第37話 「面白さ」

文字数 885文字

 家人にいわせると、ぼくは「面白い」らしい。
 だが、ぼくにとってシャクなのは、その「面白さ」がわからない点にあるのだ。
 とにかく、いつもそのまんまであるらしい。
「わかりやすい」とは、職場の人にもいわれたことがあるが… この言を信じるとすれば、よくいえば裏/表のない、わるくいえば単純馬鹿、であるだろう。
「面白い」というのは、最大の賛辞であると彼女はいう。
 しかしその根拠が自分ではわからないから、何を賛辞されているのかもわからないのである。
 最近、故意に、面白さを見せつけてやろうという下心そのままに、とった言動といえば── お風呂の追い焚きボタンを押したあと、風呂場の前に洗面所があるのだが、そこの鏡に自分の顔の映っているのを見た。久しぶりに、おのれの顔を見た。で、居間に行き、パソコンに向かう彼女に、
「オレ、けっこうイイ顔してない?」と言ってのけたのだ。
 彼女は爆笑した。そして言う、「うん、そう思ってるよ。どしたの急に」
「いやあ、さっきまじまじと見たら、けっこうイケてるじゃん、って思ってさ」
 ほんとにバカだと思う。
 バカついでに、そして意図的に相手を笑わそうとして笑わせた、誇り高い話として、
「これ着て歩いてるとさ、女の人がよくオレを見るんだよ」
 がある。
 これは500円位で買った、濃紺のTシャツで、綿やポリエステルでなく、吸汗性に富んだ、ナントカという素材?のTシャツなのだ。
「ふぅん。歩いてみて」
 居間を歩く。
「あー、胸板があるから。あと、乳首が出てるのがエロいんじゃない」
「え、チクビ?」
「男の人はTシャツ着ると、みんな出てるよ」
「え、そうなの? …恥ずかしいな」
 ── これは笑わせるという話ではなかった。自意識過剰で自己満足している哀れな男に、それでもだから幸せそうな男に、ちいさな幸せが伝染して、彼女も何となく幸せそうになる、といった話だった。
 そして彼女はそのぼくの乳首をつまんでくるのだ。しかもけっこうな力を入れて。
「あっ」
 ぼくは転げる。するとドSである彼女の眼が光りだす…
 だが、それだけである。
 そしてこの話もそれだけの、ばかな話である。
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