が回らないから断れないのですよね。ですが、私は先輩見たいにオド持ってませんから、ほとんど何も出来ませんけど……」
「なーに、フューリア。俺だってマナがなくて何にも出来んかったが何とかなったし……ばばあも手を貸してくれるはずだから、大丈夫だって!」
「私は、タイガさんほど能天気じゃないです。
それにしても魔王と連携してケルベロス倒しちゃうとか、本末転倒もいいところですよね! いや、ミイラ取りがミイラってやつか。
でも……そうか。そのナナって子。確かに悲惨ですよね。先輩が肩入れするのも、何となくわかります。そう言う事なら……。
この不肖フューリアが魔王エリカの監視を仰せつかります!」
「でもよー。今回はフュー一人か? 俺も暇ではあるんだが?」
勇者パーティーの戦士、コンスタンがタイガに話しかけた。
「ああ、すまん……主に予算の関係……ばばあの下宿代も馬鹿にならなくて……」
◇◇◇
そして、サリー婆がエルフ国からナナの世界に戻る日。
転送装置のところに、フューリアと名乗る少女が婆を訪ねて一人でやってきた。
「あんたが、僧侶のフューリアかい? なんか若いね。ナナとそれほど変わらん様に見えるが、それで勇者パーティーメンバーとは大したもんだ」
サリー婆が、フューリアと会った第一声がそれだった。
「はい。よく若く見られますが、実はイラ先輩と三つしか違いません!
お酒もOKです!」
「ほおっ。本当に今の勇者パーティーは変な奴が多いね……。
でも、その背格好なら丁度いい。まあ、よろしく頼むよ!」
サリー婆はそう言いながら、フューリアを伴って、ナナの世界に移動した。