魔女っ娘いぶの ひるドキ!らいぶ
文字数 2,537文字
「うん、提案書の構成、よくなったわ。手塚君、飲み込み早いね。」
指宿先輩が人差し指でシルバーフレームの眼鏡の位置を直しながら、ボクを労ってくれた。
「ありがとうございます。センパイのご指導の賜物です。」
「そういうの、いいから・・・あ、続きはお昼休みの後でね。」
先輩は、ノートパソコンをパタンと畳み、デスクを離れる。そういえば、入社早々、この部署に配属された初日に先輩にランチをごちそうになったが、それ以来一緒に昼ご飯を食べたことがない。
正午ピッタリに仕事を終えて、何やら大きな荷物をロッカーから取り出すと、いつもどこかに消えてしまう。
以前、オフィスを出る所をすれ違い、「それ、何ですか?」と聞いたことがあるが、「ヨガ、ヨガ。」と言って、先輩は颯爽とエレベーターに乗り込んだ。やっぱりできる人は、昼休みも鍛えているだなと感心した。
昼になると、ボクはボクで、同期のランチの誘いを断り、オフィスを離れる。毎日この時間、人に言えない楽しみがある。ボクは、いわゆる『弁当男子』で、一人暮らしの部屋の冷蔵庫にあるものを使って弁当をこしらえる。『食材×弁当』でネットで検索すると、結構色々なレシピが紹介されていて、その通りに作ると結構いけるし楽しい。でも、オフィスで弁当を広げると、周りに人が寄ってきて、自分で作ったの?とか本当は彼女いるんでしょとか話しかけてくるのでゆっくり食べられない。だから昼はいつも『ボッチめし』だ。
もう一つ、人に言えないお昼時の楽しみがある。ボクには推しのVTuberがいる。『いぶ』という名の魔女っ娘アバターのライバーだ。彼女は『魔女っ娘いぶの、ひるドキ!らいぶ』というタイトルで、平日の昼時に三十分ほど、ランチ自慢+おしゃべり+オリジナルソング一曲歌唱、というライブ番組をやっている。3Dのアバターは『中の人』のオリジナルデザインだそうで、無茶苦茶可愛い。設定としては、魔法学校で落ちこぼれて人間世界にやってきたそうだ。ミニキーボードを弾きながら披露するオリジナルソングは曲数も多く、いずれも心癒される優しい歌詞とメロディーだ。『次も来てくれないと、使い魔にしちゃうぞ!』という彼女の決まり文句に、『使い魔にして―!』『何でも言うこと聞いちゃう!』という僕らのリアクションでライブが終わる。
こんなボクの昼の居場所は、会社のほど近くにあるカラオケボックスだ。飲み物を頼めば、食べ物持ち込み可なので、弁当もライブも誰にも邪魔されずに堪能できる。
しかし、その日は、弁当が無かった。珍しく朝寝坊して慌てて出勤したためだ。ボクは一人用のカラオケルームに入るとランチメニューを覗き込んだ。ライブが始まる前に注文しておきたい。ハンバーグにラーメン、カレーライスはもちろん、魚と野菜の黒酢あんかけ、結構豊富なメニューだ。ボクはウーロン茶とランチ・チャーハンを頼んだ。
自前のノートパソコンを立ち上げ、ライブの待機場所をクリックする。ほどなく、待機画面からオープニング画面に変わった。
「おひるドキドキ、ランランラーンチ!」という謎の呪文が唱えられ、魔女っ娘いぶちゃんが画面に登場。笑顔で手を振る。入室者数は約500人。早くも何人から投げ銭が贈られ、ボクも負けじと300円プレゼントする。
「みんな、お昼食べてるー? あ、そう早飯しちゃった?まだ仕事中!お疲れさま。」
いぶちゃんがチャットに丁寧にリアクションする。
「いぶはねー、いつもこのコーナーでお弁当自慢してるんだけどー、今日はねー、お寝坊しちゃったから、使い魔さんに作ってもらってるのー。」
ボクの部屋のドアがノックされ、お店のスタッフが、チャーハンとウーロン茶を置いていった。
配膳用のワゴンの上には、チャーハンがもう一つと、オレンジジュースが載っていた。
「あ、使い魔さん、お料理持ってきてくれた。みんな、ちょっと待っててね♥」
三十秒ほど画面から消えていたイブちゃんが戻って手を振る。
「今日のお昼ご飯、お披露目たいーむ!」
