恥か金か
文字数 4,125文字
7
僕と彼の間には、見えない壁がある。彼は、透明の壁の存在に気づくと目を剥き、そしておかしいな、とドンドン叩いた。回りこめるのではないか、と壁に触れながら移動してみても、終わりが見えてこない。
どこまでもどこまで、永遠に見えない壁が続く。
遠くからでは白塗りの顔に赤いつけ鼻、くらいしかわからなかったけど、目の前に立つと瞼の上から縦に引かれた線や、頬に描かれたハートとスペードのマークも見え、気合が入っていたんだなと感心してしまう。
「さっき踊ってた男が僕に渡してきたんですけど、これ、あなたにですよね」
札束の入った封筒を、ピエロに向ける。
ピエロは声をかけられて固まり、まじまじと僕と小此木さんを見てくる。
無言で何かを確かめ合うような沈黙が生まれ、しばらくしてからピエロの纏っている空気が変わった。
「よくわかったね」
想像していたよりも若く、そして穏やかな声だった。
「電車の遅延が原因ですか?」
「そうなんだよ。本当にまいった。この日の為にやってきたのに、ああいうアクシデントがあるなんて。悪いことはできないね。ていうか、どこまでわかってるの?」
「売春グループが摘発されたことと、関係があるのでは?」
「すごいね! まるわかりか。駅前広場のパフォーマーに金を渡せって言っておいたんだけど、俺が遅刻したせいで、君のところに行っちゃったんだ。ごめんね、ビックリしたでしょ」
ピエロは素直に、出来事の裏側を認めていく。どうやら、森巣の言っていた通りだったようだ。
森巣曰く、僕が金を受け取ったのは、何かを見たからではない。「何卒内密に」と、書かれた文字は手書きではなくプリントアウトされたものだったし、ラジカセなんて咄嗟に用意できるものではない。つまり、事前に準備されていたということだ。
僕は、人違いで金を渡された、ということになる。
森巣は、僕が女子高生から名刺を受け取り、何かを依頼されたことと、裸の王様が百万円を僕に渡し、出来そこないのコサックダンスを踊ったことを結びつけた。
何故、王様はあんなことをしたのか。おそらく、脅されていたからだろう。
では、王様を脅すように依頼をしたのは誰か。何故、脅されたのか。
僕に名刺を渡した女子高生は、名刺の男が金を払わないで逃げた、と言った。彼女の口ぶりでは、今回のような出来事は初めてではなさそうだった。
森巣は、これが援助交際絡みのトラブルで、売春グループが摘発されたことと関係しているのではないか、と考えた。売春グループに顧客リストがないと報道されているのは、誰かが隠し持っているからではないか。誰かが、それを利用して恐喝をしているのではないか、と。
では何故、金の入った封筒が僕の元に来てしまったのか。顔がわかっていたら、相手を間違えることはない。
相手の顔がわからず、そして自然に金の受け渡しをできる相手、と絞り、大道芸人がいるか? と森巣は質問してきたのだった。裸の王様がモテそうな外見か、で女子高生を買っていそうな奴かを決めるのは、偏見な気もするけど。
「売春グループが摘発された。けど、彼女たちを買っていた奴らは、全然捕まっていない」
「顧客リストが見当たらないってニュースを見たけど、あなたが持ってるんじゃないの?」
小此木さんの問いに、ピエロは「少し違うな」と首を振った。
「俺が知っているのは、数人だけだ。売春をしていた子が友達でね。記念にこっそり男たちの名刺を抜いていた。そういう子が何人かいてね、戦利品というよりも、思い出の品だったみたいだ。俺は、それをたまたま手に入れた」
「友達が売春をしてたんですか?」
「俺だって、やめろとは言ったんだぜ。でも、こういうのは本人の意思だ。一日監視しているわけにもいかないからな」
