第23話 しかし、夏といえば

文字数 1,113文字

 大滝詠一とサザンオールスターズ、のイメージが。
 そして小説家といえば、… 僕にはやっぱり山川方夫が。
 海と夏を背景に描いた作品が多いのは、誰かが書いていた解説の通りだ。

 そして山川さんの死をおもう。
 僕には山川さんが、もしかしたら頭の隅に、ほんの隅に、もしかしたら死にたがっていたんじゃないか、と想像してしまう。
 江藤淳の「山川方夫」によれば、とにかく山川さんは「疲れていた」。
 蚊トンボみたいに痩せ、家ではよく眠れず、しかし生活のために、何より生きていくために、山川さんは書こうとしていた。
 書き上げた原稿を郵便局に持って行き、その帰りに、トラックにはねられた。
 いつも注意深い山川さんが、なぜあの時、いつもの注意を払えなかったのか。
 いい作品ができた後の高揚に、散漫になっていたのか。
 山川さんの追悼文には、親しかった「友人たち」の思いが、悔恨のように綴られている。

 責任感の強かった山川さんだ、結婚し、妻をもったことで、また結婚するまでの因襲的な、旧態然とした家と家とのしがらみつきに、そうとうな労力、エネルギーを使われていたに違いないと想像する。
 そんなことより、いい作品をどんどん、書きたかったに違いない。

 とにかく山川さんは「疲れていた」。
 これが僕には、山川さんの死をいざなった、魔物の正体、やわらかな顔つきで近づき、日々山川さんを浸蝕していった、忌むべき虫だったと思う。
 江藤さんはその追悼文で、「もっと休ませたかった」といっている。江藤さんの家では、山川さんはよく眠れていたそうだ。
 Yという作家のイニシャルで、サントリーの雑誌の編集者として山川さんを雇い、いじめていたYへの非難も、江藤さんは書かれている。
 あれは読んでいて、僕も腹が立った。
 山川さんの死後、Yは「出来の悪い編集者」として、あきらかに山川さんと想像のつく人物を小説に書いたというのだ。しかもそこには、愛が微塵にもなかった。僕は江藤淳の、山川愛を信じる。

 ほんとに人は、みかけによらない。よほど流行作家であったであろうYなど、俗悪な人物にすぎないと思った。

 もし今山川さんが生きていたら、と思わずにはいられない。持病のことも、書いていただろうか。文体が、晩年は変わってきていた。もともと私小説的な面もあったが、あの文体の変化は、都会的でお洒落なセンスと違い、もっと奥ぶかいほうへ向かっていたと思う。
 しかしどうしてこんなに、会ったこともない山川さんのことが僕は好きなのだろう?
「書く」ということに対する姿勢。気さくで、やさしい気質。繊細な心根…。山川さんの死をおもうたびに、胸が覆われる。たいせつな、だいじなひとを失くした気にばかりなる。
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