同じ夜空に 手を伸ばす

文字数 739文字

♯1940、海

「今度、海水浴に行きませんか?」
幼なじみの泰介さんが誘ってくれた。
ポンコツだが車を出すと言う。

「は、恥ずかしいです。」
「大丈夫。みんな水着姿ですから。」
私は、一大決心し、女学校の友達、房子につきあってもらって、水着を購入した。

海水浴場まで、彼の自動車がエンストして、到着するまですごく時間がかかったけど、道中楽しかった。一緒に飲んだ水筒の麦茶が美味しかった。

房子の嘘つき。
みんな、こういう水着着てるよって言ってたけど、私のが一番、露出も色も派手だった。
彼は浜茶屋で浮き輪を借りて、私の体を隠してくれた。

♯1944、夕焼け

かつて、一緒に行った海水浴場の砂浜に座り、二人で夕陽を眺める。

「夏の終わりの海水浴場ってなんだか寂しいですね。世の中、こんなだから人もいないし。茶屋も板が貼ってあって・・・海猫の声だけが賑やかだ。」

彼は、独り言のようにそう呟き、秋から戦地に赴くことを私に伝えた。
「おめでとうございます・・・お国のために、せいぜい立派にお務め下さい・・・ご武運を。」

我慢したが、涙か止まらなかった。
彼は、嘘の言葉と、真実の涙をわかってくれたろうか。

♯1948、花火大会

鎌倉の浜で、今年から花火が打ち上がる。
少し遠かったけど、家族に付き添われてやって来た。

海水浴に行き、そして、二人で夕陽を眺めた場所。
懐かしい砂浜で夜空を見上げる。

ドーン。
パリパリ。

その音は、防空壕の夜を思い出させ、怖かったが、暗闇の中、煙を纏った光の粒々は、静かで美しかった。

私が抱いた幼な子が、その光に手を伸ばす。
「お父ちゃんも見てくれてるといいね。」我が子の小さな頭に頬を寄せる。

慰霊、鎮魂の思いを込めた最後の花火は、まるで一輪挿しの白菊の花のようだった。

遅れて、ぽん、と小さな音が届いた。

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