第67話 絶体絶命

文字数 3,060文字

(えっ、エリカ。どうしたの? って、エリカ!? エリカ!!)
 深層でナナが叫ぶが、エリカの気配が突然消えた。
 仕方がないので、がら空きになった表にナナが上がって外を見た時、愕然とした。

(あれは……エリカだ……)
 ナナが見たのは、初めてエリカに会った時、由比ガ浜の水中でナナの身体に近寄ってきた、光った状態のエリカだった。
 それが目の前の地面に転がっていて、向こう側に人間らしい男が一人立っている。

「カルパシィー!! 何をしたの!?」ナナが怒りに震えながら言った。
「おお、来宮さん。ようやく表に出て来ていただきましたか。初めまして。カルパシィーと申します。さっきエリカに礼儀がなってないって叱られましたんで、今度は最初にご挨拶しましたよ」
「違う! 挨拶なんてどうでもいい! エリカに何をしたの? エリカはどうなったの?」
「あらあら、挨拶は大切なんですよ。それで、何をしたって……そこに転がっているのがエリカの魂です。いままであなたの身体を不当に占拠してましたんで、私が取り除いてあげたのです。そんなにお怒りにならなくても……感謝してほしいくらいですよ」

「魂って……そんな。お願い。早くエリカをこの身体に戻して!」
「何を訳の分からない事を。我々は戦闘中ですよ。そしてエリカは私に破れて魂がむき出しになった。あとは、放っておいても自然に成仏するでしょう」
「あ、あ……そんな……エリカ、お願い。眼を覚まして……」
 エリカの魂に近づこうとするナナをカルパシィーが牽制する。
「ああ、触んないほうがいいですよ。釣られてあなたの魂も飛び出しちゃうかも知れません。そういう術式ですので」

「カルパシィー……許さない……」
 眼に涙を浮かべながら、ナナは腹の底から怒りの言葉を吐きだした。
「ははは。もう勝敗は決しました。これ以上は無駄ですよ。あなたでは私に勝てません。そうそう。あなたのその状態も長い事続けていると体腐っちゃいますよ。なんせ魂の尾が切れちゃってますからね。さっさとデルリアルさんに反魂の術でもやってもらったほうがいいですよ」

「くっ……すううぉおおおおおおーーーーー!!」
 ナナは渾身の気迫でマナを練り、カルパシィーにぶつけようとした。
 だが……ナナの身体もピクリとも動かなくなり、腕を振り上げたまま停止した。

「だから言ったじゃないですか。勝てないって。あなたが魔法防壁(マジックバリア)を解除した時点で、この試合は詰みです。すでにあなたの肉体は私のものですから。まあ、今しばらくそこで見ていて下さいな。なんにも出来ないでしょうけど」

(あっ……あっ……体が動かない……意識と感覚ははっきりしてるけど……肉体が取られちゃった!? これって、チュロスさんや芳野みたいに……)

「さてと、それじゃ。まず、エリカの魂を細切れにしてもらいましょうか。
 このままヘタに輪廻されても困りますんで」
 カルパシィーがそう言うと、ナナの身体が勝手に動き出し、近くで倒れていた魔族の剣を手に取り、地面に倒れているエリカの魂に近づいていく。

(えっ、ちょっと。やめてよ。やだよ……)
 ナナは余りの恐怖に心がつぶれそうになる。
 しかし、カルパシィーに操られたナナの身体は、エリカの魂の横に仁王立ちになり、剣を大上段に振りかぶった。

(やだ。やめて……いやーーーーーーーー!!!!!)
 ナナの身体は、そのまま剣を思い切り下に振り下ろした。

 ザクッ!!