小此木さんが、例え話に言った、友達が危ない薬をやっていたら止められるか? という問いを思い出した。もし、本当に僕の友達が過ちを犯したら、止めることができるだろうか。彼の言う通りなにもできず、もどかしさで参ってしまう気がする。
「で、俺はその名刺を使って男たちを見つけて、要求をしたんだよ。俺にバラされて、女子高生とエロいことをした奴だとバラされたくなければ、金を払うか恥をかけってな」
小此木さんが目を剥き、「え? じゃあ、フラッシュソロって」とこぼすと、ピエロはにやりと笑った。
「そう。あれは全員、女子高生を買った連中だ。恥を選んだ派。すごいな、と思ったのは、フラッシュソロなんて呼ばれ始めてから、恥派が増えたことだ。日本人的と言うか、右に倣えってなるんだな」
「でも、さっきの人はお金も払ったし、恥もかいてましたよね」
「なんでだと思う?」
ピエロは興が乗った様子で、そう言うと腕を組んだ。
「後悔しているから、お金も払うし、恥もかかせてください、と思ったとか」
「俺は君たちほど頭が良くないけど、わかることもある。君、お人好しって言われるタイプだろ。あいつは、そんないい奴じゃないよ。その、とりわけ、酷い男だったみたいだ」
内容が内容なので、ピエロは小此木さんをちらちらと窺っている。なんとなく、暴力的なことがあるのだろう、という予想だけした。
「恥か金のどっちも、と要求したんですね?」
小此木さんが訊ねると、ピエロは「正解」と笑った。
「あいつがメインターゲットだったんだ。金も出させて、恥もかかせようと思った。だから、何人か俺の言う通りに動いた奴らがいる、と思わせたくて後回しにしたんだよ。断ったら逮捕されると思わせたくて、適度に通報もしているしな。最近だと、小学校の先生が逮捕されたってニュースが流れていただろ」
「警察もあなたが呼んだの?」
森巣に言われるまで、僕たちはその可能性を微塵も考えていなかった。人相が悪く、荒々しかったので、てっきりどこぞのヤクザだと思っていた。
森巣に刺青の有無を訊ねられたが、覚えていなかった。目立つための刺青を覚えていないのであれば、なかったのだろう。
まさか刑事だったとは。強面だったけど、刺青もないし、ちんぴらっぽい格好でもなかった。
今回、僕は外見で人のことを判断しすぎた。大いに反省しなければならない。
「そうだよ。麻薬絡みの取引があると、事前に匿名で通報しておいた。あいつが踊り始めてから、取引の場所が東口じゃなくて西口に変わった、薬をキメて踊り出したと連絡したんだ」
「なんで通報を? 警察に通報をしたら、もうこの手を使えなくなりませんか?」と小此木さんは訊ねたが、僕にはその理由がわかった。メインターゲットだから、彼で終わりにするつもりだったのだろう。
「きついお灸をすえたくてね。それに、今回で終わりにするつもりだったから、別にいいんだ。最近は、俺が援助交際をする女子高生の味方、みたいに勘違いをしてる人もいるみたいだし」
さっき、僕に名刺を渡した女子高生のことを思い出したが、名刺は渡さなくてもいいだろう。
ピエロはおもむろにポケットに手を入れ、何かを取り出した。それを口元にやり、ふーっと息を吹き込むと、長い筒のように伸びていき、風船と気づく。彼は、見事な手際で、すいすいと風船を丸めたり捻ったりし、あっという間にプードルを作り上げた。
「わー! すごーい」
振り返ると、小さな女の子が立っていた。ピエロがしゃがみ、それを女の子に手渡す。
「ありがとう!」と女の子は笑顔になり、少し離れた場所で立ち話をしている母親の元へ駆けて行った。
小さく手を振っているピエロを見ながら、改めて彼が何故こんなことをしているのか、と気になった。
「結構上手いもんだろ」とピエロが頬を緩める。
「あなた、なんであんなことを?」
「最初は、友達の部屋で名刺ファイルを見つけて、警察に持って行こうかとも思ったんだけど、信じてもらえるかわからない、と危惧したというのが一つ。二つ目は、リストは本当に見つかってないのか? もみ消されてるんじゃないのか? と不安になったからだ」
