作品なんじゃないかな

文字数 2,722文字

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 急遽、森巣の手伝いをすることになり、二人で犬を奪われた生徒の家に向かう。
 森巣は放課後、その同級生から詳しい話を聞いて、犬探しを手伝うことになっていたらしい。職員室に呼び出されてしまったため、後で家に向かうと約束をしていたのだそうだ。

「僕も行っていいのかな? 犬を奪った犯人が、クビキリの犯人と同じとも限らないし」
「大丈夫だよ。クビキリとの関連はいったん置いておくとしても、平は話しやすいから相談役になってもらいたいんだよね。まだ詳しくは聞けてないんだけど、犬を拐われた状況がちょっとおかしいらしくてさ」
「まあいいけど。でも、森巣はどうしてそこまでするんだい?」
 野次馬根性でやっているようではないし、何故なんだろうという素朴な疑問だ。
「ペットを拐われたの、うちのクラスの委員長なんだ。いつも一生懸命頑張ってるから何かしてあげたいんだよ。それに、困ってる人がいると、もやもやっとしちゃうんだよね」

 むず痒そうに言う森巣を見ていたら、なんとなく森巣という人がわかってきた。森巣は初対面の僕にも気さくで、壁がなかった。壁がない人間だからこそ、誰かに手を差し伸べようという範囲が広いのかもしれない。

 そして、そういう壁がなく、他人のために頑張れる人を見ると、自分の気持ちも動かされ、つい行動を起こしてしまう。

「森巣はお人好しなんだな」
「そうかな? 手伝ってくれる平も、相当のお人好しだと思うけどね」
「どうかな。僕はただ」

 少し、楽しんでいる。多分、誰かに頼られるということが、あまりないからだろう。話をする友達はいるけど、親から言われているから、放課後も勉強ばかりしている。不謹慎だけど、トラブルに巻き込まれた同級生のために調査をする、ということに浮き足立っていた。

「何かをしたいだけかも」
「何か、か。部活はやってないの?」
「やってない……でも」

 でも、まで言ってしまったので、森巣がどうしたのかと視線で訊ねてくる。これを人に言うのは初めてだ。

「ギターをやってるんだ」

「すごいね」と、感心するように目を開いた森巣に、「趣味だけどね」と続ける。去年、兄に誕生日プレゼントでエレキギターをもらってから、細々と練習している。けど、親がいる時にやると怒られそうだから、仕事から帰ってくるまでしか触れない。
「うちの学校は軽音楽部がないから、自分の部屋でちまちま練習してる」
「聞いたことがあるんだけど、昔、不祥事を起こして廃部になったらしいよ。でも、もうロックは危険って時代でもないだろうにね」
「バイク盗んだり、窓ガラス割ったりされると思ってるのか」
「進学校だし、軽音楽部に入りたいって思う生徒が少ないのかもね。平はバンド組みたいとかって思わないの?」
「どうだろう。作曲の仕方もわからないし、バンドで演奏するってイメージがわかないな」
「作曲って確かに難しそうだよね」

 高校生がやるならコピーバンドが多いのだろう。既存の曲のメロディやリフを耳コピする練習は、もちろん僕もしている。だけど、それで人に聴いてもらいたいとは思わない。

「でも、有名なミュージシャンの中には、頭の中で完成したメロディが流れてきて、それを演奏しているって人もいるんだよ。ポール・マッカートニーは夢の中で聴いた曲を再現したって有名な話もある」
「へえ、面白いね。きっとそういう風に曲が生まれるのは、覚悟を決めるとか恋に落ちるみたいに、その人の人生に訪れる必然の出来事なんだろうねー」
「いつかそんな、雷に打たれるような日が来たらいいな」

 ついさっき知り合ったばかりだけど、森巣とはずっと前から付き合いのある友人であるように感じてしまう。なのでつい、気が緩んでしまった。

「クビキリ、あれも犯人にとっての曲というか、作品なんじゃないかなと思うんだけど、どう思う? 動物の首と胴体を切り離しただけだけど、人の目に触れさせようとしているじゃないか。何か犯人のメッセージがあるんじゃないかなって気がしてるんだ」

 しばらく待っても森巣からの返事がなく、すっと体温が下がるような感覚を味わう。
 気持ち悪いと思われたのではないかと、腹の中で不安がぐるぐると渦が巻き、バツの悪さに飲まれていく。

「そうだね、『死』じゃないかな。動物の死っていう話じゃなくて、もっと概念のような気がする。首と胴体が切り離されてたら、もう助からないってハッキリわかるしね」

 そして、苦笑いをしながら「これ以上はちょっと、犯人じゃないとわからない気がするなぁ」と頭をかいた。僕はほっと胸を撫で下ろし、「変なことを言ってごめん」と謝る。
 だけど、森巣が自分とほぼ同じことを感じていたということに、くすぐったさのようなものを覚えていた。
 自分には人には言えない趣味がある。
 命が失われた事件や事故が起きると、その現場に行く。

 例えば、人が逃げ遅れて死んでしまうような火事が起これば、後日そこに行って真っ黒になった家を見に行く。母親が育児放棄をし、衰弱死した子供の屍体を河川敷に捨てたというニュースを見たら、その河川敷に向かう。飲酒運転による交通事故が起きれば、タイヤ痕が残る交差点に向かう。
 そこで、死を悼み、花やジュースをお供えするわけではない。写真を撮ったり、事件の記録を取ったり、なんておぞましいことをする犯人なんだ、と震えるわけでもない。

 ただ、ここで命が消えたのか、と漠然と考える。美術館でぼーっと絵を眺めるような感覚なのかもしれない。何かを得たような気持ちになり、自分の生活に戻る。
 森巣には言っていないが、犯人を目撃する二週間前にも、僕はあの公園でクビキリを見つけていた。ベンチの上で横になっている黒猫の体と、その脇に置かれている頭をぼーっと眺めてから、公園に穴を掘り、埋葬した。

 だらっと体が垂れる黒猫を持ったときの冷たさ、感触や重さを、まだ手が覚えている。

 話題にならなかったことに気づき、悔しくなった犯人が、またあの公園にクビキリを置くのではないかと、僕は予想していた。だから、家に帰るときは絶対に公園を通ることにしていたのだ。

「着いたよ」

 森巣の声とインターホンの音が鳴り、はっとする。
 目の前には門があり、その奥に瀟洒な青い屋根の家が建っていた。表札の「瀬川」という文字を見て、おや、と思う。玄関から現れた女子生徒を見て、心臓がばくんと跳ねた。

「森巣くん、わざわざありがとう。……あれ、平くん?」と言う彼女、瀬川潔子(せがわきよこ)とは去年同じクラスだった。
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登場人物紹介

平羊介 音楽が趣味の平凡な高校生。だったはずが、同級生の森巣と出会い、平和な日常が終わる。勇気を試され、決断を迫られ、町で起こる事件に巻き込まれて行く。

森巣良 イケメンで優しい、クラスの中心にいる生徒。だけど彼には裏の顔があり……その正体は腹黒毒舌名探偵だった。正義の味方ではないが、自分の町で起こる事件に、森巣なりの美学を持って解決しようとする。

小此木霞 平と森巣の高校の先輩。森巣とは幼馴染で、彼が心を許している数少ない存在。森巣の裏の顔や、彼が何をしているのか知っている。知識が豊富でパズルが得意なので、たまに森巣に協力をする。事件に挑む二人のよき理解者。

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