宿根草

文字数 793文字

真っ赤な火の玉は、火花を散らすことなく、ぽとりと落ちた。

「こっちも早いんだね、コウスケ。」
冗談よと言って、君は小さくハハハと笑った。

彼女が手に持つ線香花火は、元気にパッパッと火花を散らしている。
少しむっとして、彼女の頭を軽く小突く。
「あ、ダメ、揺らさないで。」

赤い玉がぽとりと落ちた。
「ほら!もう・・・」
彼女はぷんと怒りながら、バケツに線香花火だったものを放り込む。

「さ、行こうか。」
「うん、体冷やすといけないしね。」

彼女は明日、再び病院に戻る。入院生活は長くなるだろう。
今夜は前倒しの「夏祭り浴衣デート」だ。
どうしても浴衣を着ておきたいと、せがまれたのだ。

「その浴衣の小さい花、可愛いね。」
社交辞令でなく、僕は褒める。

「ありがとう・・・これ、『雪笹』っていうお花。」
「なんか、線香花火みたいだね。」
「そう。それを狙って、今日これを着てきたの・・・なんてね!」

僕はバケツを持ち、彼女と手を繋ぐ。
彼女を揺すって、火の玉を落としてしまったことをちょっと後悔している。


あれから、一年。
フラワーショップの店先で、雪笹の実物を見た。

『宿根草の鉢植えシリーズ』というコーナーに、『ユキザサ』と書かれたプレートをつけて、その小鉢が並んでいた。
彼女の着ていた浴衣のそれよりも、白い花々は小さく儚く、しかし凛として咲いている。

僕はお店の人に話しかける。
「すみません、これ、育てるの、大変ですか?」
「水やりに少し気を遣いますが、丁寧に育てると毎年咲きますよ。」

茎に連なっている小さなつぼみが開き、白くて、か細い花びらが伸びていく。
購入してしばらく、僕はその線香花火を愉しんだ。

夏。
花穂が終わると、緑色の実がつき始めた。

秋。
その実は、鮮やかなルビー色になった。線香花火の赤い玉のように。

花屋さんに教えてもらった、雪笹の花言葉。

憂いを忘れる、穢れのない、美しい輝き。

僕は、その言葉と彼女の浴衣姿を重ね合わせた。

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