第66話 決戦

文字数 3,588文字

 まだ混乱の残るエルフ王城を後にして、エリカはデルリアルのアジトに帰還した。
 サリー婆が派遣してくれたヒーラーによって、すでにイラストリアとフューリアの治療が進められており、イラストリアは自分で立ち上がれる位には回復していたが、フューリアは命こそとりとめたもののまだ意識は戻らず当面絶対安静との事だった。

「……という訳で、なんとかなったわ」 
「そう。でも、さすがはサリーさんね。カルパシィーの正体を調べちゃったんだ」
「あー、いや。それはあたいの出まかせ。とりあえずあの場で、パイスバンが動揺すればいいかなーってさ。でもな。変な話だが、あたいはリヒトのあの話を信用してるんだ。あいつは本当に気に入らない奴だが、頭が切れるのは間違いねえし、観察眼も鋭い。だからカルパシィーが人間だってのは十中八九、間違いんねえと思うんだ」
 エリカの言葉にイラストリアが呆れていた。

 そこへデルリアルがやってきた。
「魔王様。どうやらカルパシィー自身が軍勢を引き連れてこちらに向かっている様です」
「だろうな。あいつの部下達は今疑心暗鬼だ。当人が出て来なくちゃ話にならんだろうさ。それに、フューリアの見てたもんが全部向こうに筒抜けだった訳だし、ここの場所がバレててもおかしくねえよな」

「そんな呑気に構えてていいの? 今のあなたとナナちゃんじゃ、ネクロマンサーには分が悪いんじゃないかしら。それに、言っておくけど今の私じゃ、援護は期待出来ないわよ」おっとり構えているエリカに、イラストリアが心配そうに声をかけた。
「ああ、それはそうなんだが……せっかく向こうからやってくるんだ。
 首根っこ捕まえて、ギャフンといわせてやるさ。なあナナ」
(頑張る!)

 夜半になって、アジトを遠巻きに囲む様にカルパシィーの手勢が配置されたと報告があった。総勢で八千位らしい。

「はは、ずいぶん減ったな。こりゃ、マスターも相当気合いれないと、手下が逃げちまうな」軽口を叩くエリカに、デルリアルが言う。
「ですが魔王様。その八千の中にカルパシィーもおる様です。後方に約二万の後続がついて来ていますので、万が一魔王様がその八千に破れる様な事があれば、我々は皆すりつぶされるでしょう。くれぐれもご用心を」
「わかった。その八千の軍勢はあたいとナナで引き受ける。
 お前達はこのアジトの守備を頼む」
「御意」デルリアルがそういって下がり、入れ替わりでリヒトとミルラパンがエリカの前に現れた。

「魔王。頑張ってよね。僕たちのためにも……」リヒトがミルラパンの肩に手をまわしながらそう言ったが、ミルラパンはなぜかふてくされた様によそを見ている。
 ナナの言葉じゃないが、こいつも大概ツンデレだなとエリカは思った。
「はん。ずいぶんと仲が良さそうで何よりだぜ。だがまあ、お前の情報は役に立った。別にお前らの為という訳じゃないが、ちゃちゃっと済ませてくるから待ってな」

 そしてエリカは、戸口のところに座っていたイラストリアの前に立つ。
「じゃあ、大賢者様。行ってくるわ。そんでな……万一あたいに何かあったら、ナナの復活を優先してくれ。ああ、もちろん出来ればでいいんだが……」
(エリカ! こんな時に何言ってんの! 遺言じゃあるまいし。あなたと私は一連托生だよ!)ナナが深層で怒っている。

「ふふ。いま、ナナちゃん怒ってたでしょ。そんな気配がした。でもわかったわ。
 私はその時の状況に応じて、自分が一番いいと思った対応を取るから。後の事は気にせず、ちゃちゃっと片付けて来て!」
「ああ」
 
 そしてエリカは、アジトの外に出た。
 すでに夜が明けかかっていて、東の空が白みかかっていた。

「そんじゃナナ、いいか。作戦通り、お前は守備に専念しろ。ネクロマンサーに身体を乗っ取られない様、バリアしっかり張って奴の魔術波動を遮断し続けてくれ。後の事はあたいが引き受ける。気合いれてかかるぞ!」
(おおっーーー!!)

