口止め料はギターケースに
文字数 4,929文字
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僕に百万円をくれたおじさんは、しばらくしたら戻って来ると、ほぼ下着姿になって一人でコサックダンスもどきを踊り、強面の三人組に連れて行かれた。
王様は、何故あんなことをしたのだろうか?
「麻薬絡みでしょうか」
「わたしもそんな気がしてた」
膝の上のボディバッグに手を乗せる。これが危ない金だとわかったことで、どうすればいいのかもわかった。
「これは、警察に持っていけばよさそうですね」
さっきの物騒な連中に、「その男から、これをもらったんですけど」と封筒を渡すのは気が引けるけど、交番に行って事情を話すのは苦ではない。
「ちょっと待って」
小此木さんが口元に手をやり、じっと僕のバッグを見つめている。
「変じゃないかな?」
「そりゃあ、変ですよ。僕に金を渡すなんて」
「そうなの! そこなの!」
顔が近づけられ、どきっとしながら「どこのことですか」と訊ねる。
「あの人は、なんで平くんにお金を渡したんだろう?」
「知りませんよ。僕を薬の売人と勘違いしたとか?」
「お金を払ったけど、平くんは何も渡してないでしょ。なのに、なんであんなことをしたんだろう」
ああ確かに、と思いつつ、「まだ薬を持っていたからでは?」という反論も思い浮かぶ。
「その百万円と、あの物騒な人たちは無関係だと思う?」
「タイミング的に、無関係ではないと思ってもいいんじゃないですか」
「じゃあ、普通に考えると、あの危なそうな人たちに捕まりたくはないよね。なのに、なんで目立つことをしたんだろう。平くんにお金を渡すときは、シラフだったわけでしょ」
「シラフだったかはわかりませんけど、服はちゃんと着てましたね」
「もしかしてさ、あの人たちに封筒を取られたくなかったんじゃないかな? だから、とりあえず平くんが目に入ったから、お金を渡したとか」
「誰でも良かったってことですか?」
小此木さんが、ぱちんと手を叩き、口角を上げた。
「ストリートミュージシャンのギターケースの中っていうのが一時的な保管場所には良いと思えたんじゃないかな!?」
「結構リスキーですね。僕が演奏をすぐにやめちゃう、とかって思わなかったのか」
「追っ手が迫ってるから、考える余裕がなかったのかも」
「小此木さんなら、そうしますか?」
「しない」と反射的に答え、「違うかー」と目を手で押さえた。「わたしだったら、コインロッカーに入れて、鍵を落し物ですって駅に預けて、後で取りに行く」
自分ならどうするだろうか? と考えてみるが、小此木さんよりも良いものが思い浮かばない。中身が現金だというのが、ネックだ。
「……小此木さん、もしかして自力で解決したいと思ってます?」
「なにをもって解決なのかはわからないけど、警察に持って行ったところで、何が起こったのかはわからないままでしょ? だから、納得するまで考えたいんだけど」
そこで溜めて、小此木さんは少し上目遣いで「ダメかな?」と訊ねてきた。
その目で、そんなことを言われて、ダメと言える男はいないだろう。
「僕は、小此木さんの方から、警察に行こうって言うと思ってましたよ」
「わたしって保守的に見える?」
「保守的というか、真面目には」
真面目とは違うんだけどな、と小此木さんは腕を組み、「例えば」と言って僕を見た。
「自分の友達が何か危ない薬をやっていたら、どうする?」
「そりゃあ、止めますよ」
「止められる? 学校や警察に言える? その告白を受けてから、次の日、次の次の日、意外と普通だなとかって思って慣れてしまわない? それで、なにかあった後に、納得したフリをしないと言い切れる?」
畳み掛けるように訊ねられ、気圧される。自分ならどうする? と考え始め、中学時代を思い出した。
中学校のとき、万引きをしていると自慢げに話すクラスメイトがいた。僕はいい顔をしなかったけど、強く「やめろよ」と言うこともできなかった。痛いところを突かれ、眉間に皺が寄る。
