平くん殺し屋説

文字数 1,266文字

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「でも、見えないよね。平くん、優しそうな顔をしてるし」

 小此木さんが、まじまじと僕の顔を見て、微笑んだ。それを見て、バクンと胸が跳ねる。小此木さんのチャーミングな笑顔にやられたというわけではなく、後ろ暗いことがあるからだ。

「あの、実は小此木さんに言っていないことがありまして」
「なに? 実は裏稼業があるの?」
「裏稼業はないですけど、実はこの、今の僕が弾き語りをしてたわけじゃないんです」
「どういうこと?」

 怪訝な顔をしている小此木さんに、これは口で説明するよりも見せた方が早いなと思い、ボディバックからペンを取り出す。フェイスペインティング用の、水洗いで落ちる黒ペンだ。

「実は、これで両目の周りをがっつり黒く塗って演奏してました」
「目の周りだけ黒く? なんで?」
「いや、初めて人前で演奏するんで緊張しちゃうな、と。キッスとかグリーンデイとかマリリン・マンソンを意識して」

 小此木さんは、じっと僕の顔を見てから「あー、それで目のところちょっと黒かったのか。クマかと思ってた」と、苦笑した。

 すいません、と頭を下げる。「だから、程々にヤバイ奴には見えたかもしれません」

「人を殺した後に、弾き語りをしているとは思わない、かなぁ。ギターケースを持った殺し屋って、映画があるよね」
「殺し屋、と言うかあの映画は、重火器で建物とか町を吹っ飛ばしてましたよね」

 軽口を返しながら、堂々としていれば、逆にバレないという考え方はありえないこともない気がしてきた。

「平くん殺し屋説だとすると、王様が殺人を平くんに依頼して、その報酬を払った後に、あんなダンスをしたってことになるけど、これって繋がるかな?」
「あー、それがありましたね」と頭を掻く。個別に回路は繋がっているのに、どうしてもここが繋がらない。
「僕が何かを見てしまった説もそうでしたけど、なんで王様があんなことをしたのか、がわからないですよねぇ」
「復讐を済ませたからどうでもよくなった、人目のつくところで目立てば手を出されないと思った、それか何かの陽動とか?」

 どれも、そういうこともあるかもしれない、と思えるけど、それだ! と納得することはできない。

「そもそも彼は、捕まることは想定してたんですかね。目立つことをして捕まることを覚悟してやっていた、と思っていましたけど」
「目立つことをしたかっただけ……アリバイ作りとかかな?」

 アリバイ、ということは、タイムリーなのは「電車内での殺人ですか?」

「でも、そうなるとおかしいか。だって、自分の代わりに殺人をしてくれてる相手に、お金を払うわけだもんね。アリバイが成立しなくなっちゃう」
「もしかして、何かトリックがあるんじゃないですか?」
「トリック?」
「電車の中で誰にも気づかれずに人を殺す、何か時限式のトリックです」

 ちらりと見える広場のピエロが、さっきから見えないロープを手繰り寄せている。見えないナイフで人を殺す、なんてことができないだろうか。 
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登場人物紹介

平羊介 音楽が趣味の平凡な高校生。だったはずが、同級生の森巣と出会い、平和な日常が終わる。勇気を試され、決断を迫られ、町で起こる事件に巻き込まれて行く。

森巣良 イケメンで優しい、クラスの中心にいる生徒。だけど彼には裏の顔があり……その正体は腹黒毒舌名探偵だった。正義の味方ではないが、自分の町で起こる事件に、森巣なりの美学を持って解決しようとする。

小此木霞 平と森巣の高校の先輩。森巣とは幼馴染で、彼が心を許している数少ない存在。森巣の裏の顔や、彼が何をしているのか知っている。知識が豊富でパズルが得意なので、たまに森巣に協力をする。事件に挑む二人のよき理解者。

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