ジムは魚と出会う
文字数 2,392文字
5
次の日の朝、予想はしていたけど、学校では早速昨日の事件が話題になっていた。
教室内には、いくつもグループが出来上がり、強盗ヤギの動画をみんなが見ている。
「平、おはよう!」
早速だけど、と待ち受けていた佐野が、満面の笑みでスマートフォンの操作を始めた。
「そうだ、シャンプーをこれに変えてみたんだけど、どう?」
流れている広告を指差しながら、佐野が笑みを浮かべた。
どこからツッコミを入れたらいいのかわからず、まじまじと佐野と髪を見る。お前の髪なんて見てなかったわ! スポーツ刈りじゃねえか! とか単純に知らんがな、とも思ったけど、飲み込む。
「つやが出たんじゃないか?」
佐野が白い歯を覗かせて、右手の親指を立てる。
かぶりを振り、動画に視線を移した。
昨日は全然気づかなかったけど、カメラの向きからして、どうやら右奥に座っていた女性がスマートフォンで撮影していたらしい。壁と、テーブルの上にあったメニューの間にでも隠していたのだろう。
昨日、森巣と別れて店に戻ると、あの女性客はいなくなっていた。
どうやら、飛び出して行った僕らの後を追って、全員一度外に出たらしいのだが、彼女だけいつの間にか帰ってしまったらしい。
動画は、昨夜のうちにアップされたから、動画を投稿したくて帰ったのだろう。昨日は警察官に動画を撮影しなかったか、もし撮影していても、悪戯に騒ぎになるだけだから投稿しないように、と釘を刺された。
彼女は無事に動画を投稿し、今頃注目されて喜んでいるのだろうか。
カメラのレンズは、ずっと強盗ヤギと厨房の方を向いていたので、隣に座っている僕や森巣が映ることはなかった。だけど、映像を見るのはなんだか緊張する
動画で、強盗ヤギの二人は、既に銃とICレコーダーを構えていた。『動くな。抵抗をするな。邪魔をすれば容赦なく撃つ』と音声が流れる。
佐野は興奮した様子で、食い入るように画面を見つめている。それとは対照的に、僕はオーナーが不憫で、げんなりとしてきた。
昨日、オーナーは僕と眼鏡の若い男に、巻き込んでしまってごめんね、と謝り、お代は結構ですから、と受け取ろうとしなかった。警察官に説明をする間も、被害者なのにも関わらず申し訳なさそうにしていた。
教室をぐるりと見回す。
ここではみんな無責任に動画を再生し、事件を娯楽にしてしまっている。少しでもオーナーの不幸に同情をした人たちが募金をしたら、一助となるのではないか。
いや、それとも森巣の言う通り、読みが甘かったオーナーが悪いだけなのか。民間の警備会社と契約をしていれば、事件を防げたかもしれない。なんだかやるせない。
「今回は、ここからがちょっと凄いんだぜ」
森巣が突然歌い出したシーンが始まったが、学校での森巣とは全く違うイメージの声や話し方だから、この人物が森巣だとは誰も思わないだろう。
「強盗ヤギ以上にこいつも謎だよな。もしかして、これも何かの暗号だったりするのかね?」
「どうだろう。関係ない気がするけど……でも、このメロディはちょっと良くないか?」
「そうかぁ? よくわかんねえけど、ポップじゃねえよ」
こいつの髪なんて褒めなればよかった。
動画は強盗ヤギたちがフレームアウトし、退店前のアナウンスと扉のカウベルの音が鳴って終了した。
画面には、オススメ動画はこちらです、と他の強盗ヤギの動画が並んでいる。佐野は、もう一度再生するボタンを指で触った。
「今回の暗号は、『Jim meets fish』だったな」
「ジムは魚と出会う、か。どういう意味なんだろう」
次は、釣具屋とか寿司屋が襲われるのだろうか。
「おい、暗号が解けたってのに、スルーかよ?」
「あぁ、そうだった。佐野にも解けたのか」
