サキュバスの リリン

文字数 4,900文字

※ちょっとエッチな描写があります

仕事がうまくいって上司に褒められる私。
同僚と一緒にランチを食べて仲良く談笑する私。
久々に実家に帰って両親に温かく迎えられる私。
そして、仕事で知り合った男性とおつきあいしている私。

何もかもうまくいって、幸せそうな私。
でも、これは夢の中の私。

そう、現実はその逆。

仕事で大ミスをして叱られ続ける私。
同僚とソリが合わず、一人ランチの私。
喧嘩別れして家を出たため、実家に足を向けられない私。
つきあい始めた男性にゴミのように捨てられた私。

現実で起きている不幸な出来事に代償を与えるように、夢の世界は幸せだ。
でも、わかっていることだけど。
朝起きると、現実が待っている。
目が醒めれば地獄の一日が始まる。

夢の続きをずっと見ていたい。
目が醒めることなく、ずっと。

◇ ◇ ◇

夜中に何かの気配を感じ、目を開ける。
私のふとんの中に、女の子が寝ている。

これは夢?
普通、自分のふとんの中で見知らぬ人が寝ていたら、驚いて飛び上がったり、逃げ出したりすると思うけど、なぜかそれができなかった。

私が目を覚ました気配に気づいたのか、その子は目を半分開け、手でこすった。
青銀色の長い髪。長いまつ毛が可愛い。

「あれ、起きちゃったの?」
それに何と答えていいのかわからない。
私はベッドの上に起き上がる。
ふとんがめくれ、その子の変わった服装に気がついた。
彼女の髪を同系色のローブを着て、マントでからだを覆っている。
季節は早いが、ハロウィンの仮想パーティーから抜け出してきたようだ。

彼女も私をまねて、上体を起こす。
「ごめんごめん。君があんまり気持ちよさそうに寝ているので、ついふとんの中に入って寝ちゃった」
「あ、あの。えーっと、あなたは?」
女の子は枕元に置いてあったケモミミ型の帽子を被り、ベッドから離れ、服装を整えた。
私はベッドに腰かけ、向き合う。
「ボクはね、リリン。魔女だよ」
「見たところ、そうみたいね」
「君の名前は?」
「え、私は、コハル」
「コハル姉ちゃんか……いい名前」

随分馴れ馴れしい。でもこのリアルな感じ。やっぱ、夢じゃないのかな?
「リリン……ところであなたは何でココにいるのかしら?」
「ああ、一緒に夢探しをしているコイツがね、コハル姉ちゃんの夢に気づいてね」
「夢探し? コイツ?」
と疑問を投げかけたのと同じ瞬間、白黒の毛皮が私の脚に触った。
「ぎゃあああ!」
私は、魔女っ娘の出現よりも、その生き物に驚いた。
「あはは、わるい。そいつは、獏のバックンだ」
バックンとやらが魔女っ娘の隣りに並び、彼女は腰をかがめて白黒の毛皮を撫でた。

「この家の上空を飛んでると、コイツが急降下し始めてさ、食べごたえありそうな夢を見つけたんだって」
そうか。獏は夢を食べるんだっけ……でも。
「確か獏って、悪夢を食べるんじゃなかったっけ?」
「そう、コイツは悪夢が大好物なんだ。でも最近、悪夢不足でね」
「悪夢不足?」
「うん、最近は昔に比べるとだいぶ減ったんだ」
「それって、みんな幸せになったってことかな?」
「いや、逆だと思うよ。君だってそうだろ?」
確かに。日中が悪夢みたいなものだから、それを夢でカバーしてもらっている。

「そこでね、コハル姉ちゃんに契約の提案があるんだ」
「契約? 提案?」
「うん。夢と現実を逆転しない?」
「逆転!? どういうこと?」
「不幸な現実を幸せな夢とをとっかえっこするんだよ」
「そ、そんなこと、できるわけが……」
「さいしょに自己紹介した通り、ボクは魔女だよ。そんなこと、お茶の子サイサイさ」
古風な言い回しだ。それは置いといて、すぐには信じられない。それに……
「そうしたら、夜に眠ったら、悪夢ばかり見ることになるよね?」
「そう! そこ。このバックンが悪夢を全部いただいちゃいます」
なんだか訳がわからない。やっぱりこれは夢なんだろうか。

