二度あることは 三度目の正直

文字数 2,140文字

一度目。

雪がしんしんと降る夜道。
私は軽自動車で、彼の家に向かう。
時はまさに、クリスマスイブ。

でも、二人でイブを過ごすわけではない。
私は、別れを告げられに行くのだ。

車を停め、アパートの階段を上がり、ドアチャイムを鳴らす。

「はーい、どうぞ。」
リースが架けられたドアを開けて招き入れた人物は、彼じゃない。私の知っている女性。もっと言えば、私の元、友人の冬実。

彼も顔を出し、居間のソファーを勧める。そこは、私がかつて座り慣れた場所だ。
ソファーの横には背の低いクリスマスツリーが飾られている、

冬実が、ローテーブルに三人分の紅茶を並べる。プチケーキもつけてくれた。

まずは世間話をする。
そしてひとしきり会話が終わり、彼は紅茶をぐいと飲み、本題を切り出す。

冬美とどうやって知り合い、どうしてこうなったか。

そんなの、知ってる。冬美はいい子だから、包み隠さず話してくれていた。
彼も薄々それに気づいていたようだが、私に自分の口から伝えたかったようだ。
彼なりのけじめのつけ方なのだろう。
それは評価する。でも、またなんでよりによって、クリスマスイブ?

一通りの話が終わり、私は二人に挨拶し、アパートを出た。
二人が見送るなか、軽のエンジンをかけ、雪道を走り出した。

動揺していたのだろうか。私は雪道にハンドルをとられ、新雪が積もる道路脇の畑に脱輪した。
JAFに連絡したが、この大雪であちこちから救援の依頼があり、来られるのは明け方遅くだと言う。

「ハル、泊まってけば?」
友人の冬美が誘う。いいでしょ?と彼に目線で許可をとりながら。

私は彼の家に逆戻りし、さっき座っていたソファーを寝床代わりにさせてもらった。寝るのに必要な物は、冬美が貸してくれた。

クリスマスツリーの横で、私は朝まで熟睡した。
トースト、ハムエッグなどの朝食をいただき、JAFに電話して車を引っ張り上げてもらって、帰路についた。

二度目。

寝過ごした。

目を覚ますと、終点の駅。
上り電車はもうない。
駅前にタクシーが来る気配もない。

仕方がない。
私はスマホを取り出す。

「もしもし?」
「もしもし、私、ハルだけど。」
「・・・久しぶり。」
「元気してた? 実はね・・・終電で寝過ごしちゃってね。」
「お前、そういうところ変わんないな。」

「そうね。・・・だから、泊めてくれない? あ、他意はないから。」

彼は、いや元彼は、私の利用する私鉄の終点駅のそばに住んでいる。彼との付き合いも、私の寝過ごしから始まった。

「・・・悪い、今日夏実が泊まりに来ていて・・・」
なんと間が悪い。もったいないけどタクシーを呼ぼうかと考えていたところ、『泊めてあげたら』、と受話器の向こうから夏実の声が聞こえた。

夏実は、私の元、友人。

「あのさ・・・ハルがよければ、泊まってけばって、夏実が言ってる。」
「いいのかな。・・・あんたは、随分残念そうな声してるけど。」
「いやいやいや。夏実にとってもハルはさ、親友だし。」

結局、私は一晩お世話になることにした。

私が恋をする。恋をすると、親友にとられてしまう。
友達は、みんないい子だから、しょうがないとも思う。
しょうがないと思いながらも、彼女らには勝てない、性格も容姿も劣るというコンプレックスに苛まれる。

三度目。

しばらく恋することを忘れたい。私は勉強と研究に没頭した。

そして、JAXA・宇宙航空研究開発機構が募集する宇宙飛行士の試験に応募した。
ここなら、恋なぞ関係ない世界、いや宇宙に身を置くことができる。
私は、見事多数の応募者による競争に勝ち抜き、宇宙飛行士に選ばれた。

ただし、ここで誤算があった。
厳しい訓練の最中、宇宙日飛行士の男性と恋に落ちた。
そして、またもや、宇宙飛行士仲間の千秋に彼をとられてしまう。
二人は、訓練期間中に結婚した。

二度あることは、三度ある。
私はつくづくどうかしていると、思う。

最初のミッションが決まった。
カップルの宇宙飛行士を火星に送り届け、二人が生活できる環境を整え、帰還すること。
『日本製火星移住計画』の一環で、夫婦を被験者として、地球から遠く離れた異質な環境のなかで男女が円満に暮らすための実証実験だ。
『ある夫婦』とは、私の元彼と千秋だ。JAXAにとって、二人の結婚は都合がよかった。

サポーター役として二人を無事に火星に送り届け、火星有人基地を整備したあと、私は一人乗りの帰還船で地球への帰路に就いた。

しかし、ここで異変が起きる。帰還船の推進装置のトラブルにより、地球に戻る軌道に乗れず、このままでは無事に帰れない。
管制センターとのやりとりの末、私は火星に戻り、救援チームが迎えに来るまで元彼夫婦と一緒に生活することになった。

私は、元彼の宇宙飛行士に無線で連絡する。
「もしもし。」
「もしもし、ハルか。大変なことになったな。」
「お邪魔でしょうけど・・・お邪魔するわ。」
「こればっかりは、しょうがないな。なあ、千秋。」
そうね、と受話器の向こうで千秋の声が聞こえた。

彼は知らない。

地球から火星への長旅の中で、私と千秋は恋をした。
意図したわけではないが、「私と、二人の恋人」との生活が始まることになる。

JAXAは、プロジェクトの目的を変更した。
地球から遠く離れた異質な環境のなかで、三角関係はどのような経過を辿るのかを実証実験すること。
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