僕、殺し屋ですか?
文字数 2,452文字
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ふわっと風が駅前を吹き抜けていき、頭が冷やされていくようだった。考えこんでいたせいか、頭が熱くなっている気がする。
駅前に並ぶ自動販売機の前に立ち、何を買おうか考える。僕はぶどう味のサイダーを、小此木さんには少し迷ったが冷たいミルクティを買うことにした。
屈み、取り出し口に手を伸ばしていると、「ねえ」と声をかけられた。
顔を上げると、そこにはセーラー服を着た女子高生が立っていた。緑色のフレームの眼鏡をかけていて、少し知的に見える。
「はい?」
「さっき、偶然見てたんですけど」と彼女は、おそるおそる言った。
何を? と首をかしげ、自分が三十分間弾き語りをしていたことを思い出す。バクンと心臓が跳ねた。
「ああ! はい、あぁ、ありがとうございます」
女子高生は、品定めをするみたいに、僕をじっと見つめてくる。トゲトゲ伸びているまつ毛が、こっちを威嚇をしているみたいだ。
「あそこでギター弾いてたの、あなたですよね」
「はい、わかりづらいと思いますけど、僕です。ギターはあっちに」
自分の顔を指差してから、振り返って、広場のベンチを見やる。離れたところにあるベンチでは、ギターケースと口元に手をやって考え込んでいる小此木さんがいた。
「結構若いんですね」
「いや、はあ、まあ」
「まあいいや。ちゃんとやってくれてるみたいだし」と女子高生は、納得したように小さく頷くと、「これ」と僕に名刺を差し出してきた。
受け取り、確認すると「株式会社グッド建設 金子大二郎」と書いてあった。
音楽事務所のスカウトマンだとは思っていなかったけど、この子が金子大二郎だとも思えない。名刺の裏も確認してみるが、そこには何も書かれていなかった。
「これは?」
「金を払わないで逃げたの。そいつもやっちゃって下さい」
「逃げた?」
「友達から、あなたのこと聞いたことがあって。今日のもあなたですよね。同じでいいんで、よろしくお願いします」
女子高生はそう言って、ぺこりと頭を下げると、身を翻した。なんのことかわからず、「ちょっと待って」と追いかけ、人を避けながら女子高生の前に出る。
ビックリしている彼女に、「すいません、これは何?」と訊ねる。
「え?」
女子高生が訝しげに、僕を見る。そんなこと言われるとは予想外なんだけど、と顔に書いてある。
「なにか勘違いしてない?」
「あなたがやってくれたんじゃないの?」
「曲のリクエストがあれば、やれるけど。いや、知らなかったらできませんけども」
女子高生は、自分が何かを勘違いしていると気づいたのか、顔を強張らせ、ぱっと駆け出した。逃げられた? と気づき、慌てて後を追う。
彼女は俊敏な動きで人混みをかき分け、駅の自動改札にパスケースをタッチした。改札がパタンと閉じ、行く手を阻まれる。定期にチャージをしておけばよかったと後悔しながら、小さくなっていく彼女の背中を見つめていた。
名刺と缶ジュースを持って、ベンチに戻ると、小此木さんはじっと真剣な表情で街頭ビジョンを眺めていた。何か気になるニュースでもやっているのだろうか、と視線を向ける。
「電車が遅れた理由、信号機のトラブルだけじゃなかったみたい。車内で男の死体が見つかったんだって!」
「殺人事件があったんですか」
「人が結構乗ってる電車の中で、男がいつの間にか刺し殺されたみたい。ニュースになってる」
「大勢人がいる中で、誰にもバレないよう殺したんですか?」
そういうことになるね、と小此木さんが街頭ビジョンを見つめている。僕も変な事件に巻き込まれているけど、そっちじゃなくてよかった。
「あっ、ジュース買ってきましたよ」と言いながら隣に腰掛ける。「ありがとうー」と言って、小此木さんはぶどう味のサイダーを手に取った。あっそっちが飲みたかったですか、と少し意外だった。