「それでも、お金を脅し取るっていうのは、感心できません」
小此木さんが、毅然とした口調で言った。確かに、女子高生の方も援助交際をしてお金を得ていたわけだし、さらに脅迫して儲けるのか、と憤っているのだろう。
「お金って、わかりやすいダメージだと思うんだよ。あっ、言い忘れていたけど、懐に入れてるわけじゃないぜ。俺、最近『虎のマスク』って名乗ってるんだけど、わかる?」
虎のマスク、虎のマスクと頭の中で反芻し、ぱっと一つ思い浮かんだ。
「あのランドセルのですか?」
ピエロが愉快そうに、唇を引いた。
「金はどうでもいいんだ。自分がやってることが、世間的に正しくないこともわかってる」
「その子のことが好きだったの?」
質問を受け、ピエロはしばし黙り込んだ。そして、風船をあげた少女の方を向き、「どうなんだろうな」とこぼした。
「ただの幼馴染だよ。だから、これは憂さ晴らしなんだ。良識ある大人なら、手を出すんじゃねえよ、と思ったからな。警察に任せることも考えたけど、誰かに任せても、この気持ちは晴れない。自分でやるしかないんだ。この日のために、俺は覚悟をしてきた。自分はなにもしなかったと、この先の人生で思いたくない」
ピエロがこちらを向き、視線がぶつかる。
真相を知ったお前はどうする? と訊ねてきている。
おそらく、彼の戦いは終わったから、呆気なく認めてくれたし、僕が警察に行けと言えば行くのだろう。
彼のような目を、僕は知っている。
他人が決めた価値観に、縛られないで生きている人間だ。
封筒を彼に差し出す。
「いいのか?」
「いいんじゃないかな」
そこで、不意に森巣だったらこう言うだろうな、と思いつき、「でも、一つ忠告をすると」と言葉にしていた。
「パントマイマーは喋らないもんだ」
違いないな、とピエロが笑う。
僕と彼の間には、見えない壁がある。彼は、透明の壁の存在に気づくと目を剥き、そしておかしいな、とドンドン叩いた。回りこめるのではないか、と壁に触れながら移動してみても、終わりが見えてこない。
どこまでもどこまで、永遠に見えない壁が続く。
遠くからでは白塗りの顔に赤いつけ鼻、くらいしかわからなかったけど、目の前に立つと瞼の上から縦に引かれた線や、頬に描かれたハートとスペードのマークも見え、気合が入っていたんだなと感心してしまう。
「さっき踊ってた男が僕に渡してきたんですけど、これ、あなたにですよね」
札束の入った封筒を、ピエロに向ける。
ピエロは声をかけられて固まり、まじまじと僕と小此木さんを見てくる。
無言で何かを確かめ合うような沈黙が生まれ、しばらくしてからピエロの纏っている空気が変わった。
「よくわかったね」
想像していたよりも若く、そして穏やかな声だった。
「電車の遅延が原因ですか?」
「そうなんだよ。本当にまいった。この日の為にやってきたのに、ああいうアクシデントがあるなんて。悪いことはできないね。ていうか、どこまでわかってるの?」
「売春グループが摘発されたことと、関係があるのでは?」
「すごいね! まるわかりか。駅前広場のパフォーマーに金を渡せって言っておいたんだけど、俺が遅刻したせいで、君のところに行っちゃったんだ。ごめんね、ビックリしたでしょ」
ピエロは素直に、出来事の裏側を認めていく。どうやら、森巣の言っていた通りだったようだ。
森巣曰く、僕が金を受け取ったのは、何かを見たからではない。「何卒内密に」と、書かれた文字は手書きではなくプリントアウトされたものだったし、ラジカセなんて咄嗟に用意できるものではない。つまり、事前に準備されていたということだ。
僕は、人違いで金を渡された、ということになる。
