夏が終わる

文字数 1,418文字

 ツクツクホウシが鳴いて、風が涼しくなって、トンボが舞えば、もう秋だね。
 あんなに暑かった夏、うんざりした夏も、もう終わりかと思うと、なんだか焦るね。まだ、終わらないでくれって気分にさせられるよ。追いかけて行きたくなるよ。
 秋が来れば、すぐ冬になって、クリスマス、お正月だ。寒い季節は苦手だよ。死にそうになる。夏は、まだ、くたばっていられる。何もしたくないままに、どうにかやれる。
 でも冬は、もう、何もできない。しようと思っても、寒くて、いちいち大儀になる。
 夏は、大儀なまま、それでも動ける。ところが冬は、動こうと思っても大儀なんだ。
 これは全然違うことだよ。根本的に違うんだ。
 生命活動の、根幹に関わることだよ。

 夏は、何もしていなくても、汗をかき、身体は新陳代謝に勤しんでいる。無為でいても、身体がひとりでに古いものを外に出す! 分泌物を出すのは、健康に欠かせないことなのだ。生理、大いなる生理、生命の(ことわり)を、こちらのことわりもなく、身体が勝手に、自然に、やってのけている!
 これは神秘の奇蹟、大いなる自然による自己改革、暑気による自然分娩、自ずから活動し、死すべきものを皮膚の穴々から排出し、新たな生命をその体内に生み出すという、生命の繰り返しの縮図、永遠なる小宇宙がこの身体に宿っている証明そのものではあるまいか?
 そしてそれを実感できるという幸福!
 近年の、体温を超えるような暑さには、いささか閉口もするけれども、一杯のグラスの水、この一杯のグラスの水を口にふくむ時、またそれも、飲む、ただ飲みたいから飲むという、無心になって飲むという、無心から無心、無心の要求からの無心への供給、勝手な身体への勝手な供給、それが新たな身体を創り出す源になる行為になる!!

 たしかに、暑くてやりきれない。それでも、きみは動こうとすれば動けるのだ。小股でも、一歩一歩あるけば、前へ進める。目的の地へたどり着ける。
 だが冬はそうはゆかない! 動こうという気がまず、寒気冷気によって殺される。凍結した身体から、まず脱皮するように、おのが気をまず、動かそうとするところから始めなければならない。
 これには、きみ、およそ決然たる、決死の覚悟にも似た気力が要される。一挙一動に要される! 冷たい水に触れるにも、ためらいが生じる。入水自殺をするが如きである! 温水は、ガス代がかかる。エアコンにしても、暖房の方が高価である。冬は燃費がかかり、財布にも冷たい。

 ところが、夏はどうだ! 水風呂にだって入れる。身体が求めるのだ。おお、自然、大いなる小宇宙、この身体の活力が、生き生きと冷水を求め、新陳代謝のための補給をし、また出し、出されるための活動を、たれの命令でも服従でもなく、おのが生命のために、ただそれだけのために、否応なく開始するのだ!

 冬はいけない。生命の活動が奪われる。活動の根源、何かしようとする、この身体に宿ったせめてもの「我」、すなわち意志さえ奪おうとする。
 無気力。不健康。没能動。あらゆるエネルギー、生命に関わるあらゆる熱、地球の中心にあるマグマ、この身に備わった熱、外へ放射されるべき熱の源を、根こそぎ冷やそうとする。冬は死の季節だ。氷の世界へ誘う悪魔だ。あの町を覆う冷気、窓から入ってくるスキマ風は、死人の肌に密着され、死人の吐息に肌を舐められるようで、おぞましい悪寒に打ち震える。
 いやだ、冬はいやだ。それに引き換え、夏は………!
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