「時間がなかったから、とか、自分は関係ないって納得をしたフリをすると、いざというときに立ち向かう選択肢が取れなくなる気がするのが恐いの。納得できないっていう状態に戻るのは大変だし」
「小此木さんの言いたいことが、わかった気がします」
「ごめんね、わたしのワガママに付き合わせちゃって。偉そうなことを言ったけど、さっき連れて行かれるのを見ながら、自分が呆然として何もできなかったのが許せなくて。だから納得したいの。納得しないと、いつまでもこのことを振り返りながら過ごしそうじゃない。あれは何だったんだろう、どうすればよかったんだろうって」
小此木さんはボランティア部に所属し、取り組みを表彰されたりしている。納得がいかなければ立ち向かう、というのが彼女のモットーなのかもしれない。
学校では才色兼備で人当たりもよく、学年が違う僕でさえ名前を知っている彼女の、意外な一面を垣間見た気がする。もっとクールな人かと思っていた。
「僕はいいですけど、さすがに封筒を持って帰るのは無理ですよ」
「それで大丈夫! ちょっと考えてみよう」
屈託無く微笑む小此木さんを見ながら、日が暮れるまでここにいようと思った。
「不思議なのは、なんで僕に金の入った封筒を渡したのかっていうのと、なんであんな目立つことをしたのかっていう二つのポイントですよね」
「だね。あっそうだ、封筒の中身はお金だけだった?」
人前で札束を出すのは憚られたし、ぱらっと確認した程度だから、ちゃんと枚数も確認していない。「見てみますか」
ボディバックを開けて、茶封筒を取り出す。一人だと不安だけど、隣に小此木さんがいるから、札束の入った封筒を外で持つことにも耐えられた。周囲を確認してから中を覗き、右手を入れる。
指先が、すべすべした質感の一万円札に触れる。そっと一枚一枚捲ってみるも、数枚だけ本物で、中は新聞紙なんてこともなかった。一枚一枚数えながら、何か挟まっていないかを確かめる。
「なにか入ってる? 鍵とか発信機とか」
「いや、そういうのはなさそうですよ」
指が百一枚目の紙に触れた。てっきり、百万円だと思っていたので、袋の中を覗き込む。
一番後ろに、白い紙がまざっている。指で挟み、するりと抜き出す。
『何卒、内密によろしくお願い致します』
白紙に、それだけプリントアウトされていた。
小此木さんと顔を見合わせ、そっと紙を封筒の中にしまう。
「小此木さんに言っちゃいましたけど、どうしましょう」
「わたしは誰にも言わないよ」
「もう仕方がないですよね」
周囲を見回し、誰かがこちらを見ていないか確認する。行き交う人々は、歩を止めることなくそれぞれの目的地へ向かっている。待ち合わせ時間を持て余している人たちは、みんな手元のスマートフォンを見つめていた。誰も僕らのことなんて見ていない。
「金の入った封筒を渡して、秘密にする約束を守れるか実験しているってことはないですかね? 口外したら没収に来る、みたいな」
「そんなことやっても、なんの得もないよね。そういうイタズラが流行っているなんて話も聞かないし」
「そうですよねぇ。じゃあ、お金を一時的に預けるけど、騒がないでくださいっていう意図だったっていうのはどうでしょう」
「それもどうだろう。成し遂げたい目的があるんだとしたら、説明不足な気がしない? 無言でお金を渡すけど、使っていいのかよくないのか、は言うべきだよね。儲けたぜ、ラッキー! って使われちゃうかもしれないし」
そう言うと、小此木さんはパチンと指を鳴らした。
「なにかわかったんですか?」
「自分が、なにに引っかかっていたのか、がわかった。お金を受け取った相手が、なんのことかわからないのが、変なんだよ。つまり、相手は平くんにお金を渡せば、言わなくても伝わると思ってたんじゃないかな」
「言われてませんけど、なんにもわかりませんよ」
「あの、裸の王様とは面識はなかったんだよね?」