森巣は、僕が女子高生から名刺を受け取り、何かを依頼されたことと、裸の王様が百万円を僕に渡し、出来そこないのコサックダンスを踊ったことを結びつけた。
何故、王様はあんなことをしたのか。おそらく、脅されていたからだろう。
では、王様を脅すように依頼をしたのは誰か。何故、脅されたのか。
僕に名刺を渡した女子高生は、名刺の男が金を払わないで逃げた、と言った。彼女の口ぶりでは、今回のような出来事は初めてではなさそうだった。
森巣は、これが援助交際絡みのトラブルで、売春グループが摘発されたことと関係しているのではないか、と考えた。売春グループに顧客リストがないと報道されているのは、誰かが隠し持っているからではないか。誰かが、それを利用して恐喝をしているのではないか、と。
では何故、金の入った封筒が僕の元に来てしまったのか。顔がわかっていたら、相手を間違えることはない。
相手の顔がわからず、そして自然に金の受け渡しをできる相手、と絞り、大道芸人がいるか? と森巣は質問してきたのだった。裸の王様がモテそうな外見か、で女子高生を買っていそうな奴かを決めるのは、偏見な気もするけど。
「売春グループが摘発された。けど、彼女たちを買っていた奴らは、全然捕まっていない」
「顧客リストが見当たらないってニュースを見たけど、あなたが持ってるんじゃないの?」
小此木さんの問いに、ピエロは「少し違うな」と首を振った。
「俺が知っているのは、数人だけだ。売春をしていた子が友達でね。記念にこっそり男たちの名刺を抜いていた。そういう子が何人かいてね、戦利品というよりも、思い出の品だったみたいだ。俺は、それをたまたま手に入れた」
「友達が売春をしてたんですか?」
「俺だって、やめろとは言ったんだぜ。でも、こういうのは本人の意思だ。一日監視しているわけにもいかないからな」
小此木さんが、例え話に言った、友達が危ない薬をやっていたら止められるか? という問いを思い出した。もし、本当に僕の友達が過ちを犯したら、止めることができるだろうか。彼の言う通りなにもできず、もどかしさで参ってしまう気がする。
「で、俺はその名刺を使って男たちを見つけて、要求をしたんだよ。俺にバラされて、女子高生とエロいことをした奴だとバラされたくなければ、金を払うか恥をかけってな」
小此木さんが目を剥き、「え? じゃあ、フラッシュソロって」とこぼすと、ピエロはにやりと笑った。
「そう。あれは全員、女子高生を買った連中だ。恥を選んだ派。すごいな、と思ったのは、フラッシュソロなんて呼ばれ始めてから、恥派が増えたことだ。日本人的と言うか、右に倣えってなるんだな」
「でも、さっきの人はお金も払ったし、恥もかいてましたよね」
「なんでだと思う?」
ピエロは興が乗った様子で、そう言うと腕を組んだ。
「後悔しているから、お金も払うし、恥もかかせてください、と思ったとか」
「俺は君たちほど頭が良くないけど、わかることもある。君、お人好しって言われるタイプだろ。あいつは、そんないい奴じゃないよ。その、とりわけ、酷い男だったみたいだ」
内容が内容なので、ピエロは小此木さんをちらちらと窺っている。なんとなく、暴力的なことがあるのだろう、という予想だけした。
「恥か金のどっちも、と要求したんですね?」
小此木さんが訊ねると、ピエロは「正解」と笑った。
「あいつがメインターゲットだったんだ。金も出させて、恥もかかせようと思った。だから、何人か俺の言う通りに動いた奴らがいる、と思わせたくて後回しにしたんだよ。断ったら逮捕されると思わせたくて、適度に通報もしているしな。最近だと、小学校の先生が逮捕されたってニュースが流れていただろ」
「警察もあなたが呼んだの?」
森巣に言われるまで、僕たちはその可能性を微塵も考えていなかった。人相が悪く、荒々しかったので、てっきりどこぞのヤクザだと思っていた。
