だったら、森巣にも出来ますか?
文字数 1,600文字
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柳井の家は、瀬川同様の高級そうな住宅街にある、レンガ調をしたガレージ付きの一軒家だった。玄関も広く、観葉植物が置かれ、壁にはセザンヌの林檎の油絵がかかっている。
「教師って、お金になるんですか?」と訊ねずにはいられない。
「おれとしては、進路調査で迷ってる平に憧れてもらえたら嬉しいんだけど、残念。儲かるのはパイロットだ」と柳井は苦笑し、「父親がパイロットだったんだよ」と続けた。話を聞くと、どうやら実家を譲り受け、今は一人で暮らしているらしい。
廊下を抜け、広々としたリビングに通された。
畳くらいの大きなテレビに驚き、そしてその両脇に立っている縦長のスピーカーに驚く。テレビに向かって置かれている革張りのソファも、座り心地が良さそうだ。天井も高く、きょろきょろと辺りを見てしまう。
当たり前のことかもしれないけど、金持ちの家というのは見かけだけではなく、家の中も高級感で溢れているのだなと思い知る。
「コーヒー飲めるか?」
「はい、すいません」
コーヒーの入ったマグカップを持って、柳井がキッチンからやって来る。
「素敵な家ですね。一人で広い家に住むっていうのは夢ですよね」
「実家なんだけどな。平も一人暮らしを始めたら、怠惰にならないよう気をつけるんだぞ」
柳井がそう言って、テーブルの上に積まれている書類や文房具をまとめる。それを見ながら、そうですねぇと苦笑し、青いマグカップを口に運んだ。
家のコーヒーはインスタントだし、自分にはコーヒーの違いなんてわからないだろうと思っていたけど、美味かった。コーヒーの香りが口の中に広がり、味は濃いけど苦くはない。むしろ、まろやかな甘味を感じた。
「じゃあ、順を追って教えてもらえるか? 犯人に心当たりがあるって言ってたけど、どういうことだ?」
「実はさっきまで六組の森巣と一緒に、瀬川の話を聞いていたんですけど、瀬川は犯人の後ろ姿を覚えてて、犯人が着ていたパーカーには白い蝶のマークが入ってたそうなんですよ。実は前に僕もクビキリの犯人を近所の公園で見たことがあるんですけど、そいつも同じパーカーを着てました」
柳井は腕を組み、真剣な面持ちで話を聞いてくれている。
「それで、先生に説明するまで、自分でも気づけないことがあったんです」
このことは瀬川の前で、思っても口に出すことは出来ないし、目的が瀬川の犬の救出である以上、考えたくなかったのかもしれない。
いや、本当にそうなのか?
森巣は自信満々で犬は生きていると言っていた。あの柔らかい笑顔と優しい言葉、そして瀬川の反応を見て、僕も犬は生きていると信じて疑わなかった。
森巣は、自分の容姿と影響力を熟知しており、僕らを誘導していたのではないか。
犬の鳴き声がしなければ、逃げることができる。
「瀬川の犬は拐われた直後に殺されたんだと思うんです。角を曲がってすぐに、首の骨を折って、塀の向こうに放り投げたんですよ。それで、犯人も塀を乗り越えたんです」
柳井は神妙な顔をしてコーヒーを口に運んだ。僕には自分の考えが正しいか、客観的に判断してくれる人が必要だった。ひどくもどかしく感じながら、固唾を飲んで待っていると、柳井は「そうだな」と口を開いた。
「首の骨を折るだけで死ぬわけじゃない。首の奥の脊髄まで損傷して、頚椎損傷になることで呼吸ができず、死に至るんだ」
「……そうなんですね。じゃあ、無理ですか」
自分の推理が外れ、落胆する。が、わずかに安堵する気持もあった。
「いや、瀬川の犬は小型犬だし、要は吠えないようにすればいい訳だから、首輪をきつく締めるとか……言ってしまうとおぞましいけど、強く首を締めれば死ぬかもしれない」