「あんな変な知り合いはいないです」
「じゃあ、平くんが二時間ベンチに座っている間に、何かを見ちゃったんじゃない? それで、向こうはバッチリ見られたと思って、その口止料をギターケースに入れた。人前で言うのは憚れるから、事情を説明しなかった。例えば、置き引きをしているとき、バッチリ目が合っちゃったとか」
「百万円以上の価値のある何かを、僕が見ちゃったってことですか?」
で、何を見たの? と小此木さんが期待の眼差しを僕に向けてくる。
「本っ当に、ただぼーっとしてたんですよ。それこそ、足元を歩く鳩を見て、首のところが綺麗な緑だなーとか考えてました」
「……鳩って」
「なんか、すいません」と謝りながら、「だけど」と疑問を口にする。
「なにかを秘密にしたくて僕に口止料を払ったのに、なんであんな目立つ真似をしたんでしょうか?」
「あれは、何か危ない薬をやっちゃったから、とかじゃないの?」
「だとしたら、なんで落ち着いた場所でやらなかったんですかね」
うーんと首をかしげる小此木さんを見ながら、質問してばかりじゃ悪いな、と僕も考えてみる。
麻薬中毒者だったから正常な判断ができなかった、と言うとそれまでだけど、だとしたら、僕に金の入った封筒を渡す前はなぜ我慢できたのか。我慢してまで僕に封筒を渡した理由はなんなのだろうか。
「ねえ、フラッシュソロって知ってる?」
「なんですかそれ」
小此木さんはいつの間にかスマートフォンを手にしており、それをこちらに向けてきた。画面には、鳥のマークで有名なSNSが表示されている。
何かのアニメのアイコンと、「ミニスカサンタのおっさんが踊ってた。疲れてるのは、俺と世界どっちだ?」という文章、そして太った男が赤と白のもこもことしたサンタクロースの格好をしている写真が写っていた。
「なんですかコレ? なんですかコレは!?」
「さっきの出来事を誰かがネットにあげてないかな? と思って調べてみたの。王様はなかったんだけど、最近、おじさんが街中で一人で踊ってたっていう投稿を四人分見つけた。フラッシュモブを一人でやってるから、フラッシュソロって言われてるみたい」
フラッシュモブは知っている。友人知人や、ネットで呼びかけたメンバーが、町中で突然歌って踊りだしたりすることのことだ。町中でフラッシュモブをして、プロポーズの演出にした、という映像をテレビで見たことがある。
「いい歳して、なにをしてるのか」
「大勢でやるのは嫌で、一人でやりたかったのかもね。弾き語り的な?」
「心の底から一緒にされたくないんですけど」
「ちょっと前に流行ったディズニー映画の格好をして、独唱をした人もいるみたいだよ」
「だよって言われても。一緒じゃないですからね」
「しかし、なんなんだろうね。中年男性の間で、密かなブームなのかな。フラッシュソロで、本当の自分デビュー! みたいな」
「会社勤めは大変なんですかねぇ」
おじさんのギャグって、大抵スベってるからよくわからないね、と言い、小此木さんは神妙な顔でスマートフォンをしまった。
「そう言えば、王様って薬をやってたんですかね? 男たちに囲まれたとき、取り乱したりしないで素直に応じてましたよね」
「確かにそうかも。となると、正常な判断能力があったってことかあ」
「変なことをしている人がいるって知っていたから、便乗したのかもしれないですね」
となると、やはり王様がなぜ捕まりたがったのか? が問題になる。小此木さんも、黙り込んで、地面を睨んでいる。がちゃがちゃと知恵の輪を回し、いつまでも同じことを繰り返しているような徒労感を覚え始めた。
ふーっと息を吐き出し、周りを見ると、ピエロがペットボトルを口につけ、掲げていた。飲んでも飲んでも、水が減らないと驚いている。
「僕、何か飲み物買ってきますよ」
僕に百万円をくれたおじさんは、しばらくしたら戻って来ると、ほぼ下着姿になって一人でコサックダンスもどきを踊り、強面の三人組に連れて行かれた。
王様は、何故あんなことをしたのだろうか?
