第11話 逆襲

文字数 1,890文字

「アサミさーん。店長が呼んでるー」

 ナナの母親、麻美が勤めているのは、歌舞伎町のとあるビルに入っているショーパブなのだが、その実態は、深夜零時を越えて風俗営業を行っている違法ピンサロに近い。

 麻美は、十年位前からここで働いている。
 二十代のうちは、もう少し華やかなキャバクラとかで稼げたのだが、アラサーを過ぎると、こうした店でしか大きく稼げない。
 ちくしょー。やっぱあん時、あの子売っ払っておけば、もう少しいい暮らしが出来たのに……いつもその後悔が思い出される。

 十年前、務めていたキャバクラで、麻美を気に入ってくれた常連さんがいた。
 その人が麻美を囲ってくれて、店まで持たせてくれるという話になった。
 
 だが、その条件が、子供を手放す事。
 
 そんなのどうすりゃいいんだと周りに聞いたら「売ったら?」と言われた。
 そして売られた子は……外国に行くらしい。
 その後どうなるのか、いろいろな噂はあるものの実態は誰も知らないらしい。

 ナナは誰の種とも分からないガキだ。
 正直、お荷物になるばかりで、愛情なんて感じた事もない。
 だが……気が付いたら六歳になっていた。

 こいつ……外国に行った方が幸せなんじゃないか? 
 そう思ったが、ある人が麻美に言った。
「売られた女の子は、大体性奴隷として使い捨てられるらしいよ」

 だったら……手元に置いて、大きくなったら自分で稼がせればいいじゃないか。
 私もそうだったんだから……。

 結局、麻美を囲う話はご破算となり、常連さんの顔をつぶしたという事でキャバクラは追い出され、こんな店に流れ着く始末だ。

 ちっ、また思い出しちまったぜ……。
 そう言いながら、麻美は店長室に入っていった。


 ◇◇◇
 

「えっ? 店長、今なんて……」
「だからさ。貸してた金、今月中に全部返してね!」
「でもあれは、娘を高校に行かせるって事で、三年期限で借りたもんじゃ?」
「そうなんだけどさ、サミちゃん。こないだの高橋さんから滞ってるよね?」
「あっ! でもあれ……。
 児相とか来ちゃってて、ヘタにばれたら旦那衆にも迷惑かけちゃうし……」
「たく、頭悪いなー。別に自宅じゃなくてもいいじゃん。
 ホテル代くらい、旦那衆は出すって。
 ナナちゃん、結構おっさん達に人気高いんだからさ。
 なーに、これから週三で稼がせれば、返済待ってもらえる様に、俺から上に言っとくからさ」

「……わかった。何とかします……」
 そう言って、麻美は店長室を退出した。

 それを見届けて、店長がスマホを手に取り、どこかに電話をかけた。

「ああ……母親には確かに伝えたぜ。あとは好きにしな。
 ただし、こっちに火の粉は飛ばすなよ!」

 電話の向こうには、リヒトがいた。

「ふっ。ナナちゃん残念。君の事は全部分かっちゃってるんだ。
 芳野なんかとつるんでも、所詮アマチュア。
 君ら親子は、社会的に抹殺してあげるよ」


 ◇◇◇


「何ふざけた事抜かしてやがる! 
 実の娘にホテル行ってハル売って来いたあ、どういう了見だ! 
 おまえ本当に母親か? ちくしょー、もう我慢なんねえ。
 これから児童相談所とやらに駆け込んでやる!」
 
 その日、麻美が家に帰ってくるなり、エリカに週三ホテルでクソ虫の相手をしろと言った。
 それにエリカが切れている。

「親に向かって何偉そうに言ってんだ! 
 あんたがそうしないと、もう金がねえんだよ! 
 だいたい今更なんだ。
 さんざんオヤジ達に気持ち良くしてもらっておいて、何が気に入らねえ? 
 私だってあんた位の時は、それで食ってたんだ!
 ちくしょー。ほんとにあの時、外国に売っ払っちまったほうが良かったよ! 
 そうすりゃ、あたしはもっといい想いが出来たんだ!
 あんたは外国で、やっぱり変態相手だっただろうけどよ!」

 こいつ……イカレてやがる……。
(エリカ……ダメ!)
 ナナの制止も、もう切れたエリカには届かない。
 渾身の右ストレートが、麻美の左頬に炸裂し、麻美は壁まで吹っ飛んだ。

(もうやめて……エリカ……もうやめて……)
 ナナ……そうは言うが……。

(お願い。お母さんのいう事聞いて……クソ虫の相手は私がするから……
 あなたは深層に隠れてていいから……)
(交代とか……そんな事、出来んのかよ?)

 ちっと舌打ちをしながら、エリカは白目を剥いている麻美の襟首をつかんで話かける。

「いいか! よく聞け、このあばずれ。
 お前がこんな仕打ちしてるのにナナは……ナナはお前のいう事聞くって言ってんだ! なんでこんないい子を愛してやれない? 
 お前がちゃんとナナに寄り添ってやらねえから……ナナは……」

(エリカ……もう……いいから……)

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