赤い命

文字数 1,033文字

寝苦しい夜。
突然、僕は幽霊に取り憑かれた。

エアコンが故障したらしい。
汗びっしょりの僕に跨り、覆いかぶさっていた。

白いワンピース。青く透き通った肌。濡れた黒髪。
その幽霊から冷気が漂う。

僕は真夏に凍え死ぬのか。

少し経ったある日。
再びその幽霊と出会った。

親が入院したと聞いて、東北道を飛ばして故郷に向かっていたところ。
ふとミラーを見ると、その姿があった。
髪に隠れて表情がわからない。

追い越し車線を走っていると、その娘がいきなり僕に飛びついた。
バランスを崩し、僕は隣の車線に急ハンドルを切らざるを得なかった。
追い越し車線は、SUV車が制限速度を大幅に上回って、すっ飛ばしていった。

そして、あれは夢だったかと忘れかけていたころ。
みたび、出会う。

僕は、鎌倉の砂浜にの転がり、ビールを飲んでいた。
空き缶が五つ転がり、僕は無性に海に入りたくなった。

海水浴の季節は終わり、海の家は板が打ちつけられていて、ライフセーバーもいない。
海に向かってゆっくりと歩く。

波はゆるやか。
このままゆったりと揺られて、ぷかぷかと浮いて、ふかぶかと波間に沈めたら。
水の中でも人間って眠くなるんだなって思って眼を閉じた。
誰かが僕の腕をひっぱる。

ああ、あの娘か。
僕はこのまま海に引き込まれてもいいと思った。

「目を覚まして。」

気がつくと、僕は砂浜に横たわっていた。
白いワンピースの少女がボクを見下ろす。
その娘の首に巻かれたチョーカーに見覚えがあった。

「目を覚ましなさい。」
今度は少しきつめにそう言った。

マウスツーマウスで僕の体に息を吹き込む。
金縛りにあったように体を動かせない。

「ゲホッ、ゲホッ・・・」
激しくせき込んで僕は目を覚ました。

周りには誰もいない。
波音だけが静かに聞こえる。

ぼんやりした頭で、これからどうしようかと考える。
三十分くらいそうしていたか。
右手で何かを掴んでいる感触があった。
チョーカーと、それにぶら下がる、小さなルビーの石。

僕は、それを見て初めて思い出した。
一度忘れようとして、忘れたと思っていた記憶を。

僕は、この海で溺れている女性を助けようとした。
砂浜まで何とか引き上げた。
必死に心臓マッサージをした。
必死に人工呼吸をしながら、AEDの到着を待った。
でも、間にあわなかった。

その娘の首にはルビーが光っていた。
「ありがとう、もういいの。」
彼女が目を閉じる前、僕の耳元でそうつぶやいたような気がする。

彼女がくれたもの。
赤い石の中で、儚く、またたく光。

その小さな輝きを失くしてはいけないのだろう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み