森巣に刺青の有無を訊ねられたが、覚えていなかった。目立つための刺青を覚えていないのであれば、なかったのだろう。
まさか刑事だったとは。強面だったけど、刺青もないし、ちんぴらっぽい格好でもなかった。
今回、僕は外見で人のことを判断しすぎた。大いに反省しなければならない。
「そうだよ。麻薬絡みの取引があると、事前に匿名で通報しておいた。あいつが踊り始めてから、取引の場所が東口じゃなくて西口に変わった、薬をキメて踊り出したと連絡したんだ」
「なんで通報を? 警察に通報をしたら、もうこの手を使えなくなりませんか?」と小此木さんは訊ねたが、僕にはその理由がわかった。メインターゲットだから、彼で終わりにするつもりだったのだろう。
「きついお灸をすえたくてね。それに、今回で終わりにするつもりだったから、別にいいんだ。最近は、俺が援助交際をする女子高生の味方、みたいに勘違いをしてる人もいるみたいだし」
さっき、僕に名刺を渡した女子高生のことを思い出したが、名刺は渡さなくてもいいだろう。
ピエロはおもむろにポケットに手を入れ、何かを取り出した。それを口元にやり、ふーっと息を吹き込むと、長い筒のように伸びていき、風船と気づく。彼は、見事な手際で、すいすいと風船を丸めたり捻ったりし、あっという間にプードルを作り上げた。
「わー! すごーい」
振り返ると、小さな女の子が立っていた。ピエロがしゃがみ、それを女の子に手渡す。
「ありがとう!」と女の子は笑顔になり、少し離れた場所で立ち話をしている母親の元へ駆けて行った。
小さく手を振っているピエロを見ながら、改めて彼が何故こんなことをしているのか、と気になった。
「結構上手いもんだろ」とピエロが頬を緩める。
「あなた、なんであんなことを?」
「最初は、友達の部屋で名刺ファイルを見つけて、警察に持って行こうかとも思ったんだけど、信じてもらえるかわからない、と危惧したというのが一つ。二つ目は、リストは本当に見つかってないのか? もみ消されてるんじゃないのか? と不安になったからだ」
「それでも、お金を脅し取るっていうのは、感心できません」
小此木さんが、毅然とした口調で言った。確かに、女子高生の方も援助交際をしてお金を得ていたわけだし、さらに脅迫して儲けるのか、と憤っているのだろう。
「お金って、わかりやすいダメージだと思うんだよ。あっ、言い忘れていたけど、懐に入れてるわけじゃないぜ。俺、最近『虎のマスク』って名乗ってるんだけど、わかる?」
虎のマスク、虎のマスクと頭の中で反芻し、ぱっと一つ思い浮かんだ。
「あのランドセルのですか?」
ピエロが愉快そうに、唇を引いた。
「金はどうでもいいんだ。自分がやってることが、世間的に正しくないこともわかってる」
「その子のことが好きだったの?」
質問を受け、ピエロはしばし黙り込んだ。そして、風船をあげた少女の方を向き、「どうなんだろうな」とこぼした。
「ただの幼馴染だよ。だから、これは憂さ晴らしなんだ。良識ある大人なら、手を出すんじゃねえよ、と思ったからな。警察に任せることも考えたけど、誰かに任せても、この気持ちは晴れない。自分でやるしかないんだ。この日のために、俺は覚悟をしてきた。自分はなにもしなかったと、この先の人生で思いたくない」
ピエロがこちらを向き、視線がぶつかる。
真相を知ったお前はどうする? と訊ねてきている。
おそらく、彼の戦いは終わったから、呆気なく認めてくれたし、僕が警察に行けと言えば行くのだろう。
彼のような目を、僕は知っている。
他人が決めた価値観に、縛られないで生きている人間だ。
封筒を彼に差し出す。
「いいのか?」
「いいんじゃないかな」
そこで、不意に森巣だったらこう言うだろうな、と思いつき、「でも、一つ忠告をすると」と言葉にしていた。
「パントマイマーは喋らないもんだ」
違いないな、とピエロが笑う。