第52話 恩讐

文字数 3,232文字

 カーン……カーン……
 
 エルフ王国辺境にある魔族達の村ホミルネに、夜半、半鐘が鳴り響いている。

「敵の夜襲だ! 武器を持ってるもんは、広場に急げ!!」
「魔王様の守備隊はどうしたんだ!?」
「それが……麓のシュテルヒが勇者の本隊に囲まれちまって、そっちの援軍に行っちまったんだとさ!」
「なんだって! それじゃ、俺達は見捨てられたのか?」
「……とにかく、女子供は山の中に逃がせ!」
 
 ここを襲撃したのは勇者本隊とは別の先遣偵察隊の様だが、備えの兵がいなくなっていた事に気が付いた村の魔族達はパニック状態になっていた。

 まだ幼い魔族の少女、ミルラパンは母親に手を引かれて必死に裏山を登っていった。十数人の村の女子供が山頂近くに何とかたどり着き、彼らがそこから下を見下ろすと村が業火に包まれていた。

「ねえお母さん。お父さん大丈夫かな?」
「大丈夫……大丈夫よミルラ。
 異変に気が付いてすぐに魔王様が助けに来てくれるわ」
「そうだよね……」

 その時、下の茂みがガサっと揺れ、人間兵が数名飛び出してきた。
「おっと、動くな! 魔法が使えるのはお前達だけじゃねえからな!!」
 そういって威嚇しながら、兵士達は逃げて来た魔族達を取り囲んだ。

「あんた達! どうやってここへ? 村を守っていた連中はどうしんだい!?」
 一番年長の魔族女性が叫んだ。
「あーん? なんだ婆さん。目が悪いのか? 
 ほれ、みんなこんがり丸焼きだよ!!」

 どよめきとも悲しみとも憎しみともつかぬ感情があたりにあふれた。

「あー、この感じがたまらんよな。これだから魔族狩りはやめられん。
 今の勇者様の略奪御免の方針には感謝感謝だぜ!!」
 そう言いながら人間兵がにじり寄ってくる。

「くそっ! あんたらの好きにはさせないよ!!」
 そう言いながらさっきの最年長魔族が、人間達に向け攻撃魔法を放ったが、彼らのマジックバリアに簡単に弾き飛ばされた。

「はーい。これで正当防衛成立なー。そんじゃ皆様方、お待ちかねの時間だぜ」
 そして人間兵士達は、そこへ逃れて来ていた魔族達に襲い掛かり、高齢なものはその場で切り捨てられ、そうでない女性たちは次々凌辱されていった。

「ミルラ!! 早く逃げて!!」そう叫ぶ母親が目の前で人間兵に犯されていくのを目の当たりにし、ミルラパンはあまりの恐怖で動く事が出来なかった。

 すると一人の人間兵士がミルラパンに近づいてきた。
「よう、お嬢ちゃん。おじさんと遊んでくれないかなー? 
 おじさんはあんたみたいな小さい女の子が大好きなんだよ!!」
 そして嫌がるミルラパンは木の陰に無理やり引きずられて行き……


「イヤァーーーーーーーーーーーー!!」
 
 気が付くと、ミルラパンはベッドの上に居た。
 ……またあの時の夢……
 もう百年以上も前の事なのに、昨日の事の様に思い出されてしまう。
 
 結局村人は全員惨殺され、山に逃げた女子どもたちも人間兵に玩具にされた後、皆殺しにあった。自分も背中から切りつけられて死んだはずだったが、偶然命を長らえる事が出来、今まで生きて来ている。
 
 全身が冷や汗でビシャビシャだったので、シャワーを浴びてベッドに戻り、濡れた髪を乾かしながら考え事をする。

 私は絶対に許さない。エルフも人間も勇者も……そして魔王も……。
 せっかく今日まで生き永らえたのだ。
 奴らに復讐するチャンスは絶対に来るはずだ。

 その思いが私を生かし続けているのだ……と。

 ◇◇◇

「それじゃ、ほんとにそれでいいんじゃな?」
 白樺堂で、エリカとサリー婆が話をしている。

 小平芳野との闘いからひと月程経ち、夏休みも終わろうかという季節になっていたが、深層のナナの魂は相変わらず、サリー婆の魔法で冷凍睡眠(コールドスリープ)状態にされていた。

