勝ったなんて思ってないよな?
文字数 1,470文字
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昨日、僕から連絡を受けた小此木さんは、打ち合わせ通りにすぐに警察へ通報し、説明をしてくれた。ウニボマーは自爆して鶴乃井を殺そうと思っていたようで、劇場に現れた。警察は、名画座に現れたウニボマーを粘り強く説得し、怪我人を出すことなく、犯人の逮捕と爆弾の回収に成功した。今までにしかけられたものとは種類も火薬の良も段違いだったことから、明確な殺意を感じる。
犯人の名前は、小田切裕 、横浜市に勤める電子機器のプログラマーだった。鶴乃井が日本に来てから初めて解決したと言っていた、密室殺人の関係者だ。
鶴乃井によって事件は解決されたが、当時高校二年生だった次女が、長女の婚約者から襲われたということが全国的に知られ、一生つきまとう傷になってしまった。面白おかしく騒がれ、「お前が全部仕組んだんだろ。やっていたくせに、都合悪くなったから母親に殺させたんだろ」というひどい噂も流れたそうだ。
そのことを苦にしてなのか、次女は自殺した。
小田切は次女の同級生だった。恋人ではなかったけど、淡い恋心を抱いていたのかもしれない。鶴乃井のことを許して、のうのうと生きるなんて無理だと復讐を誓った、ただ殺すのではなく、二度とあんなことが起きないよう、探偵を否定したかったのだと自供しているらしい。鶴乃井も、犯人の娘の恋人でもない元同級生が、自分に復讐してくるなんて思いもよらなかっただろう。
正しいことがなんなのかは、僕にはわからない。世の中には神様にだって保てないバランスがある。だけど、僕の中で答えが出るまで、考えることはやめないでいようと思う。
一日だけの爆弾騒ぎは終わり、電車はダイヤを乱すことなく走り、観光客や働く人たちがそれぞれの場所を目指して通り過ぎていく。僕と森巣は再び山下公園の噴水の前に来て、小此木さんが現れるのを待っている。昨日協力をしてもらった代わりに、受験勉強の息抜きに付き合うことになった。
夏の日差しを浴びた木々や草の濃い緑の匂いと、海からの潮の香りが気分をリフレッシュさせてくれる。カモメが飛び、空には筋肉質な入道雲が遠くに浮かんでいた。八月は終わっても、暑い日はまだまだ続きそうだ。
「壊れた石像、どうするんだろうね。なくなっちゃうのかな?」
「石像は修復できるものらしい。全く同じにってわけにはいかないだろうけどな」
「そうなんだ? 時間が掛かっても、直してもらえたら嬉しいね」
別にあの石像に思い入れがあったわけではないけど、壊されたままというのは物寂しい。
「真実を見抜くやつよりも、壊れたものを直す人の方が、俺はすごいと思うけどな」
森巣はそう言って、右手を上げた。視線を移すと通りの向こうで、薄い水色のワンピース姿の、日傘をさした小此木さんが歩いている。こっちですよ、と僕も手を振りながら、ちらりと森巣を見た。
「訊きたかったんだけど、鶴乃井に勝った、なんて思ってないよな?」
振り返らないけど、森巣が笑っているのがわかる。
「当然」
最終話 終わり
お読みいただき、ありがとうございました!
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参考文献
『暴力の人類史 上・下』
青土社 スティーブン・ピンカー (著) 幾島幸子 (翻訳) 塩原通緒 (翻訳)
『火薬のはなし』 講談社ブルーバックス 松永猛裕
昨日、僕から連絡を受けた小此木さんは、打ち合わせ通りにすぐに警察へ通報し、説明をしてくれた。ウニボマーは自爆して鶴乃井を殺そうと思っていたようで、劇場に現れた。警察は、名画座に現れたウニボマーを粘り強く説得し、怪我人を出すことなく、犯人の逮捕と爆弾の回収に成功した。今までにしかけられたものとは種類も火薬の良も段違いだったことから、明確な殺意を感じる。
犯人の名前は、
鶴乃井によって事件は解決されたが、当時高校二年生だった次女が、長女の婚約者から襲われたということが全国的に知られ、一生つきまとう傷になってしまった。面白おかしく騒がれ、「お前が全部仕組んだんだろ。やっていたくせに、都合悪くなったから母親に殺させたんだろ」というひどい噂も流れたそうだ。
そのことを苦にしてなのか、次女は自殺した。
小田切は次女の同級生だった。恋人ではなかったけど、淡い恋心を抱いていたのかもしれない。鶴乃井のことを許して、のうのうと生きるなんて無理だと復讐を誓った、ただ殺すのではなく、二度とあんなことが起きないよう、探偵を否定したかったのだと自供しているらしい。鶴乃井も、犯人の娘の恋人でもない元同級生が、自分に復讐してくるなんて思いもよらなかっただろう。
正しいことがなんなのかは、僕にはわからない。世の中には神様にだって保てないバランスがある。だけど、僕の中で答えが出るまで、考えることはやめないでいようと思う。
一日だけの爆弾騒ぎは終わり、電車はダイヤを乱すことなく走り、観光客や働く人たちがそれぞれの場所を目指して通り過ぎていく。僕と森巣は再び山下公園の噴水の前に来て、小此木さんが現れるのを待っている。昨日協力をしてもらった代わりに、受験勉強の息抜きに付き合うことになった。
夏の日差しを浴びた木々や草の濃い緑の匂いと、海からの潮の香りが気分をリフレッシュさせてくれる。カモメが飛び、空には筋肉質な入道雲が遠くに浮かんでいた。八月は終わっても、暑い日はまだまだ続きそうだ。
「壊れた石像、どうするんだろうね。なくなっちゃうのかな?」
「石像は修復できるものらしい。全く同じにってわけにはいかないだろうけどな」
「そうなんだ? 時間が掛かっても、直してもらえたら嬉しいね」
別にあの石像に思い入れがあったわけではないけど、壊されたままというのは物寂しい。
「真実を見抜くやつよりも、壊れたものを直す人の方が、俺はすごいと思うけどな」
森巣はそう言って、右手を上げた。視線を移すと通りの向こうで、薄い水色のワンピース姿の、日傘をさした小此木さんが歩いている。こっちですよ、と僕も手を振りながら、ちらりと森巣を見た。
「訊きたかったんだけど、鶴乃井に勝った、なんて思ってないよな?」
振り返らないけど、森巣が笑っているのがわかる。
「当然」
最終話 終わり
お読みいただき、ありがとうございました!
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参考文献
『暴力の人類史 上・下』
青土社 スティーブン・ピンカー (著) 幾島幸子 (翻訳) 塩原通緒 (翻訳)
『火薬のはなし』 講談社ブルーバックス 松永猛裕