マイナス×マイナスはプラス

文字数 1,404文字

「ねえ・・・私たち、別れた方がいいと思うの。お互いのために。」
彼女はアイスフラペチーノを美味しそうに啜って、そう言った。
珍しくスタバに彼女の方から誘ってくれたと思ったら、そういうことか。

「お互いのためって、どういうこと?」
僕は、ガムシロ無しのアイスコーヒーをストローで吸いこみ、その苦さを味わいながら聞く。

「そうね・・・あとあと考えたら、その方がお互いに幸せだった。ていうことかな。」
意識が高い系でロジカルシンキングな僕は、そんなことじゃ、ハラ落ちしない。
スタバのカウンターに戻って紙ナプキンを一枚もらう。
それにボールペンで書きこむ。

二人は別れる。そして、
① 君は幸せになり、僕は君を失って不幸せになる。
② 君は幸せになり、僕は君と別れたことにより、幸せになる。
③ 君は不幸せになり、僕は君と別れたことにより、幸せになる。
④ 君は不幸せになり、ボクも不幸せになる。

 僕は紙ナプキンをくるりと回し、彼女に見せる。
「ミッシーに書いてみたけど、君はどれをイメージしているのかな?」
「何、ミッシーって? かわいいうさぎちゃん?」
「・・・それは、ミッ〇ィ―・・・どれかに当てはまるんじゃない?ってこと。」

沈思黙考。

しばらく間が開いて彼女が答える。
「もちろん②を考えていたわ。」
「そうかい。でも、君と別れたことにより、僕が幸せになってるって、どういう気持ち?」
「うーん、そう言われれば、正直ちょっとモヤっとするわ。・・・私と別れたくせに、なんであんたそんな幸せそうにしてるの、って。」
「そうだろ。」
「そうねえ・・・私から別れ話を切り出したんだから、本当は①なんだろうね・・・悪いけど。」
「確かにそうなんだけど、自分だけ幸せになって、僕が不幸になっている状況ってどう思う?」
「難しいところね・・・女ってだいたい、別れた男のことはすぐ忘れちゃって、そいつがどんなになってても知らない・・・って思いがちだけど、確かに私はそこまで割り切れない。」
 僕は全世界の女性を敵に回した歴史的瞬間に立ち会ったような気がするが、気を取り直して話を進める。
「・・・まあ、そこが君のいいところだよね・・・③はどう思う?」
「え、あなたが幸せになって、私がみじめな思いするの? そんなの、絶対ありえない。」

「じゃあ、④は?」
「・・・これって最悪じゃない? お互い不幸になるなんて?」
「そうかな? じゃあ試してみようか?」

別れ話を切り出した彼女がアイスコーヒー代を小銭で僕に出してくれ、僕らは一旦恋人関係を解消した。

一週間後。
彼女からラインのメッセージが入る。
再び僕をスタバに誘った。

「ねえ・・・私と別れてどう思った?」
「君の心が離れてしまったと考えると辛かったし、僕の隣りに君がいないと考えると、すごく寂しかった。」
「・・・そう。実は私もそんな風に思ったの。」

僕はアイスコーヒーを啜りながら、彼女の言葉を待った。今日はそんなに苦さを感じない。
「やっぱり私たち、別れない方がいいと思うの。お互いのために。」

何とか、危機を切り抜けた。
僕は、彼女のアイスフラペチーノの代金を小銭で渡し、スタバを後にした。

追いついた彼女は僕の腕をとると、顔を見上げて問うてきた。
「ねえ、私たち、こないだ何の話をしてたんだっけ?」

「さあ、なんだろうね。」
彼女が何で僕と別れたいと思ったのか、未だに謎だが、問い質すのはヤブヘビだ。

恋愛って、つくづくロジカルじゃないな、と思う。
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