けむり

文字数 827文字

 秋の宵、窓からけむりが入ってきた。
 けむりは、もやもやと動きながら、寝床でスマホをいじっていた彼の前に来て、止まると、もごもご話しかけてきた。「どうもすみません」
「え、なんですか」彼は応えた。怖くはなかった。こじんまりして、悪意のなさそうな、ケサランパサランみたいなけむりだったので。
「いやあ、とんだ騒ぎになっちまったようで…」けむりが言った。
「なんですか」彼は同じことを言った。
「悪気はなかったんですよ」
「はあ」
「受け入れられると思ったんです」
「はあ」
「わっち達、ほかにも仲間がいるんですが… いえ、みんな仲間なんですが。あんたがたの歌にもあったじゃないですか、おけらだって、みみずだって、みんなみんな、って」
「ああ、ありましたね」
「わっちも、その仲間でして。人間から、嫌われとるんですが。わっちが取り付くと、黄泉の国に連れていかれる、って」

「はあ。お迎えですか。ぼく、死ぬんですか」
「いえいえ、滅相もありませんや。死ぬかどうか、わかりません。ですが、多くの人は、死ぬといわれています。致死率は90%とか。で、(せん)だって、あなたが、『取り付いたら、取り付いたそいつ… わっちですね…も死ぬのに、なんで取り付くんでしょうね』と申されたのを小耳にはさんだんです。あなた、TVコメンターのNさんですよね?」
「ああ、はい、言いました」
「で、ちょっと通りかかったもんで、お邪魔しました」
「そうでしたか」

「わっち達、悪いことしてないんですよ。あんた方が、知らないだけなんです。あんた方、時々、運命って言葉、使いますね」
「ええ」
「死んだら、もう終わりと思ってませんか」
「まあ、思ってますね」
「違うんですよ。そんな、わっちら、おバカじゃありません」
「はあ」
「大丈夫なんですよ」
「何が?」
「大丈夫なんです」
「だから何……」

 彼は翌日、寝床から消えていた。
 タンポポの綿毛のようなものが、彼のいた部屋の窓から、鳥の群れのように空へ飛んでいくのを、隣りに住む老人が見ていた。
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