そういって大げさジェスチャーをすると、効果音のとともにランチの写真がフレームインしてきた。
「んん⁉」
ボクは、その画面と自分の目の前にある料理を交互に見比べた。
おんなじチャーハンじゃん⁉
一瞬、こんな偶然もあるものかと驚いたが、さっきスタッフの人がチャーハンを届けてくれた時、ワゴンに載っていた『もう一つのチャーハン』のことを思いだした。これは、単なる偶然ではなさそうだ。
ボクは、ノートPCを持ったまま部屋を出て、廊下に並ぶドアの小窓を覗いて回った。
ボクが借りている部屋の三つ隣の部屋を覗いたところ。
女性らしき後ろ姿が、卓上マイクスタンドに向かって何やら話している。脇のテーブルにはパソコンと・・・チャーハン。
何かを感じたのか、女性がドアの方を振り返る。ボクは慌てて顔をひっこめた。
一瞬だったが、その女性の顔が確認できた。
・・・間違いない、指宿先輩だ。
慌てて自分の部屋に戻りながら、混乱する頭の中を整理する。
魔女っ娘いぶちゃんの中の人は、指宿(いぶすき)先輩だった⁉ 少し少女っぽいトーンだが、先輩と声の質が似ているなと今さらながら気づかされた。
その後、ノートパソコンのライブ画面を見る限り、指宿先輩いや、いぶちゃんは何事もなかったかのように参加者たちとおしゃべりし、ミニキーボードの伴奏でオリジナルソングを歌いあげ、ライブはおしまいとなった。
ボクは呆然としながらも、午後の仕事を思い出し、そそくさと室内を片付けて、ドアに手をかけた。
カラオケルームのドアを開けると、そこには大きな荷物を抱えた、指宿先輩の姿があった。銀縁メガネがキラリと光る。そして口を尖がらせながらこう言った。
「手塚君・・・このこと、内緒にしてくれないと、使い魔にしちゃうぞお!」
もちろん内緒にしたが、その後ボクは使い魔を買って出て、ライブのお手伝いをしたり、お弁当を先輩と交換してランチタイムをともに過ごした。そして先輩は、ボクのキャラクターをデザインしてくれ、ライブのマスコットとして、使い魔姿で登場するようになった。
『魔女っ娘いぶ(と使い魔)の、ひるドキ!らいぶ』 はまだまだ続く。
指宿先輩が人差し指でシルバーフレームの眼鏡の位置を直しながら、ボクを労ってくれた。
「ありがとうございます。センパイのご指導の賜物です。」
「そういうの、いいから・・・あ、続きはお昼休みの後でね。」
先輩は、ノートパソコンをパタンと畳み、デスクを離れる。そういえば、入社早々、この部署に配属された初日に先輩にランチをごちそうになったが、それ以来一緒に昼ご飯を食べたことがない。
正午ピッタリに仕事を終えて、何やら大きな荷物をロッカーから取り出すと、いつもどこかに消えてしまう。
以前、オフィスを出る所をすれ違い、「それ、何ですか?」と聞いたことがあるが、「ヨガ、ヨガ。」と言って、先輩は颯爽とエレベーターに乗り込んだ。やっぱりできる人は、昼休みも鍛えているだなと感心した。
昼になると、ボクはボクで、同期のランチの誘いを断り、オフィスを離れる。毎日この時間、人に言えない楽しみがある。ボクは、いわゆる『弁当男子』で、一人暮らしの部屋の冷蔵庫にあるものを使って弁当をこしらえる。『食材×弁当』でネットで検索すると、結構色々なレシピが紹介されていて、その通りに作ると結構いけるし楽しい。でも、オフィスで弁当を広げると、周りに人が寄ってきて、自分で作ったの?とか本当は彼女いるんでしょとか話しかけてくるのでゆっくり食べられない。だから昼はいつも『ボッチめし』だ。
もう一つ、人に言えないお昼時の楽しみがある。ボクには推しのVTuberがいる。『いぶ』という名の魔女っ娘アバターのライバーだ。彼女は『魔女っ娘いぶの、ひるドキ!らいぶ』というタイトルで、平日の昼時に三十分ほど、ランチ自慢+おしゃべり+オリジナルソング一曲歌唱、というライブ番組をやっている。3Dのアバターは『中の人』のオリジナルデザインだそうで、無茶苦茶可愛い。設定としては、魔法学校で落ちこぼれて人間世界にやってきたそうだ。ミニキーボードを弾きながら披露するオリジナルソングは曲数も多く、いずれも心癒される優しい歌詞とメロディーだ。『次も来てくれないと、使い魔にしちゃうぞ!』という彼女の決まり文句に、『使い魔にして―!』『何でも言うこと聞いちゃう!』という僕らのリアクションでライブが終わる。
