彼女のそれは、愛か憎しみか
文字数 1,899文字
「これから行く世界に、あなたの財産を引き継ぐことができます。」
俺と向かい合ってパイプ椅子に座る、謎の修道服姿の美女が口を開いた。
薄暗く、何もない部屋の中で、どこから射してくるのか、彼女にスポットライトがあたっている。
「それは好都合だ。ぜひ引き継いでもらおう。」
人生? 捨てたものじゃない。購入したばかりのジェット機の操縦を誤って墜落し、こんな場所に来てしまったが、俺には電気自動車とSNSとAIで稼いだ、巨万の富がある。
「わかりました。」
美人シスターは椅子から立ち上がり、深呼吸すると・・・
「いぇーい! 愛し合ってるかい?」
と叫び、阿波踊りのようなダンスを始めた。
ひとしきり踊ると、最後におれの眉間の間をデコピンした。
「いてえ!何しやがる!」
と文句を言う間もなく、
「ジャンケンポン! あっち向いて―、ホイ。」
シスターは、俺の顔に人差し指を向け、それをクィっと上げる。釣られて上を向く。
「なんだこれ?」
俺の頭上に、ハート形の輪郭の、風船のようなものが浮いている。
「それは、あなたの、『愛のストレージ・メーター』です。」
・・・メーターといっても、その風船の中には何も入っていないようだが。
「そうですね。空っぽです。」
「どういうことだ?」
俺は声を荒げた。
「引き継げる財産とは、『愛』のことです。あなたには、かけらも残ってませんでした。」
「何かの間違いだ! もう一回やり直してくれ。」
どこから聞こえてくるのか、「次の方がお待ちでーす」というアナウンスが入った。
「申し訳ありませんが、後がつかえているのでここで失礼。」
そう言うと、シスターは、彼女の足元のレバーをえいっと引いいた。
「グッドラック。いい第二の人生を!」
俺の足元の床がぽっかりと開き、俺は暗闇の中を転落していった。
尻に激痛を覚え、目を覚ました。
腰をさすりながら上体を起こすと、大勢が俺を取り囲んでいる。
「大丈夫? 怪我はない?」
老婆が心配そうに俺に声をかける。
立ち上がり、手で頭から足元を点検する。大したことはなさそうだ。
寄って来る老婆を手で制し、歩き始める。群衆は道を開ける。
煉瓦づくりの地面に、時計塔やヨーロッパ中世風の石造りの建物。どうやら、異世界に転生したらしい。
道行く人の頭上には、俺と同じようにハート形の風船が浮かんでいる。どれも7・8割以上赤い液体のようなものに満たされている。
俺は、このわけのわからん異世界生活をゼロから始めなければならないようだ。
「愛」とやらの財産をどうやって増やす? 何に使える? だいたいこの町の連中は、あんなに「愛」を持っているのに、服装も質素で、周りの建物も金のかかった造りじゃない。
ただ、連中は皆にこやかで、老夫婦が仲良く手をつないで歩き、ベンチに座った若い男女がハグして見つめ合ったりしている。
途方に暮れた俺は町を出た。一本道をひたすら歩いた。
人々の姿や家並みは、いつしかまばらになり、目の前は草原が広がっている。
はるか、道のかなたに人影が見える。かなりのスピードでこちらに接近してくる。
やがてその人影が、電動キックボード(⁈)に乗っている若い女性だと認められた。
女は、俺の3メートルほど手前でキックボードを降りた。
「おひさしぶりね。」
俺はこの女を知っている。あっちの世界で、つきあっていた女どもの一人だ。
彼女の「愛のストレージメーター」は、ほぼ満杯に満たされている。
「何でこんなところにいるんだ?」
「さあ、何ででしょうね。自分でもよくわからないわ。」
女は、俺の頭上をちらっと見上げ、フッと笑った。
俺は、頭上を指さし、女に聞いた。
「なあ、一体これは何なんだ? これを貯めて何に使えるんだ?」
「それでね、あらゆる愛を買えるの。」
「あらゆる愛?」
「そう。夫婦愛、兄弟愛、師弟愛、同性愛、愛娘、愛犬、敬愛、慈愛、純愛、博愛、愛嬌、それに愛人、愛欲なんかもね。」
「どうやったら増やせる?」
「簡単よ。愛すればいいのよ。」
彼女は口元に指をあて、ニヤリと笑った。
「でも。あなたには、それができるかしら?」
俺はあっちの世界では、誰も愛せなかったらしい。その証左がこのストレージメーターだ。
「じゃあ、私が手助けしてあげる。」
そういうと彼女は目をつぶり、下を向いた。何やら呪文のようなものを唱える。
すると。
彼女の頭上のストレージメーターの赤い液体がほぼ全部消えた。
「あなたから私への『永遠の愛』を買いました。」
なんだって!
