第69話 家族

文字数 2,693文字

「あのねナナちゃん。これしか方法がなかったのよ。というかこの方法を思いついたのも、リヒトとタイガのお陰なんだけどね」
 エリカだと言う赤ん坊を抱きながら、イラストリアが申し訳なさそうに言う。

 あのまま割れた鏡の中においても、エリカの魂は半年も持たなかったのだと言う。
 もちろんそれまでに、魂を一つに復元する事も望み薄で、仮に魂は復元出来ても入れる器がない。すぐに適当な器が見つかるかも未知数だし、悪霊化の懸念も残る。
 だが赤ん坊からなら、今までの記憶とか能力はあまり関係なく、魂をつなぎ合わせて再生させられるという事にイラストリアが気が付いた。

「でも、それじゃ……賢者の石は? 誰のを使ったの?」ナナの疑念は晴れない。
「ははは……それもね。エリカの魂を使ったの。大人一人分の魂から、赤ん坊用と賢者の石用に分けてね……というかもう割れてたから、砕く必要なかったんだけどね」

「ああ。でもイラストリアさん。オドが壊れてたんじゃ?」
「わしのを貸してやったんじゃよ」後ろでサリー婆の声がした。
「オドなんて所詮マナのタンクじゃ。イラストリア程の術者なら、それが自分のものでなくても、なんともないわい。じゃがナナ。これはちょっとお高いぞ!」
 そう言ってサリー婆が笑った。

「そっか。でも、エリカはこれでよかったのかしら」
 心配そうなナナに、デルリアルが語りかけた。
「元の姿になるには何十年かかかるだろうが、まあ、人間と同じ位のスピードで成長するじゃろう。それに記憶の痕跡は極力飛ばさない様に注意したと思うから、少し大きくなったらいろいろ思い出すかもしれん。その時はみんなで魔王様の記憶を補ってやればいい」

「ああ……エリカ……これでよかったんだよね!?」
 ナナはそう言いながら赤ん坊のエリカを抱き上げ、思い切り頬ずりした。

「それで、このエリカはこれからどうすんの? 誰が育てんのよ?」
 タイガの質問に、デルリアルが答えた。
「もちろん。魔族一同で大事にお育てする!」

 その言葉に、場の一同もそれがよかろうと話をしていたが……
「ちょっと待って、みんな」ナナが声をあげた。

「あのさ。エリカは私が育てるんじゃだめかな?」

「えーーー!! ちょっと待ってよナナちゃん。君はまだ独身で十代で……」
 タイガが慌てながらそう言った。
「でも、私はお母さんが十九の時に生まれて、最初からお父さんいなかったし」
「でもさ。そうは言っても」
「それに、こっちの世界だとまたカルパシィーみたいなのに狙われるかも知れない。
 あっちの世界のほうが百倍くらい安全な気がするの」

「それもそうかもね。私もオドが復活するまでまだ当分かかりそうだし、数年あっちでナナちゃんのお手伝いするのも悪くないかな。フューにも養生がてら、いっしょに来てもらおう」イラストリアがそう言った。
「いや。だったら俺も行く。おれがお父さん替わりになってやる!」
 タイガがそう言ったが、イラストリアに思い切り尻を蹴られていた。

「それでは、ナナ殿は魔王の母君。国母様という事じゃな。
 魔王エリカ様が成長して、この世界に再び君臨されるまでの間、何卒よろしくお頼み申し上げます」デルリアルと魔族の幹部達がナナに頭を下げた。

「じゃがナナよ。お前にはまだこっちの世界で働いてほしいんじゃが。
 例の和議も、お前が仲介って事で話がすすんでおるでな。虐げられたものの痛みが分かるお前は、今後に必要な人材じゃ」サリー婆が食い下がる。
「もちろん。お役に立つべきところはお手伝いします。でも、ずっとこっちの世界はちょっときついかな。お母さんとも会いたいし……うーん。そうだ! リヒト。あんたが代行しなさい! 前にエリカが言ってたわ。あんたなら魔軍の司令官になれるって」

「なにそれ。褒めてんの? でも、いいよ。僕がこっちの世界にいれば、来宮さんもあっちで気が楽だろうし……それにエリカが将来、成長してこちらに戻って来るまでの摂政という事で羽振り利かせられそうだし……」
「うわー。なんかすごく適任っぽい」イラストリアが呆れた。
 そしてミルラパンに向かって話しかけた。
「そうね。でもリヒトだけだと暴走しないか心配だから、貴方が補佐してあげて」
「……だが、私はお前達を狙って、戦士を殺した仇だぞ。いいのか?」
 ミルラパンが暗い面持ちでそう言った。

「うん。正直、恨みがないわけじゃないけど、それはお互い様なのかな。私も結構、無抵抗の魔族を焼き払ったりしてたし、あなただって自分の故郷を焼かれちゃってずっと苦しんでいて……そんな恩讐を断ち切るための和議だと思うし……虐げられていたあなたなら、どうすればいいかちゃんと考えられるんじゃない?」
「そうか……わかった。善処する。リヒトの首にはちゃんと鈴をつけておこう」
「えー、ちょっと待ってよミルラちゃん。僕は亭主関白主義なんだけど……」
 リヒトがなさけない声でそうわめいた。

「なーなー」赤ん坊エリカが何か言っている様だ。
「はいはい。それって私の名前かな?」
 そう言いながら、ナナは思い切りエリカを抱きしめた。

 ◇◇◇

「それで……この子があんたの子だって言うのかい? 
 いつの間に妊娠してたんだい」
 一緒に暮らす為の打ち合わせで施設に行った際、母親の麻美に赤ん坊エリカを紹介した。
 いっしょに来てくれた児相の吉村さんも、とっても驚いている。
 二人には、古道具屋の買い付けで海外に行ってる間に産んだと説明した。

「ふふ。ごめんねお母さん。そんでお父さんが誰なのか分かんないんだけど……この子もいっしょに暮していいよね?」
「あ、ああ。あたしも人の事は言えないんだけど……なんでそんなところまで似るのかねえ。それで……あのエリカってやつはどうしたんだい?」麻美が吉村さんに分からない様に小声で尋ねた。

「うん。もういないの。私、生き返れたんだ……それでね。
 この子の名前をエリカにしたんだ!」
「あ、あ。そうなのかい……よかった。本当によかった」そう言って麻美はテーブルに突っ伏して泣き出し、吉村さんが面食らっていた。

「ほーら。おばあちゃんだよー」ナナがそう言いながら麻美にエリカを抱かせる。
「ははは、ちっちゃいねー。あんたも昔はこうだったかねー。もう忘れちゃったよ……」そういいながら麻美はすっかりおばあちゃんモードになっていた。

 そして……

(やれやれ。やっぱり麻美と同居かよ。でもまあ、これでよかったんだろうな。あたいはゆっくり人生やり直すさ。さーて、今度こそかっこいい彼氏でもつくろうかな)
 赤ん坊エリカの深層の隅に隠れていた、魔王エリカの意識がそうつぶやいた。

(終)
  

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