プルタブを開けながら、さっきの女子高生のことを思い出す。
「そうだ、さっきジュースを買いに行ったら、女子高生に話しかけられたんですよ」
「わたしといるときに、他の女の子の話をするとは、度胸があるねー」
「からかわないでくださいよ」
ポケットから、受け取った名刺を取り出し、小此木さんに渡す。女子高生に話しかけられ、名刺を渡されたこと、何かを頼まれてこと、勘違いだと告げると逃げられたことを教える。
小此木さんは、素早くスマートフォンを操作し、「違うかー」と嘆いた。
「何を調べてたんですか?」
「その名刺の男が、さっき連れて行かれた男だったりしないかなぁと思ったんだけど、釣りが趣味のお父さんが出てきた」
「その人をやって欲しいと言ってましたね。だから、これから僕が何かをする、と思ってたんじゃないですか? そもそも、彼女もなんで僕に声をかけたんでしょう」
「平くんのそっくりさんでもいるのかもね」
「身に覚えがなさすぎて、本当にそうなんじゃないかと思えてきました」
ミルクティを口に運ぶ。久々に飲むミルクティは紅茶の風味が懐かしく、こっちでもよかったなと思った。
「その子は、平くんがギターを弾いてたのは見たんだよね。だとしたら、お金を入った封筒をもらったのも見たのかもね」
「何かの報酬か手付金だと思ったってことですかね」
「手付金だったら、その子も名刺と一緒にお金を渡すだろうし、報酬じゃないかな」
「その名刺の人が逃げたって言ってたので、何か報復をしろって言ってたのかもしれないですね。やっちゃって下さい、と言われました」
「もしかして、アレじゃない?」
小此木さんが、すっと右手の人差し指を、街頭ビジョンに伸ばした。
白昼堂々、走行中の在来線で男が殺された。刃物で心臓を一突きされており、手口は鮮やか。その犯人は、まだ捕まっていない。
やっちゃって下さい、は殺っちゃって下さい、だったのか?
「僕、殺し屋ですか?」
ふわっと風が駅前を吹き抜けていき、頭が冷やされていくようだった。考えこんでいたせいか、頭が熱くなっている気がする。
駅前に並ぶ自動販売機の前に立ち、何を買おうか考える。僕はぶどう味のサイダーを、小此木さんには少し迷ったが冷たいミルクティを買うことにした。
屈み、取り出し口に手を伸ばしていると、「ねえ」と声をかけられた。
顔を上げると、そこにはセーラー服を着た女子高生が立っていた。緑色のフレームの眼鏡をかけていて、少し知的に見える。
「はい?」
「さっき、偶然見てたんですけど」と彼女は、おそるおそる言った。
何を? と首をかしげ、自分が三十分間弾き語りをしていたことを思い出す。バクンと心臓が跳ねた。
「ああ! はい、あぁ、ありがとうございます」
女子高生は、品定めをするみたいに、僕をじっと見つめてくる。トゲトゲ伸びているまつ毛が、こっちを威嚇をしているみたいだ。
「あそこでギター弾いてたの、あなたですよね」
「はい、わかりづらいと思いますけど、僕です。ギターはあっちに」
自分の顔を指差してから、振り返って、広場のベンチを見やる。離れたところにあるベンチでは、ギターケースと口元に手をやって考え込んでいる小此木さんがいた。
「結構若いんですね」
「いや、はあ、まあ」
「まあいいや。ちゃんとやってくれてるみたいだし」と女子高生は、納得したように小さく頷くと、「これ」と僕に名刺を差し出してきた。
受け取り、確認すると「株式会社グッド建設 金子大二郎」と書いてあった。
音楽事務所のスカウトマンだとは思っていなかったけど、この子が金子大二郎だとも思えない。名刺の裏も確認してみるが、そこには何も書かれていなかった。
「これは?」
「金を払わないで逃げたの。そいつもやっちゃって下さい」
「逃げた?」