「麻薬絡みでしょうか」
「わたしもそんな気がしてた」
膝の上のボディバッグに手を乗せる。これが危ない金だとわかったことで、どうすればいいのかもわかった。
「これは、警察に持っていけばよさそうですね」
さっきの物騒な連中に、「その男から、これをもらったんですけど」と封筒を渡すのは気が引けるけど、交番に行って事情を話すのは苦ではない。
「ちょっと待って」
小此木さんが口元に手をやり、じっと僕のバッグを見つめている。
「変じゃないかな?」
「そりゃあ、変ですよ。僕に金を渡すなんて」
「そうなの! そこなの!」
顔が近づけられ、どきっとしながら「どこのことですか」と訊ねる。
「あの人は、なんで平くんにお金を渡したんだろう?」
「知りませんよ。僕を薬の売人と勘違いしたとか?」
「お金を払ったけど、平くんは何も渡してないでしょ。なのに、なんであんなことをしたんだろう」
ああ確かに、と思いつつ、「まだ薬を持っていたからでは?」という反論も思い浮かぶ。
「その百万円と、あの物騒な人たちは無関係だと思う?」
「タイミング的に、無関係ではないと思ってもいいんじゃないですか」
「じゃあ、普通に考えると、あの危なそうな人たちに捕まりたくはないよね。なのに、なんで目立つことをしたんだろう。平くんにお金を渡すときは、シラフだったわけでしょ」
「シラフだったかはわかりませんけど、服はちゃんと着てましたね」
「もしかしてさ、あの人たちに封筒を取られたくなかったんじゃないかな? だから、とりあえず平くんが目に入ったから、お金を渡したとか」
「誰でも良かったってことですか?」
小此木さんが、ぱちんと手を叩き、口角を上げた。
「ストリートミュージシャンのギターケースの中っていうのが一時的な保管場所には良いと思えたんじゃないかな!?」
「結構リスキーですね。僕が演奏をすぐにやめちゃう、とかって思わなかったのか」
「追っ手が迫ってるから、考える余裕がなかったのかも」
「小此木さんなら、そうしますか?」
「しない」と反射的に答え、「違うかー」と目を手で押さえた。「わたしだったら、コインロッカーに入れて、鍵を落し物ですって駅に預けて、後で取りに行く」
自分ならどうするだろうか? と考えてみるが、小此木さんよりも良いものが思い浮かばない。中身が現金だというのが、ネックだ。
「……小此木さん、もしかして自力で解決したいと思ってます?」
「なにをもって解決なのかはわからないけど、警察に持って行ったところで、何が起こったのかはわからないままでしょ? だから、納得するまで考えたいんだけど」
そこで溜めて、小此木さんは少し上目遣いで「ダメかな?」と訊ねてきた。
その目で、そんなことを言われて、ダメと言える男はいないだろう。
「僕は、小此木さんの方から、警察に行こうって言うと思ってましたよ」
「わたしって保守的に見える?」
「保守的というか、真面目には」
真面目とは違うんだけどな、と小此木さんは腕を組み、「例えば」と言って僕を見た。
「自分の友達が何か危ない薬をやっていたら、どうする?」
「そりゃあ、止めますよ」
「止められる? 学校や警察に言える? その告白を受けてから、次の日、次の次の日、意外と普通だなとかって思って慣れてしまわない? それで、なにかあった後に、納得したフリをしないと言い切れる?」
畳み掛けるように訊ねられ、気圧される。自分ならどうする? と考え始め、中学時代を思い出した。
中学校のとき、万引きをしていると自慢げに話すクラスメイトがいた。僕はいい顔をしなかったけど、強く「やめろよ」と言うこともできなかった。痛いところを突かれ、眉間に皺が寄る。
