小宇宙の団地

文字数 1,501文字

「ここ、入ってもいいのかな?」
ドアをコンコンし、『高波研究室』と黒地に白文字のプレートが架かっている部屋を覗く。

「あれ、友美?」
達也は、私がここにいるのが意外なようだ。
おととい、研究室に遊びにきてもいいよって、言ってくれたくせに。

という不満そうな顔を見せたら、何かを思い出したようだ。
「中、覗いてみる?」

そう、おととい。
大学の通用門を出るときたまたま、ひさびさ、達也に会った。
私たちは幼稚園生からの幼なじみ。
小中高と同じ学校で学ぶ。しかも大学まで。

でも、高二に進級の時、既に私たちは決定的な分かれ道に差しかかっていた。
文系と、理系。
私はからっきし数学と物理化学はダメだった。小学校の先生を目指すくらいだから、問題ないよね。

確か、達也も理系科目は苦手だったはず。
ガキの頃は、テレビでやっていた二番煎じのお笑いのギャグと、スカートめくりだけがうまかったのに。
いつの間に変わったんだろう?

私はその狭い研究室を探検する。
と言っても、部屋の半分以上がスチール棚で占められ、そこには謎の実験道具がセットされているだけ。

「確か、達也の研究室は、宇宙物理学だよね?」
「うん、見ての通り。」
うーん、見てもわからない。

小宇宙が団地のように並んでいる。
「ありがとう。だいたい雰囲気わかった。」
正直、この部屋で何の研究をしているのか、全く読み取れなかったが、説明を聞いても多分わからないので、早々に退散することにした。

あ、そうだ、忘れてた。
私、ちょっと勇気を振り絞る。

「達也、今度の土曜、近くの海の花火大会があるんだけど、行かない?」
・・・子供のころみたいに。

「わかった。」
素っ気ない返事だった。
待ち合わせ場所と時間を決めて、宇宙団地の研究室を後にする。

花火大会当日。

待ち合わせ場所に先に来ていたのは、達也だった。
グリーンのポロシャツにコットンパンツ。
大学で見かける服装と変わらない。

それは十分予想した上で、私は浴衣を着てきた。
紺の地の色にトンボが飛び交う絵柄。

「いいなあ、それ。」
彼、目を細める。
私、多分顔赤い。

「最近、トンボが沢山飛んでるの、見かけないしね。」
「そういえば、そうかも。」
「友美の浴衣は、ビオトープだ。」

それ、褒めてるのか何なのか、わからない。でもいつになく嬉しそうなので、よしとする。

「あっ花火!」
ポンと小さな発射音が聞こえ、夜空に光と音が鳴り響く。

横を見ると、達也が小声で何か呟いている。
「リチウム、ナトリウム、・・・これはカリウムだな。カルシウムにストロンチウム、いい味だしてる。」
花火ってそうやって観るもん?
まあ、楽しそうだからいいけど。
その後、尺玉や百発の乱れ打ちなどが、夜空を焦がした。

花火大会はお開きとなり、見物人は、帰路につく。
街中のすべての住民が集まったんじゃないかってくらい、海から続く道は人、人、人で混乱している。

「あっ!」
慣れない下駄履きで足を滑らす。
すんでのところで達也が支えてくれた。

そのまま彼は、私と手を繋ぐ。
二人とも(多分)、少し照れながら、そして人混みに飲まれないようにしながら、そのまま歩く。

「エントロピー。」
「・・・ピー?」

初めて聞く言葉に戸惑う。
「それ、どう意味?」
「全て、混沌としてバラバラになる、宇宙の法則。」
「なんか、救いようのない法則ね。」

「うん。だから、その法則を超えて存在するものがあるのか知りたい。掴みたい。」
「それを大学で研究してるの?」

「確かにそうだけど、今、そう強く思った。」
彼はガラにもなく恥ずかしそうに呟いた。

私の受け止め方次第だ。彼が転んだ私を受け止めたように。

達也の手をぎゅっと握り、男性にしては細い彼の腕にもたれかかり、人の流れに従った。

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