「なんだ、平はもう知ってたのか。いや、解いたのは俺じゃなくてネットの誰かなんだけどな。でも、知ってるか? 最後に出てくる単語が、次に襲う店の予告になってるんだぜ」
「みたいだね」
最初はまるで意味のない文字化けに思えたけど、強盗ヤギの落書きは、だんだんと意味を持ち始め、謎の輪郭が浮かび上がって生きている。小此木さんの言う通り、アルファベットの羅列が文章になるのは初歩的な暗号のようだし、難易度は低いのかもしれない。と言うことはつまり、解読されることを前提にしている、ということだろうか。これは誰かに向けたメッセージなのかもしれない。
「なんだかアップルパイが食べたくなってきたなぁ」
佐野の発言に思考が中断され、またかよ、と苦笑するが、カメラの位置の問題で、アップルパイとコーヒーが常に画面の右端に写っており、確かに美味しそうではあった。
「知ってるか? これ、青リンゴのアップルパイらしいぜ」
「知ってるよ」
「なあ、この店そこまで遠くじゃないらしいから、今日食べに行ってみないか?」
ドラマのロケ地を見に行かないか、と誘うように佐野が言う。
「さすがに、昨日の今日で営業はしてないんじゃないか?」
そうかぁ、と佐野は残念そうに肩をすくめた。
「平、青リンゴのアップルパイは、やっぱり中が青いのかな?」
「青リンゴは黄緑色だろ」
「じゃあ、黄緑か」
やっぱりちょっとそう思うよな? という気持ちと、僕は佐野と同じレベルの発想をしてしまったのか、という思いが自分の中でせめぎ合う。
「あっ間違えた。ジムじゃなくてジミだ」
「ジミ?」
「昨日のは、Jimiだった。地味なミスをしてしまいましたなあ」
頭の中で、ぱっと明かりが灯った。
佐野の顔をまじまじと見つめる。しょうもないダジャレを評価しているわけではないのだが、佐野はまんざらじゃなさそうに鼻の頭をかいた。
次の日の朝、予想はしていたけど、学校では早速昨日の事件が話題になっていた。
教室内には、いくつもグループが出来上がり、強盗ヤギの動画をみんなが見ている。
「平、おはよう!」
早速だけど、と待ち受けていた佐野が、満面の笑みでスマートフォンの操作を始めた。
「そうだ、シャンプーをこれに変えてみたんだけど、どう?」
流れている広告を指差しながら、佐野が笑みを浮かべた。
どこからツッコミを入れたらいいのかわからず、まじまじと佐野と髪を見る。お前の髪なんて見てなかったわ! スポーツ刈りじゃねえか! とか単純に知らんがな、とも思ったけど、飲み込む。
「つやが出たんじゃないか?」
佐野が白い歯を覗かせて、右手の親指を立てる。
かぶりを振り、動画に視線を移した。
昨日は全然気づかなかったけど、カメラの向きからして、どうやら右奥に座っていた女性がスマートフォンで撮影していたらしい。壁と、テーブルの上にあったメニューの間にでも隠していたのだろう。
昨日、森巣と別れて店に戻ると、あの女性客はいなくなっていた。
どうやら、飛び出して行った僕らの後を追って、全員一度外に出たらしいのだが、彼女だけいつの間にか帰ってしまったらしい。
動画は、昨夜のうちにアップされたから、動画を投稿したくて帰ったのだろう。昨日は警察官に動画を撮影しなかったか、もし撮影していても、悪戯に騒ぎになるだけだから投稿しないように、と釘を刺された。
彼女は無事に動画を投稿し、今頃注目されて喜んでいるのだろうか。
カメラのレンズは、ずっと強盗ヤギと厨房の方を向いていたので、隣に座っている僕や森巣が映ることはなかった。だけど、映像を見るのはなんだか緊張する
動画で、強盗ヤギの二人は、既に銃とICレコーダーを構えていた。『動くな。抵抗をするな。邪魔をすれば容赦なく撃つ』と音声が流れる。
