第50話 望まぬ再会

文字数 2,605文字

「って、ここかよ……」
「ああ、ここのアンテナから半径百m以内位らしいぞ。
 それに手紙の消印も新宿じゃった」
「ふん。相手はあんまり隠れる気もないのかね」

 エリカとサリー婆とフューリアは、村山ほのかを名乗る通信の発信元を訪ねるべく、新宿区の大久保に来ていた。そして三人は今、以前、ナナが麻美と暮らしていたアパートの前に立っている。

「半径百mって言っても、ここで確定だろ? こりゃマジで罠かもな」
 エリカが、以前ナナが住んでいた部屋を指さしてそう言った。
「そうかもな。じゃが、どうする?」
「どうするって……ここまで来て寄らない手はないだろ。いいよな、ナナ?」
(大丈夫。ここ、あんまりいい思い出ないけど、おかあさんは無事だし……。
 エリカ、気を付けてね)

 フューリアが二階にあがり、エリカとサリー婆が若干さがって待機した。
 ピンポワーン……はっ、相変わらず間の抜けたチャイムだぜ。

「誰も出て来ませんね。留守でしょうか? 
 表札はかかってませんが、中に人いるのかしら」
「わしにも何も気配は感じられんな。取り合えず、中に入って見るか」
 そう言いながらサリー婆が続けて何かを詠唱し、カチャリとドアの鍵が開いた。
「へー、ばあさん。空き巣もお手の物だな」エリカがちゃかした。
「うるさいね。油断すんじゃないよ!」

 フューリアがサリー婆と目配せし、ゆっくりとドアを開けた。
「ごめんくださーい」
 そう言いながらフューリアが中に入り、エリカとサリー婆も後に続いた。

 どうやら、誰もいない様だ。
 あー、なつかしいなこの部屋。だが、あん時は滅茶苦茶汚かったが、今は掃除も行き届いてやがる。布団が一組畳んで置いてあり、あとは小さな食器棚くらいしかない質素な部屋だ。

 こりゃハズレかな。さっさと退散しないと空き巣に間違われちまう。
 そう思ったエリカが、二人に先立って表に出ようとした時だった。

「あれー。今日は生ゴミの収集日でしたっけ? 何で来宮さんがいるの?」

 あれ、なんかこのセリフどこかで……。
 エリカが階段の方を見ると、下から人が上がってきていた。

 えっ! 小平芳野!?

「えっ、芳野!? なんでお前がここに?」
「まったく。相変わらず粗野で野蛮ね。何、人の留守に忍び込んでんのよ! 
 そこは私の部屋よ!」

「サリーさん。あの女性は?」フューリアが怪訝な顔をする。
「小平芳野じゃと? あやつは保護観察中だったのでは?」

「何よ、そこの汚いばあさんは。
 そうよ、誰かさんのお陰で、私は保護観察中の身よ。
 でも、だからといって、ここで暮らしちゃいけないって事はないでしょ。
 あんたのせいで、私の人生は終わったのよ。
 お父様には勘当され、家を追い出されたんで、仕方なくあんたの母親見たいな事して生きているのよ。その恨みを忘れない様、あえてここで暮らしているの! 
 ああもう。思い出しちゃったじゃない!」

「それじゃ、あの手紙や着信もお前なのか?」
「そうよ。思ったより早く突き止めたわよね。
 まあ、ここに来るまで何回でもやるつもりだったんだけど……」
「芳野、てめえ……」

「落ち着け魔王。何か様子が変じゃ! それにナナちゃんの状態も心配じゃ」
「ああ、そうだな。だけど……」

 ドーーーーーン

 突然、周囲が暗闇に包まれた。
「魔王、気を付けろ。結界じゃ! ライト!!」
 サリー婆が照明魔法を唱えたため、とりあえず周りの様子が伺えたが、芳野の姿はなかった。

「どういうこった? 魔族がどこかにいるのか?」
「慌てるな魔王。まずは敵の状態を把握せんと……。
 フューリア。わしの身体に触れろ。
 少しマナを流してやる。それで補助せい!」
「あのー、それ別料金ですか?」
「ええい、今はそんな事どうでもいいわい!!」

 照明の担い手がフューリアになり、さっきより明るさが増した。
 さすがにサポータ―といったところだ。
 エリカとサリー婆は、周りの状況を観察し、相手の攻撃に備える。

「芳野! 出て来やがれ。こりゃどういうこった。
 お前、魔族と手を組んだのか?」

「呼び捨てにするな、生ゴミ! 
 いいえ……あなた、異世界の魔王だったんですってね。
 道理で私も理人(リヒト)さんも敵わないはずだわ。
 でも、それならどうして協力するって言ったのに、私を助けてくれなかったの?
 お陰で、私は……もう、人間に戻れない……」

 結界の闇の中から姿を現した芳野を見て、サリー婆が叫んだ。

「いかん魔王。あやつ、魂の尾が切れておる! 
 こりゃ、あの死人使い(ネクロマンサー)の仕業じゃないのか……」
「芳野。お前……」

「そうよ。私はあなたに復讐するため、この身をマスターに捧げたの。
 でも私の魂は、もともとあなたが憎くて嫌いで仕方なかったの。
 だから、マスターも洗脳の手間がいらないって、喜んでいたわよ!
 さあ、来宮さん! あなたにも私の声、聞こえてるんでしょ?
 村山さんがあなたを恨んでいたのは本当よ。
 だって、私。目の前であの子が電車に飛び込む寸前に、本人から直接聞いたんだもの!」

(……う、うう、ううう……うわぁーーーーーーーー!!!!!)

「ダメだナナ。奴の言葉はでたらめだ。耳を貸すな!」
 だが、ナナの興奮は収まる気配もなく、ものすごい勢いで憎しみと悲しみが増幅され始めた。

「おい、ばばあ。ナナを抑えられねえ。
 ちょっと深層行って来るから、ここは頼めるか?」
「ええい。持ちこたえるだけならフューリアもおるし……さっさと行って来い!」
 エリカが深層に降り、ナナの肉体は死体となった。

「あー、本当に死体になれるんだ……変なのー。
 でも、この暑さじゃ腐っちゃうし……私が火葬してあげるね」
 そう言いながら、芳野は次々に攻撃魔法を繰り出し始め、サリー婆とフューリアはその防戦で手一杯だった。

 ◇◇◇

「おいナナ。落ち着け! あいつはお前とほのかの憎い仇だろ! 
 あいつの言葉に真実はねえ! このままお前が悪霊化しちまったら、あいつの思うつぼなんだって! だから、な!」
 深層で、エリカが懸命に話かけるが、ナナの魂は全く反応せず、ブルブル震えながら、あの粘ったマナを生成していく。

 ダメだ。全然言葉が届かねえ。だいたい小平芳野って、ナナの天敵以外の何物でもないしな。どんな状態であれ、あいつが目の前にいるだけでナナはおかしくなっちまう。こうなりゃ、ばばあが時間稼いでいるうちに、あたいがマナ生成するしかねえ。
 ナナ、頼む。もう少しこらえてくれ!

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