だったら、森巣にも出来ますか? と喉まで出かかった瞬間、インターフォンが鳴った。
柳井の家は、瀬川同様の高級そうな住宅街にある、レンガ調をしたガレージ付きの一軒家だった。玄関も広く、観葉植物が置かれ、壁にはセザンヌの林檎の油絵がかかっている。
「教師って、お金になるんですか?」と訊ねずにはいられない。
「おれとしては、進路調査で迷ってる平に憧れてもらえたら嬉しいんだけど、残念。儲かるのはパイロットだ」と柳井は苦笑し、「父親がパイロットだったんだよ」と続けた。話を聞くと、どうやら実家を譲り受け、今は一人で暮らしているらしい。
廊下を抜け、広々としたリビングに通された。
畳くらいの大きなテレビに驚き、そしてその両脇に立っている縦長のスピーカーに驚く。テレビに向かって置かれている革張りのソファも、座り心地が良さそうだ。天井も高く、きょろきょろと辺りを見てしまう。
当たり前のことかもしれないけど、金持ちの家というのは見かけだけではなく、家の中も高級感で溢れているのだなと思い知る。
「コーヒー飲めるか?」
「はい、すいません」
コーヒーの入ったマグカップを持って、柳井がキッチンからやって来る。
「素敵な家ですね。一人で広い家に住むっていうのは夢ですよね」
「実家なんだけどな。平も一人暮らしを始めたら、怠惰にならないよう気をつけるんだぞ」
柳井がそう言って、テーブルの上に積まれている書類や文房具をまとめる。それを見ながら、そうですねぇと苦笑し、青いマグカップを口に運んだ。
家のコーヒーはインスタントだし、自分にはコーヒーの違いなんてわからないだろうと思っていたけど、美味かった。コーヒーの香りが口の中に広がり、味は濃いけど苦くはない。むしろ、まろやかな甘味を感じた。
「じゃあ、順を追って教えてもらえるか? 犯人に心当たりがあるって言ってたけど、どういうことだ?」
「実はさっきまで六組の森巣と一緒に、瀬川の話を聞いていたんですけど、瀬川は犯人の後ろ姿を覚えてて、犯人が着ていたパーカーには白い蝶のマークが入ってたそうなんですよ。実は前に僕もクビキリの犯人を近所の公園で見たことがあるんですけど、そいつも同じパーカーを着てました」
柳井は腕を組み、真剣な面持ちで話を聞いてくれている。
「それで、先生に説明するまで、自分でも気づけないことがあったんです」
このことは瀬川の前で、思っても口に出すことは出来ないし、目的が瀬川の犬の救出である以上、考えたくなかったのかもしれない。
いや、本当にそうなのか?
森巣は自信満々で犬は生きていると言っていた。あの柔らかい笑顔と優しい言葉、そして瀬川の反応を見て、僕も犬は生きていると信じて疑わなかった。
森巣は、自分の容姿と影響力を熟知しており、僕らを誘導していたのではないか。
犬の鳴き声がしなければ、逃げることができる。
「瀬川の犬は拐われた直後に殺されたんだと思うんです。角を曲がってすぐに、首の骨を折って、塀の向こうに放り投げたんですよ。それで、犯人も塀を乗り越えたんです」
柳井は神妙な顔をしてコーヒーを口に運んだ。僕には自分の考えが正しいか、客観的に判断してくれる人が必要だった。ひどくもどかしく感じながら、固唾を飲んで待っていると、柳井は「そうだな」と口を開いた。
「首の骨を折るだけで死ぬわけじゃない。首の奥の脊髄まで損傷して、頚椎損傷になることで呼吸ができず、死に至るんだ」
「……そうなんですね。じゃあ、無理ですか」
自分の推理が外れ、落胆する。が、わずかに安堵する気持もあった。
「いや、瀬川の犬は小型犬だし、要は吠えないようにすればいい訳だから、首輪をきつく締めるとか……言ってしまうとおぞましいけど、強く首を締めれば死ぬかもしれない」
だったら、森巣にも出来ますか? と喉まで出かかった瞬間、インターフォンが鳴った。