こんなボクの昼の居場所は、会社のほど近くにあるカラオケボックスだ。飲み物を頼めば、食べ物持ち込み可なので、弁当もライブも誰にも邪魔されずに堪能できる。
しかし、その日は、弁当が無かった。珍しく朝寝坊して慌てて出勤したためだ。ボクは一人用のカラオケルームに入るとランチメニューを覗き込んだ。ライブが始まる前に注文しておきたい。ハンバーグにラーメン、カレーライスはもちろん、魚と野菜の黒酢あんかけ、結構豊富なメニューだ。ボクはウーロン茶とランチ・チャーハンを頼んだ。
自前のノートパソコンを立ち上げ、ライブの待機場所をクリックする。ほどなく、待機画面からオープニング画面に変わった。
「おひるドキドキ、ランランラーンチ!」という謎の呪文が唱えられ、魔女っ娘いぶちゃんが画面に登場。笑顔で手を振る。入室者数は約500人。早くも何人から投げ銭が贈られ、ボクも負けじと300円プレゼントする。
「みんな、お昼食べてるー? あ、そう早飯しちゃった?まだ仕事中!お疲れさま。」
いぶちゃんがチャットに丁寧にリアクションする。
「いぶはねー、いつもこのコーナーでお弁当自慢してるんだけどー、今日はねー、お寝坊しちゃったから、使い魔さんに作ってもらってるのー。」
ボクの部屋のドアがノックされ、お店のスタッフが、チャーハンとウーロン茶を置いていった。
配膳用のワゴンの上には、チャーハンがもう一つと、オレンジジュースが載っていた。
「あ、使い魔さん、お料理持ってきてくれた。みんな、ちょっと待っててね♥」
三十秒ほど画面から消えていたイブちゃんが戻って手を振る。
「今日のお昼ご飯、お披露目たいーむ!」
そういって大げさジェスチャーをすると、効果音のとともにランチの写真がフレームインしてきた。
「んん⁉」
ボクは、その画面と自分の目の前にある料理を交互に見比べた。
おんなじチャーハンじゃん⁉
一瞬、こんな偶然もあるものかと驚いたが、さっきスタッフの人がチャーハンを届けてくれた時、ワゴンに載っていた『もう一つのチャーハン』のことを思いだした。これは、単なる偶然ではなさそうだ。
ボクは、ノートPCを持ったまま部屋を出て、廊下に並ぶドアの小窓を覗いて回った。
ボクが借りている部屋の三つ隣の部屋を覗いたところ。
女性らしき後ろ姿が、卓上マイクスタンドに向かって何やら話している。脇のテーブルにはパソコンと・・・チャーハン。
何かを感じたのか、女性がドアの方を振り返る。ボクは慌てて顔をひっこめた。
一瞬だったが、その女性の顔が確認できた。
・・・間違いない、指宿先輩だ。
慌てて自分の部屋に戻りながら、混乱する頭の中を整理する。
魔女っ娘いぶちゃんの中の人は、指宿(いぶすき)先輩だった⁉ 少し少女っぽいトーンだが、先輩と声の質が似ているなと今さらながら気づかされた。
その後、ノートパソコンのライブ画面を見る限り、指宿先輩いや、いぶちゃんは何事もなかったかのように参加者たちとおしゃべりし、ミニキーボードの伴奏でオリジナルソングを歌いあげ、ライブはおしまいとなった。
ボクは呆然としながらも、午後の仕事を思い出し、そそくさと室内を片付けて、ドアに手をかけた。
カラオケルームのドアを開けると、そこには大きな荷物を抱えた、指宿先輩の姿があった。銀縁メガネがキラリと光る。そして口を尖がらせながらこう言った。
「手塚君・・・このこと、内緒にしてくれないと、使い魔にしちゃうぞお!」
もちろん内緒にしたが、その後ボクは使い魔を買って出て、ライブのお手伝いをしたり、お弁当を先輩と交換してランチタイムをともに過ごした。そして先輩は、ボクのキャラクターをデザインしてくれ、ライブのマスコットとして、使い魔姿で登場するようになった。
『魔女っ娘いぶ(と使い魔)の、ひるドキ!らいぶ』 はまだまだ続く。