かれーなる転身

文字数 2,481文字

「カメラ、スタンバイ、オーケー!」
「じゃあ、本番いきましょうか。」

 私は、新国王の侍従長を勤めております、ウォルターと申します。
 父君が退位され、ご長男のアンドレア様が間もなく即位されます。
 即位式は、絶好の機会ということで、アンドレア坊ちゃまの婚約者、すなわち姫君を発表しようと、宮内および政府の協議で決まった次第でございます。

 残念ながら、アンドレア坊ちゃまには、許嫁も仲の良い女性のご学友もおりませんでした。
 そこで、お妃選びのオーディションが始まったという次第でございます。

 いくつもの厳しい課題を出し、政府高官の審査と国民投票でナンバーワンの評価を得た女性こそが女王の座に就くにふさわしい、と選出方法が宮内会議で決定されました。
 国営のテレビ局も入り、こうして王国全体が注目するオーディション番組が始まったのででございます。

 エントリーしたのは、良家のご令嬢から、学業や芸術に長けている才女まで。その方々が、歌唱力、ダンス、演技、ファッションモデル、スピーチなどを競い合い、ネット中継の元、まさに国民総選挙が執り行われることに、あいなったのです。

 このオーディションの残酷なところは、途中棄権ができないこと。どんなに評価スコアが低くても、最終決戦までこのオーディションに参加しなくてはいけません。早々と予選敗退が決まった女性には大変な苦痛を伴うことになるでしょう。

 そして、その屈辱をすべて一身に集めて女王位争奪オーディションに参加されているのが、アネット様でした。
 彼女は、特にこれといった才覚をお持ちの方ではありません。器量は、その人その人のお好みもあるでしょうが、アネット様への評価は、かなり厳しいものでした。
 初戦のときから、彼女自身も、いやいやオーディションに参加していることは、この私めでも、ヒシヒシと感じられます。ではなぜアネット様は、この過酷なオーディションに参加されたのでしょうか?
 彼女の一族は、凋落の一途を辿っており、貴族としての家柄は間もなくお取り潰しになろうしています。その起死回生の一手として、当主様が自分の娘をこのイベントに参加することを無理強いしたのでございます。

 アネット様は、その重責を担いながらも、気丈にふるまわれております。
 ある日、アンドレア坊ちゃまが非常に大事にされている子犬が迷子になってしまった時も、オーディションの開始時間に遅れることを恐れず、懸命に探して、坊ちゃまの元に連れ帰ってきたのであります。

 そしていよいよ、最終選考の当日となりました。   
 王国最大のイベント広場に報道陣と沢山の国民が集まり、またはネットやテレビの画面からお妃の誕生を見守っております。
 ステージ上には、この争奪戦にノミネートした全ての女性が上がっており、その中に、俯き加減のアネット様の姿もお見受けできます。

 最終審査種目のダンスが始まろうとしたその時。

 アンドレア坊ちゃまは、ステージに駆け上がり、なんとアネット様を文字通り『お姫様抱っこ』して、その場から連れ去ってしまったのでございます!

 坊ちゃまは、私の側を通り過ぎる際、こう仰いました。
「ねえ、爺や。僕は王位よりも、この子と一緒に暮らしていくことを選ぶ。お父様からの継承は、弟に譲るから、上手く取り計らってくれる?」

「坊ちゃま、なんと身勝手なことを!」
 私は、言葉のうえでは、坊ちゃまの蛮行を思いとどまらせようとしていましたが、本心は違います。

 坊ちゃまは続けて仰います。
「爺や、僕から最初で最後のワガママを聞いてくれる? この国の外れに、小さなお店を出したいんだ。それだけ用意してくれれば、後は僕たちだけで何とかやっていく。」
 そのお言葉を聞いたアネットお嬢様は、坊ちゃまに抱きかかえられたまま、両手で顔を覆って、涙を流しておられました。

「それから、お店の名前は自由につけさせて欲しいと父上に頼んでおいてくれ。」
「あと、もうひとつ。アネットの家に関して、便宜をはかってもらえるよう、父上にお願いしてくれる?」
 アンドレア坊っちゃまが、こんなにワガママを仰られたのは、初めての事です。
「坊ちゃま、その願い、しかと受け止めました。わが身がどうなろうとも、必ずや実現してみせますぞ。」
 小さいころから私めに信頼を寄せてくださった坊ちゃまのために、私はできる限りの手を尽くしました。

 そして、三年後。
 王位はアンドレア坊ちゃまの弟君に継承され、この国をいい方向に導いてくださっています。

 一方、坊ちゃまはどうかというと。

「いらっしゃいませ。」
 お店の女将を勤めるアネット様は、愛犬とともに私を温かく迎え入れてくれます。

 ここは、街はずれの小さなレストラン。
 幼少の頃から世界各国のスパイスやハーブを研究されていた坊ちゃまが始めたお店の名前は、

『カレーの王様』。
 新旧の国王は、この名前を使うことを二つ返事で快諾されましたが、ニッポンという極東の国で許可を取るのに少しばかり苦労しました。

 そのカレー専門店は、味と行き届いたサービスで評判となり、繁盛し、常連客が沢山できました。私めもそのひとりでございます。

「ねえ、爺や、じゃなくてウォルターさん、新しいメニューを開発したんだけど、試食してもらっていいかな?」
「坊ちゃま、私めのことは、遠慮なさらず、ずっと爺やとお呼びください・・・では、お言葉に甘えて試食させていただきます。」

 ほどなくしてアネットお嬢様がテーブルまで運んでくれたカレーは、辛さが抑えられていて、上品な甘味の優しいカレーライスでした。
 私が、感想をそのまま述べると、ご夫婦はカウンターに並んで微笑まれております。

 アンドレア坊ちゃまは仰います。
「小っちゃな子供でも食べられるようなカレーをつくりたかったんだ。この子にも早く食べてもらいたいから。」
坊ちゃまは、アネットお嬢様の少し膨らんだお腹を優しく撫でました。

「新メニューの名前はね、『カレーの王子様』にしようと思うんだ。」

 これはまた!
 私めが再度、ニッポンとやらに行って、交渉せねば、なりますまい。
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