佐野は興奮した様子で、食い入るように画面を見つめている。それとは対照的に、僕はオーナーが不憫で、げんなりとしてきた。
昨日、オーナーは僕と眼鏡の若い男に、巻き込んでしまってごめんね、と謝り、お代は結構ですから、と受け取ろうとしなかった。警察官に説明をする間も、被害者なのにも関わらず申し訳なさそうにしていた。
教室をぐるりと見回す。
ここではみんな無責任に動画を再生し、事件を娯楽にしてしまっている。少しでもオーナーの不幸に同情をした人たちが募金をしたら、一助となるのではないか。
いや、それとも森巣の言う通り、読みが甘かったオーナーが悪いだけなのか。民間の警備会社と契約をしていれば、事件を防げたかもしれない。なんだかやるせない。
「今回は、ここからがちょっと凄いんだぜ」
森巣が突然歌い出したシーンが始まったが、学校での森巣とは全く違うイメージの声や話し方だから、この人物が森巣だとは誰も思わないだろう。
「強盗ヤギ以上にこいつも謎だよな。もしかして、これも何かの暗号だったりするのかね?」
「どうだろう。関係ない気がするけど……でも、このメロディはちょっと良くないか?」
「そうかぁ? よくわかんねえけど、ポップじゃねえよ」
こいつの髪なんて褒めなればよかった。
動画は強盗ヤギたちがフレームアウトし、退店前のアナウンスと扉のカウベルの音が鳴って終了した。
画面には、オススメ動画はこちらです、と他の強盗ヤギの動画が並んでいる。佐野は、もう一度再生するボタンを指で触った。
「今回の暗号は、『Jim meets fish』だったな」
「ジムは魚と出会う、か。どういう意味なんだろう」
次は、釣具屋とか寿司屋が襲われるのだろうか。
「おい、暗号が解けたってのに、スルーかよ?」
「あぁ、そうだった。佐野にも解けたのか」
「なんだ、平はもう知ってたのか。いや、解いたのは俺じゃなくてネットの誰かなんだけどな。でも、知ってるか? 最後に出てくる単語が、次に襲う店の予告になってるんだぜ」
「みたいだね」
最初はまるで意味のない文字化けに思えたけど、強盗ヤギの落書きは、だんだんと意味を持ち始め、謎の輪郭が浮かび上がって生きている。小此木さんの言う通り、アルファベットの羅列が文章になるのは初歩的な暗号のようだし、難易度は低いのかもしれない。と言うことはつまり、解読されることを前提にしている、ということだろうか。これは誰かに向けたメッセージなのかもしれない。
「なんだかアップルパイが食べたくなってきたなぁ」
佐野の発言に思考が中断され、またかよ、と苦笑するが、カメラの位置の問題で、アップルパイとコーヒーが常に画面の右端に写っており、確かに美味しそうではあった。
「知ってるか? これ、青リンゴのアップルパイらしいぜ」
「知ってるよ」
「なあ、この店そこまで遠くじゃないらしいから、今日食べに行ってみないか?」
ドラマのロケ地を見に行かないか、と誘うように佐野が言う。
「さすがに、昨日の今日で営業はしてないんじゃないか?」
そうかぁ、と佐野は残念そうに肩をすくめた。
「平、青リンゴのアップルパイは、やっぱり中が青いのかな?」
「青リンゴは黄緑色だろ」
「じゃあ、黄緑か」
やっぱりちょっとそう思うよな? という気持ちと、僕は佐野と同じレベルの発想をしてしまったのか、という思いが自分の中でせめぎ合う。
「あっ間違えた。ジムじゃなくてジミだ」
「ジミ?」
「昨日のは、Jimiだった。地味なミスをしてしまいましたなあ」
頭の中で、ぱっと明かりが灯った。
佐野の顔をまじまじと見つめる。しょうもないダジャレを評価しているわけではないのだが、佐野はまんざらじゃなさそうに鼻の頭をかいた。