・・・俺のストレージメーターは、満タンになっている。
「それを使って、あなたは私を愛すの。ずっと、いつまでもね。」
俺と向かい合ってパイプ椅子に座る、謎の修道服姿の美女が口を開いた。
薄暗く、何もない部屋の中で、どこから射してくるのか、彼女にスポットライトがあたっている。
「それは好都合だ。ぜひ引き継いでもらおう。」
人生? 捨てたものじゃない。購入したばかりのジェット機の操縦を誤って墜落し、こんな場所に来てしまったが、俺には電気自動車とSNSとAIで稼いだ、巨万の富がある。
「わかりました。」
美人シスターは椅子から立ち上がり、深呼吸すると・・・
「いぇーい! 愛し合ってるかい?」
と叫び、阿波踊りのようなダンスを始めた。
ひとしきり踊ると、最後におれの眉間の間をデコピンした。
「いてえ!何しやがる!」
と文句を言う間もなく、
「ジャンケンポン! あっち向いて―、ホイ。」
シスターは、俺の顔に人差し指を向け、それをクィっと上げる。釣られて上を向く。
「なんだこれ?」
俺の頭上に、ハート形の輪郭の、風船のようなものが浮いている。
「それは、あなたの、『愛のストレージ・メーター』です。」
・・・メーターといっても、その風船の中には何も入っていないようだが。
「そうですね。空っぽです。」
「どういうことだ?」
俺は声を荒げた。
「引き継げる財産とは、『愛』のことです。あなたには、かけらも残ってませんでした。」
「何かの間違いだ! もう一回やり直してくれ。」
どこから聞こえてくるのか、「次の方がお待ちでーす」というアナウンスが入った。
「申し訳ありませんが、後がつかえているのでここで失礼。」
そう言うと、シスターは、彼女の足元のレバーをえいっと引いいた。
「グッドラック。いい第二の人生を!」
俺の足元の床がぽっかりと開き、俺は暗闇の中を転落していった。
尻に激痛を覚え、目を覚ました。
腰をさすりながら上体を起こすと、大勢が俺を取り囲んでいる。
「大丈夫? 怪我はない?」
老婆が心配そうに俺に声をかける。
立ち上がり、手で頭から足元を点検する。大したことはなさそうだ。
寄って来る老婆を手で制し、歩き始める。群衆は道を開ける。
煉瓦づくりの地面に、時計塔やヨーロッパ中世風の石造りの建物。どうやら、異世界に転生したらしい。
道行く人の頭上には、俺と同じようにハート形の風船が浮かんでいる。どれも7・8割以上赤い液体のようなものに満たされている。
俺は、このわけのわからん異世界生活をゼロから始めなければならないようだ。
「愛」とやらの財産をどうやって増やす? 何に使える? だいたいこの町の連中は、あんなに「愛」を持っているのに、服装も質素で、周りの建物も金のかかった造りじゃない。
ただ、連中は皆にこやかで、老夫婦が仲良く手をつないで歩き、ベンチに座った若い男女がハグして見つめ合ったりしている。
途方に暮れた俺は町を出た。一本道をひたすら歩いた。
人々の姿や家並みは、いつしかまばらになり、目の前は草原が広がっている。
はるか、道のかなたに人影が見える。かなりのスピードでこちらに接近してくる。
やがてその人影が、電動キックボード(⁈)に乗っている若い女性だと認められた。
女は、俺の3メートルほど手前でキックボードを降りた。
「おひさしぶりね。」
俺はこの女を知っている。あっちの世界で、つきあっていた女どもの一人だ。
彼女の「愛のストレージメーター」は、ほぼ満杯に満たされている。
「何でこんなところにいるんだ?」
「さあ、何ででしょうね。自分でもよくわからないわ。」
女は、俺の頭上をちらっと見上げ、フッと笑った。
俺は、頭上を指さし、女に聞いた。
「なあ、一体これは何なんだ? これを貯めて何に使えるんだ?」
「それでね、あらゆる愛を買えるの。」
「あらゆる愛?」
「そう。夫婦愛、兄弟愛、師弟愛、同性愛、愛娘、愛犬、敬愛、慈愛、純愛、博愛、愛嬌、それに愛人、愛欲なんかもね。」
「どうやったら増やせる?」
「簡単よ。愛すればいいのよ。」
彼女は口元に指をあて、ニヤリと笑った。
「でも。あなたには、それができるかしら?」
俺はあっちの世界では、誰も愛せなかったらしい。その証左がこのストレージメーターだ。
「じゃあ、私が手助けしてあげる。」
そういうと彼女は目をつぶり、下を向いた。何やら呪文のようなものを唱える。
すると。
彼女の頭上のストレージメーターの赤い液体がほぼ全部消えた。
「あなたから私への『永遠の愛』を買いました。」
なんだって!
・・・俺のストレージメーターは、満タンになっている。
「それを使って、あなたは私を愛すの。ずっと、いつまでもね。」