今月末で閉店なのに

文字数 2,006文字


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 夏休みになって始めたコンビニエンスストアのアルバイトにも、だいぶ慣れてきた。仕事内容はレジ打ちに接客、商品の補充なんかがメインで、それほど難しいことはない。タバコを扱ってないから覚えることも少ないし、駅のそばとオフィス街に新しい店が出来たからか、客も少なくて楽だ。

山谷(やまたに)くん、九月からどうする?」

 隣のレジに立っている、朴訥とした雰囲気の店長が、気遣うような口調で訊ねてきた。八月いっぱいという募集でアルバイトに入ったけど、夏休みが終わってからも続けない? というスカウトなのだろう。俺はそうっすねぇ、と口を開く。

「週に二、三日入りたいっすねぇ」
「いや、この店閉店するんだ」
「へ?」
「オーナーが店の更新をしないことに決めたみたいでね。九月からもバイトする気があったら、他の店に紹介するけど、どうかな? と思って」

 店長から視線を外し、店内を見回す。もうすぐ日曜日の十二時半だというのに、客がいないのだから閉店するのは仕方ないか。

「そう言えば、日用雑貨のコーナー、新しい商品が入らないと思ってたんすけど」
「ああ、在庫を一掃しないといけないからね。入荷してないんだよ」

 どうりで、と頷きながら店内を見渡す。飲食物は毎日新しく仕入れているから隙間なく並んでいるけど、雑貨の棚はちらほらと空きが目立っている。細胞が失われたのに、新しい細胞が生成されないみたいだ。

 高校一年の夏、遊ぶ金がない俺はプールや海に行くことなく、閉店するコンビニエンスストアを看取っている。感慨深く、なんだか意味があることのように思えた。

「店長、俺、この夏を忘れない気がしますよ」
「うん。あと、宅配便の伝票の書き方も、そろそろ覚えてね」
「あと、この店の代わりによそでって気持ちにはなれないです。だから、紹介はいいっすよ」
「そうかい?」
「残り二週間くらい、全力でこの店を盛り上げましょう」
「ありがとう。じゃあ、粗大ゴミ回収費の支払いができることも、忘れないでね」

 店長は一言多いよなあ、と思いながら視線をそらす。
 外はいやになるくらいよく晴れていて、八月の熱気を放っている。そんな中、通りの反対側に紺色のワンピースを着た若い女の子が立っていることに気がついた。タクシーも通り過ぎているし、暑い中、何をしているのだろうか。

 男二人しかいないこのコンビニに、道路を渡って来てくれないかな? と期待を込めて眺めていたら、おかしな音がしていることに気がついた。ぶおおお、という排気音が聞こえ、次第に大きくなっている。

 空調が壊れているのだろうか? と視線を外し、再び窓の外を見て、我が目を疑った。

 窓の向こうに白い車が現れ、店に迫ってきている。
 次の瞬間、車が店の窓に突っ込んできた。
 ガラスが割れる悲鳴のような音と、雑誌売り場のラックがひしゃげる痛ましい音、店長の慄く声が店内に響く。続いて、怪物の咆哮のように、クラクションの音が轟いた。

 白い車は窓に面した雑誌コーナーを破壊し、隣の日用雑貨コーナーに車の頭を着けて停車している。
 俺と店長は棒立ちのまま、呆然と白い車を眺めていた。きっと、墜落したUFOを見ても同じような気持ちなのだろう。

 クラクションの音が止み、しばらくしてからガチャっと音がして助手席の扉が開いた。中からは、宇宙人、ではなく髪を後ろに結った背の高い男が現れた。

 青と白のストライプの半袖シャツに、くるぶしあたりまでの白いパンツを履いている。なかなかお洒落な格好だ。よく見れば車もBMWだし、きっと大きな腕時計も高級なものなのだろう。

 彫りの深い顔に浮かぶ大きな目玉が、ぎょろりぎょろりと、ここがどこかを確かめるように、周囲を見回している。

 男がこっちを見て固まる。店長が「い、いらっしゃいませ」とつぶやき、条件反射とはおそろしいなと思った。
 友好的な店長とは対照的に、男の表情が青ざめたのがわかる。男は返事をすることなく、踵を返して駆け出し、突き破ってきた窓から店の外に出て行った。

 男が視界から消えた瞬間、俺もはっとして店を出た。
 大通りに出て、左右を見渡す。だが、男の姿を見つけることができなかった。角を曲がられたか、タクシーでも拾われたのかもしれない。

 逃してしまった悔しさに舌打ちをし、途方に暮れながら、振り返る。
 俺の一夏のアルバイト先には、高級車が突っ込んでいた。

 ポケットからスマートフォンを取り出し、一一〇とプッシュする。が、レジにいる店長がスマートフォンに向かって、一生懸命何かを喋っているのが目に入った。警察に電話しているのだろう。

 持て余したスマートフォンを構え、店と車の写真を撮る。

『バイトしてる店に車が突っ込んできたなう。うちの店、今月末で閉店なのに』
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登場人物紹介

平羊介 音楽が趣味の平凡な高校生。だったはずが、同級生の森巣と出会い、平和な日常が終わる。勇気を試され、決断を迫られ、町で起こる事件に巻き込まれて行く。

森巣良 イケメンで優しい、クラスの中心にいる生徒。だけど彼には裏の顔があり……その正体は腹黒毒舌名探偵だった。正義の味方ではないが、自分の町で起こる事件に、森巣なりの美学を持って解決しようとする。

小此木霞 平と森巣の高校の先輩。森巣とは幼馴染で、彼が心を許している数少ない存在。森巣の裏の顔や、彼が何をしているのか知っている。知識が豊富でパズルが得意なので、たまに森巣に協力をする。事件に挑む二人のよき理解者。

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