睡眠アプリ

文字数 644文字

今のすみかは、山里の廃校。
人の姿はここ一か月、見ていない。

いくらでも時間があるが、自然以外には何もない。
夜になったら寝るしかない。
でも、この場所にたどり着くまでの、なんやかんやで眠り方を忘れてしまった。

いや、何もなくはなかった。
体育館にはピアノ。
こんな田舎の学校に不釣り合いな、フルコンサート型のグランドピアノ。

僕はピアノは弾けないけど、時間はいくらでもあるので、触ってみようと思った。

鍵がかかっている。

でも多分、と思い、体育館の端に転がっている針金で合鍵を作ってみた。

当てずっぽうの形状を何パターンも作り直し、一時間ほどの所要と鍵穴の引っ掻きキズを代償に、コトリと解錠された。

ポーン

いい響きだ。

僕は、それだけで満足した。

フタを閉じ、鍵をかけ直す。

眠れそうだ。
保健室から持ってきた布団のセットをピアノの横に敷き直し、照明のレバーをバチンと降ろす。

天窓から射す月明かりの加減がちょうどいい。

枕元に、不細工な合鍵を置き、目を閉じる。
珍しく睡魔が誘いかける。

「鍵、貸してね。」
誰かがそう言った気がする。

「ああ、いいよ。」
そう答えた気がする。

鍵が手に取られた気配を感じ、静かにコトリと解錠され、パタンとフタが開く。

ピアニシモで奏でられる、ベートーヴェン、ドビュッシーの月にまつわるメロディー。

柔らかく青白い月の光。
ピアノのバックには虫の声。
それらに囲まれ。
ちっぽけな僕は、深い眠りにつく。

翌朝、気持ちよく目醒めた僕の枕元には、針金の鍵が戻されている。
クリーム色、タオル生地のハンカチに載せられて。
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