「どう、三日間お試しでやってみない? 気に入らなきゃ、返品可能です!」
「なんか、通販みたいね……いいわ。試してみる。で、どうすればいいの?」
「簡単さ。ボクがちょいちょいと魔法をかけるだけ」
そう言うと魔女っ娘は小さな杖を取り出し、それを私の頭から足元まで振った。銀色の小さな光の粒々が杖の軌道に沿って生まれた。

◇ ◇ ◇

カーテンの隙間から光が漏れ、目が醒める。
夕べの出来事を思い出す。やっぱり夢だよね。
と、ちょっとがっかりしながらベッドから抜け出そうとしたら、魔女のリリンと名乗った女の子はふとんに潜ってスヤスヤと寝ていた。バックンは……いた。テーブルの下にうずくまって、やっぱり寝ていた。

私は、身支度をし、トーストとハムエッグとスープの簡単な朝食を用意しーー念のためその子の分も作ってーー食べ、仕事に出かけた。獏は夢を食べるそうだから、朝食は不要だろう。女の子と一匹は、お試し期間、こうやって私の部屋で暮らした。

◇ ◇ ◇

お試し初日。
いろいろとトラブっていた仕事が、私の提案によってうまく回り始めた。
翌日。
同僚がランチに誘ってくれた。
翌々日。
父から電話があった。元気にしているか?たまには家に帰ってこい、と。

お試し開始から三日目の夜。
リリンとカレーライスを食べて紅茶を飲んでいたら、少しかしこまって彼女が話しかけてきた。この子は部屋の中にずっといるのに、律儀にローブとマントを身に着け、帽子まで被っている。バックンは私のひざ元でゴロゴロ転がっている。
「コハル姉さん、この三日間いかがでしたか?」
なんだか気味わるい。
「そうね、ちょっとずつだけど、昼間はいいことがあって、久々に楽しく過ごせた」
「それは何よりです……で、お試し期間が過ぎましたけど、このあと、いかがいたしましょうか?」
この三日間を振り返る。そういえば。
「二つ、気になることがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
「ちょっと、その喋り方! 調子狂っちゃうから普通に喋ってくれる?」
「わかったわかった……で?」
「一つはね、夢を見なくなっちゃったの。大丈夫かしら?」
「ああそれね。ホントはコハル、夢をみてるんだけど、コイツが食べちゃってるんだ」
魔女っ娘がバックンの背中をポンポンと軽くたたく。
「そうなんだ。……でね、夜寝ているのに夢を見ないって、なんか味気ないなあって思ったの」
その子はそれには答えなかった。
「もう一つは?」
「リリンからの提案で、昼間の私は幸せになった。バックンも悪夢を食べられて得してる……でも、あなたにとってのこの契約のメリットて何なのかしら?」
魔女っ娘はビクッと体を震わせたが、オホンと咳払いをして口を開けた。
「ちょうど今から話そうと思ってたんだ……一つ目の疑問にも関係あるし」
「どういうことかしら?」

「ボク、初めて会った時、魔女って自己紹介したでしょ。魔女は魔女なんだけど、『サキュバス』って種類の魔女……ねえ、サキュバスって知ってる?」
「え、うん……何となく」
「ボクはね、人と『愛し合う』ことによって、生きながらえているんだ」
「あ、愛し合うって?」
「え……文字通り」
「文字通りって?」
「『エッチなこと』!……もう、恥ずかしいなあ」
まあ、予想はしていたけど。でも、疑問がある。

「でも、サキュバスって、男の人とエッチなことするんじゃないの?」
「……そうなんだけど。サキュバスにだって色々いてね……人間だってそうでしょ?」
彼女は顔を赤らめる。そういうことか。
「そうなの……でも、それって私の二つの疑問とはどう関係しているのかしら?」
何となくわかってきたが、少し意地悪して聞いてみる。
魔女っ娘は最大限に顔を赤く染め、声を大きくして言った。
「コハルが夢を見なくなったかわりに、ボクと愛し合って夜を過ごす。そしてボクは君から『愛の雫』をもらって命をつなぐ!」

リリンは膝を抱え、顔をうずめた。でも、そんなこと急に言われても……。私は正式に契約するか迷った。

「ねえ、それもまずは三日間のお試しにしてもらえる?」
恥をしのんでんの、私からの精一杯の提案だ。
「え……いいよ」
魔女っ娘は顔を上げ、恥ずかしそうに、でも少し嬉しそうに微笑んだ。