「ああ。もうこれ以上ナナを凍らせておくのは見るに忍びない。
 デルリアルがあたい用に準備してたっていう賢者の石で、ナナに反魂の術が出来る様手配してくれ」
「そんで、お前はどうするんだい?」
「一時的に魔鏡に戻る事になるだろうな。その後の事はデルリアルと相談するさ。
 あたいが魔鏡に入っちまえば、あとは魔族の問題であってナナの問題じゃねえ」

「そうかい。そんなら少し時間をおくれよ。一度、イラストリアやデルリアルとも話をしてみて、必要なら準備を進める様に言ってくるからさ。
 でも後で知ったら、ナナちゃんは怒るだろうよ」
「たのむわ……そんで婆さん……その、勝手な言い分で何なんだが……
 あんた、エルフ王国内にもかなり顔が効くんだろう?
 あたいがこんな状態で肉体放りだしたら、今までついてきてくれた魔族達はやってられんと思うんだ。なので……出来ればだが……魔族とエルフ間で、和議とか停戦とかは出来ねえだろうか?」

「成程のう。お前の気持ちは分からんでもない。
 じゃが、それはわしが動いてもどうにも出来んと思うがの」
「出来れば……でいいんだ。考えてくれないか?」
「わかった。ナナを助けたいっちゅうお前の覚悟に免じて、機会があれば王国側に働きかけてみよう」
 その言葉にエリカはちょっとほっとしてその場で座り直した。

「そんで婆さん。こないだの芳野の件。何か判かったか?」
「ああ。いろいろ調べたんじゃが、どこで魔族と繋がったかなど、とんと分からん。
 あやつ、風俗店で働いていた様で、その客も数えたら、それこそ追跡しきらん位の人間と関わっておってな。じゃが、まあ安心せい。あの一件の関係者は、今一度公安に身辺を洗ってもらっておる」

「やっぱ婆さん、只者じゃねーな。
 そんじゃリヒトとかも何やってんのか分かるんだ」
「まあな。奴は脊椎損傷で腰から下が動かんのでいまだ病院暮らしじゃ」
「うわー。それ、あたいは芳野以上に恨まれてるなー」
「そう言う訳なので、私がいない間、無茶するんじゃないよ。
 フューリアには、ちゃんと見張ってもらうからね!」
 
 フューリアが言う。
「あーあ。いよいよ魔王エリカも年貢の収め時ね。でも心配しないで!
 あんたが魔鏡に入った次の瞬間。私が叩き割ってあげるから!」
「いらねえよ! そんなおせっかい……」

 ◇◇◇

「よっ、サリーさん。元気そうで何より」
 エルフ界に戻ったサリー婆が、お昼頃に王宮近くの冒険者ギルドに入ると、そこに勇者タイガと戦士コンスタンがいた。

「ああ、おかげさんで、フューリアがお前よりよほど役に立ってくれてるでな」
「ちっ、あいかわらずの憎まれ口だねー。
 で、こんな所まで来たって事は俺達探してた?」
「お前達じゃない。イラストリアさ。まあここでお前らに聞こうと思ってたけどね」
「イラなら……例のDさんのところだ。
 ここんところ週の半分はあっちで何やら打ち合わせとか研究をしている様だぜ」
 デルリアルの名前はここでは出せないので、タイガ達はDさんと仮称していた。

「そうかい。それじゃ、あんた達に案内してもらおうかね」
「えー。勘弁してくれよ。俺達は借金返すんでクエストこなさねえといけないんだ。
 あさってにはイラが戻ってくると思うから、それから一緒にいけばいいじゃん」
「うん。借金を返そうという、その心掛けや良し! 
 じゃが、わしもちょっと急ぐ。駄賃は出すから案内せい!」
「はー。どうせ子供のお使い程度の駄賃だろうが……まあ、婆さんの頼みじゃしょーがない。分かった。行ってやるよ」

 婆さんとそんな話をしていると、タイガが遠くから呼ばれた。
 ギルドの受付嬢の様だ。

「あー、タイガさーん。どっか行かれるんですかぁー? 
 でもぉ、この依頼今日中にこなさないと違約金ですよぉー!!」
「あっ、やべ!! そうだった。どうせすぐ終わるだろとゆっくりしすぎた……」
 その様子を見ていたコンスタンが言った。
「しょうがねーなー。そんじゃ大将はクエスト片付けてこい。
 サリーさんには俺が同行してやるから」

 こうしてサリー婆と戦士コンスタンは、王都から転送ゲートで辺境の町へ飛び、そこから馬車でデルリアル達が潜伏している山中を目指した。

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