「友達から、あなたのこと聞いたことがあって。今日のもあなたですよね。同じでいいんで、よろしくお願いします」
女子高生はそう言って、ぺこりと頭を下げると、身を翻した。なんのことかわからず、「ちょっと待って」と追いかけ、人を避けながら女子高生の前に出る。
ビックリしている彼女に、「すいません、これは何?」と訊ねる。
「え?」
女子高生が訝しげに、僕を見る。そんなこと言われるとは予想外なんだけど、と顔に書いてある。
「なにか勘違いしてない?」
「あなたがやってくれたんじゃないの?」
「曲のリクエストがあれば、やれるけど。いや、知らなかったらできませんけども」
女子高生は、自分が何かを勘違いしていると気づいたのか、顔を強張らせ、ぱっと駆け出した。逃げられた? と気づき、慌てて後を追う。
彼女は俊敏な動きで人混みをかき分け、駅の自動改札にパスケースをタッチした。改札がパタンと閉じ、行く手を阻まれる。定期にチャージをしておけばよかったと後悔しながら、小さくなっていく彼女の背中を見つめていた。
名刺と缶ジュースを持って、ベンチに戻ると、小此木さんはじっと真剣な表情で街頭ビジョンを眺めていた。何か気になるニュースでもやっているのだろうか、と視線を向ける。
「電車が遅れた理由、信号機のトラブルだけじゃなかったみたい。車内で男の死体が見つかったんだって!」
「殺人事件があったんですか」
「人が結構乗ってる電車の中で、男がいつの間にか刺し殺されたみたい。ニュースになってる」
「大勢人がいる中で、誰にもバレないよう殺したんですか?」
そういうことになるね、と小此木さんが街頭ビジョンを見つめている。僕も変な事件に巻き込まれているけど、そっちじゃなくてよかった。
「あっ、ジュース買ってきましたよ」と言いながら隣に腰掛ける。「ありがとうー」と言って、小此木さんはぶどう味のサイダーを手に取った。あっそっちが飲みたかったですか、と少し意外だった。
プルタブを開けながら、さっきの女子高生のことを思い出す。
「そうだ、さっきジュースを買いに行ったら、女子高生に話しかけられたんですよ」
「わたしといるときに、他の女の子の話をするとは、度胸があるねー」
「からかわないでくださいよ」
ポケットから、受け取った名刺を取り出し、小此木さんに渡す。女子高生に話しかけられ、名刺を渡されたこと、何かを頼まれてこと、勘違いだと告げると逃げられたことを教える。
小此木さんは、素早くスマートフォンを操作し、「違うかー」と嘆いた。
「何を調べてたんですか?」
「その名刺の男が、さっき連れて行かれた男だったりしないかなぁと思ったんだけど、釣りが趣味のお父さんが出てきた」
「その人をやって欲しいと言ってましたね。だから、これから僕が何かをする、と思ってたんじゃないですか? そもそも、彼女もなんで僕に声をかけたんでしょう」
「平くんのそっくりさんでもいるのかもね」
「身に覚えがなさすぎて、本当にそうなんじゃないかと思えてきました」
ミルクティを口に運ぶ。久々に飲むミルクティは紅茶の風味が懐かしく、こっちでもよかったなと思った。
「その子は、平くんがギターを弾いてたのは見たんだよね。だとしたら、お金を入った封筒をもらったのも見たのかもね」
「何かの報酬か手付金だと思ったってことですかね」
「手付金だったら、その子も名刺と一緒にお金を渡すだろうし、報酬じゃないかな」
「その名刺の人が逃げたって言ってたので、何か報復をしろって言ってたのかもしれないですね。やっちゃって下さい、と言われました」
「もしかして、アレじゃない?」
小此木さんが、すっと右手の人差し指を、街頭ビジョンに伸ばした。
白昼堂々、走行中の在来線で男が殺された。刃物で心臓を一突きされており、手口は鮮やか。その犯人は、まだ捕まっていない。
やっちゃって下さい、は殺っちゃって下さい、だったのか?
「僕、殺し屋ですか?」