別れの理由

文字数 924文字

 ふたりは違っていた。ほんとうに違っていた。

 ある冬、彼女が言った、「庭に、メジロがいたよ。ヒヨヒヨ鳴いて、可愛かった」
 とっておきの笑顔だった。彼は、庭に出た。確かに鳥の鳴き声がした。だが彼には、ヒヨヒヨでなく、ピチュピチュに聞こえた。

 以前の彼なら、この恋人の笑顔、そして言うことに、心から賛同し、一緒に笑い合えただろう。だが、今はもう、その笑顔を見ると腹が立った。彼女の言うことが信じられなかったからだ。
(あれはヒヨヒヨじゃない。ピチュピチュだろう)彼は思った。

 夏には、「このバスタオル、臭いよ。洗濯しよう」恋人は、顔をしかめて言った。
 彼はそのタオルの匂いを嗅いだ。言うほど、臭くない。彼は言った。「これは二、三日前におろしたんだ。臭くない。香りだよ。タオルの、元々の匂いだよ」

 その他、諸々の感じ方が違った。恋人は、平気で、机の上に、洗った下着を置いていた。玄関で、サンダルがこっち向きになっていなくても構わなかった。洗った皿やボウルの重ね方も、無頓着だった。ドアストッパーが部屋の中にあっても、一向に構わない、気にしないようだった。

 彼には、それが気になった。彼はいちいちサンダルをこちら向きに揃え、ドアストッパーを部屋の隅に置き、小さな皿の上にあった大きな皿を、小さなボウルの上にあった大きなボウルを、逆に重ね直した。いちいち、毎日。毎日である!

 彼は、そのホコリのように積もるストレスの発散に、恋人の肉体を求めた。だが、それもこの頃は、拒否されがちだった。一緒に暮らし始めた頃は、毎日のように、したものだったのに。

 恋人は、それでも、何も変わらないようだった。つまり、彼は彼、私は私、と、そこから始まっているようだった。彼女はよく言った、「人は、一人一人、違うもの」

 だが彼には、その違いが、我慢ならなかった。

 ある日、彼は家出した。
 恋人には、思い当たることがあった。はたして、この思い当たりが、ほんとうに当たっているのかどうか、わからなかった。
 彼と私は違う。それが何だというのだろう。そんな彼を、私は好きになったのだ。彼女はそう思った。そのうち帰って来るだろう、とも思った。
 そしていつものように、パートに行く身支度をした。
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