ラベンダー畑で

文字数 1,374文字

この国では、政情が不安定になり、多少政治に関わっている王室の周辺も不穏な動きが起きている。
民間の警備会社に勤める私に回ってきた役回りは、第二皇女の身辺警備。かっこよく言えば、『ザ、ガードマン』だ。
彼女、スターシャ姫はとても活動的な方で、公務でもプライベートでも、どんどん社会、民衆の中に飛び込んでいく。
「警護なんて要らないから。」
と言って、何度も撒かれそうになったことがあり、その度に私は社の上層部から大目玉を食らった。

そんな気さくな性格の持ち主だったので、私にもフランクに話しかけてくださり、なんと誕生日にはラベンダーの花束をプレゼントしてくれた。

大学では情報処理、ネットワークコンピューティングを学ばれ、最近ではメタバースとやらのご研究に熱心らしい。
そんな仮想空間で撒かれたら、機械オンチの私にはお手上げだ。

お姫様が名誉理事を務めるメタバースの国際大会がわが国で開催された。

この技術の争奪戦が世界各国で起きていて、大会の開催に当たっては官民合同での厳重な警備体制がひかれた。

どんなにチェックしても、シミュレーションしても、必ずどこかに警備の穴ができてかしまう。

今回は、スターシャ姫が自ら運転する車が会場の大学に入る寸前に、どこから入ってきたのか、小さい子が運転する自転車が突っ込んできて追突、その子に怪我はないかと彼女が慌ててドアを開けて車を降りようとした瞬間だった。

遠くの建物の屋上でチカリと何かが光った。ライフル銃のスコープだ。
私は姫に走り寄るスピードを最大限に上げ、彼女を押し倒した。

私は今、国営の病院のベッドの上にいる。
既に、あれから6ヶ月経っている。
私の体は二発の弾丸を浴び、右肩より先が吹き飛び、顔の一部も損傷した。
手術とリハビリと再手術が繰り返され、これから整形や義手をするかどうか検討していく。

その間、何度もスターシャ姫から面会の申し入れがあった。
私はそれを頑なに拒んだ。

彼女とは、二度と会いたくない。

貴女の責任ではなく、これが私の仕事なんだから気にしないで欲しいとか、そんな格好いい理由ではない。

こんな姿を彼女に見られたくない。
ましてや同情なんかされたくない。
そんな身勝手なエゴがそうさせている。

そういう自分がつくづく嫌になる。

私は彼女に、警護対象以上の感情を持っていた、いや持っているのだろうか。

真夜中、病室の照明はもちろん、廊下の照明も暗めに落とされている。

カチャリとドアが開く音がし、何者かがそっと近づいてくる。
私は警備のプロだが、そうでなくてもこのくらいの気配なら、少し敏感な人間なら誰でも気づくだろう。
私の命が狙われる訳もないし、よしんば狙われたとしても。

フワリと懐かしいラベンダーの香りがした。
そして、私の顔にゴーグルのようなものが被せられた。

そこに映像が映る。
一面、薄紫のラベンダー畑。

そこを、少女が歩いて近づいてくる。
私の真正面、五十センチくらいの距離で向き合う。亜麻色の髪が風になびいている。

「ここなら、会ってくれるかなって思って。」
お姫様は視線を下げて、ささやいた。

僕も釣られて下を向くと、両手両腕が視界に入った。

彼女は目線を上げる。

「まず・・・あなたには、お礼を言いたかったの。」
そう言って淋しそうな笑みを浮かべる。

長い睫毛が上がり、大きなマリンブルーの瞳には、以前と変わらない僕の顔が映し出されていた。
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