その夜、彼女は初めてローブを脱いだ。
一緒にお風呂に入る。赤ん坊のように白い玉の肌。意外と凹凸のある体のライン。
そいういえばこの子、いくつなんだろう。齢を聞いてもいいのかな。
お互いに洗いっこし、お風呂から上がったら、お互いにドライヤーで髪を乾かした。彼女の青銀色に輝く柔らかい髪にうっとりした。

部屋の電気を消し、二人でふとんに入った時、急に恥ずかしくなった。
この子と初めて会った時もふとんの中だったが、その時は彼女はローブとマントを見につけていたし、私もパジャマを着ていた。
獏のバックンは気を遣ってか、この部屋にはいない。

彼女はふわりと私を抱き、ゆっくりと唇に唇を重ねてきた。
気持ちよさとともに、心地よさ、安らぎを感じる。
唇と指が私の体を優しく撫でる。
私も真似をする。
途中で目が合う。
お互いに微笑む。
そして、愛し合う。

涙とともに、私から溢れ出る。
リリンはまるで子猫がミルクを飲むように、それを舐める。
生き永らえるために。

刹那的なものでなく。
永遠に続くような幸福感に包まれ、朝まで眠った。

◇ ◇ ◇

『第二のお試し期間』の三日目。
本契約を結ぶかどうか、リリンに返事をしなくてはいけない。
私は仕事をしている最中も迷い、そして部屋に戻る。
いや、迷いはほとんどない。なぜなら、私は彼女のことをすごく好きになってしまっていたから。

でも。
不安はある。今やっていることは、あくまでも『契約』なんだ。
私が悪夢を売って獏は空腹を満たし、私は幸せな日常を手に入れ、その対価としてリリンと愛し合う。

彼女は、自分の命をつなぐために私と一緒にいるだけなんだよね?
『愛し合う』といっても、そこにホントの愛なんかないかも知れない。
それがいつなのかわからないけど、この契約が終わったら、リリンはどっかに行ってしまうんだよね?

住んでいるアパートが見えると急に不安になって、急いでドアの鍵を開けた。

部屋の中は暗く、人の気配がなかった。もちろん獏の気配もなかった。
廊下、居間、キッチン、寝室、お風呂場、トイレどこにも彼女はいなかった。
居間のソファに無造作にバッグを投げ、座り込む。

私の返事を聞くまで、待っていてくれてもいいじゃない。
なんで何も言わないでいなくなっちゃうの?
これこそ最悪の不幸だ。悪夢だ。

暗闇の中でじっと耐える。耐える。耐える。
……だめ、やっぱり耐えられない!
顔を覆って泣く。泣く。泣く。

泣き疲れたころ。
ベランダで物音がして、窓がガラリを開いた。
ビックリして私は立ち上がった。

「ごめんごめん、遅くなっちゃった」
魔女っ娘リリンはバックンを引き連れ部屋に入ってくる。

「ど、どこに行ってたの?」
「ちょっと魔界にショッピングに」
「ショッピング……バカ!」
堪らず彼女を抱きしめた。
「出て行っちゃったかと思ったじゃない!」
「どこにも行かないよ……ちゃんと契約してくれればね」
「……そうよね、これは契約よね。あなたにとってはね。でも、私にとっては」

言葉続けようとしたがリリンに遮られた。
「馬鹿だなあ」
「馬鹿って何よ!」
私は口を尖らす。

「ボクがかけた魔法、覚えてる?」
「う、うん」
「で、どうなった?」
「夢と引き換えに、仕事がうまく行った」
「ほかに?」
「同僚と仲良くなれた」
「ほかに?」
「両親とヨリが戻せた」

「じゃあ、まだウマくいってないことってある?」
「……そうね、彼氏に捨てられっぱなし」
「そうだね。それはね、ボクがわざとそうしたんだ。……魔法はかけなかった」
「え、どうして?」
「決まってるじゃん。ボクはコハルが大好きだからさ!」

さらにギュッとリリンを抱きしめた。グエッ、苦しいとか言っているけど構うもんか。私を不安がらせた罰だよ。
抱きしめられながら、リリンは手に持つ包みを上げた。
「魔界に行ってね、パジャマを買ってきたんだ。特製の、お揃いのパジャマ」
「?」
「多分、本契約してくれると思ってさ。そのお祝いにね」
「え、ありがとう」
魔女っ娘が手にした紙袋からは、虹色の光がじんわりと漏れている。

「これを着て、コハルと夢の続きが見たくてさ」
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