 ◇◇◇

 デルリアルのアジトは、森の中なのだがちょっとした高台になっていて、高い所に上ると多少は周辺の状況が分かる。イラストリアは、デルリアルとともに物見台に上って、戦況を確認していた。とはいえ今のイラストリアはオドが完全ではなく魔力も不安定なため、周辺のマナの流れを感じる位しか出来ないのだが……。

「たいしたものね。さすが魔王だわ。しかも相手を致命傷にはせず、ちゃんと半殺しにしてるし」イラストリアが素直な感想を述べる。
「はは、良くお分かりになりますね賢者殿。実際の所、ナナ殿が守備に専念してくれているから、魔王様が余裕を持って攻撃に集中出来ておられる様です。
 それにしても、あのナナ殿。短い期間でこれほどの魔法障壁(マジックバリア)を張れるようになるとは……あの強度であれば、相当高位の術者でも魔術波動を通す事は出来ますまい。賢者殿の後継者に育てられてはいかがか」
「あら、そうなったら魔族にとって、最大級の脅威になるかもよ」
 そう言ってイラストリアが笑った。

「よっしゃナナ。雑兵はあらかた片付けたぞ。
 いよいよカルパシィーに近寄るんで、警戒よろしく!」
「……」術に集中している様で、ナナの反応はない。だが、ナナの作る魔法障壁は微動だにせず強度を守っているので心配はないだろう。

「おらおらマスター。魔王エリカ様が来てやったぞ! さっさとツラ出せや。それとも人間さんだから怖くて腰がひけちゃったか?」エリカがカルパシィーを挑発する。

「まったく。魔王を名乗っているクセに、品性のかけらもない物言いですね」
 そう言いながら全身をマントで覆った人物が森の中から現れた。

「おや、あんたがマスターかい? 初めまして……でいいんだよな。
 せっかくだから顔みせろや。そんでちゃんと名乗れ! 
 人の品性を言えた義理かよ」
「ふっ、お望みとあれば……わたしがカルパシィーだ!!」
 そう言いながら、眼の前の人物が外套をバンと上方に投げ上げたかと思うと、ものすごい光が発せられ、あたり一面白に塗りつぶされた。

「くそ! 目晦ましかよ」エリカがそう思った次の瞬間。身体のすぐ下に人の気配が下かと思ったら、いきなりみぞおちに重い一撃を食らった。
「ぐはぁっ」エリカはたまらず後方に吹っ飛ぶ。
「……くっ、こいつ……なんて重てえ拳なんだ……お前、ネクロマンサーじゃねえのかよ」

「はっ。先入観で人を判断しちゃいけませんよ。ネクロマンサーが格闘戦に秀でていても問題ないでしょ?」
「ああ、そうだな。あたいとしたことが失礼した。お前を見くびっちまったようだ」
 そういいながらエリカは、カルパシィーの姿をまじまじと眺める。
 ああ、こいつは確かに人間の様だ……だが、魔族より強ええ!

「あなたがエルフ達とちんたらママゴトの様な戦いを数百年している間、私は日々自己研鑽を怠りませんでした。そして今日、今ここであなたを倒して名実ともに魔族の長になるのです。あー、でも。降伏されるなら悪い様にはしませんよ」
「おいおい。誰に向かってモノを言ってる。まっ、ちんたらと言われたら確かにそうかもな。だがあたいは、お前と違って自分の欲でうごいちゃいねえ」
「ふふ。あなたとだらだらおしゃべるするつもりはありませんよ。その間に自力回復されちゃいそうです。それにしても来宮さんの防御魔法はすごいですね。まさか私の魔術波動を通さないバリアを張れるなんて」

「ああ。研鑽してるのはお前だけじゃねえ!」
「ぷっ! ああ、これは失敬。おかしくなって笑っちゃいました」
「あん? 何がおかしい……」
「いえ。才能があったとしても、いくらなんでもこんなに短期間でこんなにすごい魔法障壁張れる訳ないじゃないですかぁ」

「何!? お前一体何を……」
「だーかーらー。もうネタばれしてるんですよ。この来宮さんのバリア。
 これ……私の肉体操作用の魔術波動専用ですよね?」

「何! どうしてそれが……」判ったと言おうとしたが、最後まで言えなかった。
 その瞬間、エリカの意識はブラックアウトした。

◇◇◇

「何? 今の波動。さっきまでとは全然違うわ!」イラストリアが飛び上がった。
「これは……賢者殿、まずいです。カルパシィーが作戦を変えました!
 今まではナナ殿の肉体を支配下に置く魔術波動でしたがこれは……魂を拘束する魔法です!!」
「なんですって!? それじゃ、エリカとナナは……」
「はい。魂ごと拘束される恐れがあります。奴は今までも魂と肉体を分離したりくっつけたりしていたんだ。私はどうしてそこまで考えが及ばなかったんだ!」
 デルリアルが膝をついて悔しがった。

「そう……ね。私も、ネクロマンサーって言う言葉に惑わされていた。
 でも、こうしちゃいられないわ。何が出来るかは分からないけど、現場にいくわよデルリアル!」
「はい。私もご一緒致します!」
 こうしてイラストリアとデルリアルが、エリカの元に向かった。

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