 しかし、そこにエリカの魂はなく、剣はむなしく地面に刺さった。
(あれ?)
 恐る恐るナナが眼を開けると、目の前にイラストリアとデルリアルがいた。

「ふう。間一髪じゃわい」そう言うデルリアルが手に鏡を持っている。
 あれは……前にエリカが言っていた魔鏡? 魂を一時保管するんだとか……
 あっ……よかった……

「それでデルリアル。ナナちゃんは解放できそう?」
「うーむ。あれは無理じゃ。これだけ術者から近いとあとから放った魔法防壁では対抗できん」
「そっか。ナナちゃんごめん! とりあえずエリカを避難させてから必ず迎えにくるから!」そう言ってイラストリアとデルリアルが走って逃げていった。

(ああ。とりあえずよかった。エリカの魂が無事ならなんとかなるはず……)
 すると、カルパシィーがナナに話しかけた。
「今。エリカの魂が無事なら……とか思ったでしょ?」

(!? なんでわかった?)
「でもね。無駄です。あんなおいぼれと故障中の賢者では……さあ来宮さん。さっさと追いかけて下さい」
 カルパシィ―がそう言った途端、ナナの身体がものすごいスピードで走りだした。

 えっ、ちょっと。こんなの人間の走る速さじゃないよ!
 バキッ、ボキッ……これ、関節や骨が砕けてる?
 くそ、あいつ。人の身体だと思って……
 
 そんなナナの想いとは関係なく、ナナの身体はあっという間に二人に追いつき、デルリアルから手鏡を奪った。
 そしてその手鏡を、そばにあった大きな岩にそのままぶつけた。

 パリーン……手鏡が粉々に砕け散った。

(ああああああ………)
 その光景をずっとみていたのに何も出来ず、ナナの感情はついに壊れた。
「うわあああああああああああああーーーーーー!!」

「ナナちゃん!?」イラストリアが叫ぶ。
「だめだ賢者殿。ナナ殿は自我を失ったようじゃ。あれではマナにも対抗出来ん!」
「そんな。それじゃ、ナナちゃんは!?」
「この状況では……」デルリアルも首を横に振った。

 そこへカルパシィーがゆっくり歩いて近づいてきた。
「はははは。これで終わりではありませんよ。まあ、あなた方はもう何も出来ますまいが……さあ来宮さん。あっちのアジトの奥にあるエリカの肉体を、これで壊してきて下さい」

 カルパシィーがナナの背丈ほどもあろうかというオーガ用の両手剣を渡すと、ナナの肉体は、それを肩に担いで、またものすごい勢いで走り去っていった。
「ああ、なんてむごい事を……」イラストリアが落涙した。

「さてと。それでは私は、念のためお二方に止めを刺させていただくとしましょう。
 もう、こうなってしまっては……どうでもいいですよね?」
「無念だ……」デルリアルが地面に突っ伏して泣いているイラストリアの肩に手をやって、覚悟を決めたかのように眼を閉じた。

「さすがは往年の大魔導士。よい覚悟です。なーに、後の事はお任せください」
 そしてカルパシィーはデルリアルの首に剣を一度当て、改めて振りかぶり、それをまた振り下ろす。だが……。

「マグマスラーッシュ!!」

 カイーンという音と共に、カルパシィーが討ちおろした剣が弾かれ、少し遅れて、袈裟斬りにされたカルパシィーの身体から、ものすごい鮮血が吹き上がった。

「えっ? えっ? 今の掛け声って……タイガ!?」イラストリアが慌てて起き上がると、そこには、勇者タイガが決めポーズで立っていた。

「いやー。セーフセーフ。何とか間に合ったぜ!」
 そう言うタイガにイラストリアが本気でグーパンチをお見舞いした。
「馬鹿! 全然間に合ってない! エリカの魂は粉々になっちゃったし、ナナちゃんも自我を失ったわ……そうだ! ナナちゃん。ナナちゃんを早く止めないと! ほらタイガ、さっさと後を追えー!」
 そういってイラストリアがタイガの尻を思い切り蹴り上げた。
「痛って。って、おい。普通ここは、『よくぞご無事で』とか『どうやって助かったの』とか聞くとこじゃね?」
「馬鹿! そんなのは後でいい。とにかく、ナナちゃんを取り押さえて!!」

「勇者殿。こっちじゃ」デルリアルに導かれて、タイガはナナの後を追った。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み