「時間がなかったから、とか、自分は関係ないって納得をしたフリをすると、いざというときに立ち向かう選択肢が取れなくなる気がするのが恐いの。納得できないっていう状態に戻るのは大変だし」
「小此木さんの言いたいことが、わかった気がします」
「ごめんね、わたしのワガママに付き合わせちゃって。偉そうなことを言ったけど、さっき連れて行かれるのを見ながら、自分が呆然として何もできなかったのが許せなくて。だから納得したいの。納得しないと、いつまでもこのことを振り返りながら過ごしそうじゃない。あれは何だったんだろう、どうすればよかったんだろうって」
小此木さんはボランティア部に所属し、取り組みを表彰されたりしている。納得がいかなければ立ち向かう、というのが彼女のモットーなのかもしれない。
学校では才色兼備で人当たりもよく、学年が違う僕でさえ名前を知っている彼女の、意外な一面を垣間見た気がする。もっとクールな人かと思っていた。
「僕はいいですけど、さすがに封筒を持って帰るのは無理ですよ」
「それで大丈夫! ちょっと考えてみよう」
屈託無く微笑む小此木さんを見ながら、日が暮れるまでここにいようと思った。
「不思議なのは、なんで僕に金の入った封筒を渡したのかっていうのと、なんであんな目立つことをしたのかっていう二つのポイントですよね」
「だね。あっそうだ、封筒の中身はお金だけだった?」
人前で札束を出すのは憚られたし、ぱらっと確認した程度だから、ちゃんと枚数も確認していない。「見てみますか」
ボディバックを開けて、茶封筒を取り出す。一人だと不安だけど、隣に小此木さんがいるから、札束の入った封筒を外で持つことにも耐えられた。周囲を確認してから中を覗き、右手を入れる。
指先が、すべすべした質感の一万円札に触れる。そっと一枚一枚捲ってみるも、数枚だけ本物で、中は新聞紙なんてこともなかった。一枚一枚数えながら、何か挟まっていないかを確かめる。
「なにか入ってる? 鍵とか発信機とか」
「いや、そういうのはなさそうですよ」
指が百一枚目の紙に触れた。てっきり、百万円だと思っていたので、袋の中を覗き込む。
一番後ろに、白い紙がまざっている。指で挟み、するりと抜き出す。
『何卒、内密によろしくお願い致します』
白紙に、それだけプリントアウトされていた。
小此木さんと顔を見合わせ、そっと紙を封筒の中にしまう。
「小此木さんに言っちゃいましたけど、どうしましょう」
「わたしは誰にも言わないよ」
「もう仕方がないですよね」
周囲を見回し、誰かがこちらを見ていないか確認する。行き交う人々は、歩を止めることなくそれぞれの目的地へ向かっている。待ち合わせ時間を持て余している人たちは、みんな手元のスマートフォンを見つめていた。誰も僕らのことなんて見ていない。
「金の入った封筒を渡して、秘密にする約束を守れるか実験しているってことはないですかね? 口外したら没収に来る、みたいな」
「そんなことやっても、なんの得もないよね。そういうイタズラが流行っているなんて話も聞かないし」
「そうですよねぇ。じゃあ、お金を一時的に預けるけど、騒がないでくださいっていう意図だったっていうのはどうでしょう」
「それもどうだろう。成し遂げたい目的があるんだとしたら、説明不足な気がしない? 無言でお金を渡すけど、使っていいのかよくないのか、は言うべきだよね。儲けたぜ、ラッキー! って使われちゃうかもしれないし」
そう言うと、小此木さんはパチンと指を鳴らした。
「なにかわかったんですか?」
「自分が、なにに引っかかっていたのか、がわかった。お金を受け取った相手が、なんのことかわからないのが、変なんだよ。つまり、相手は平くんにお金を渡せば、言わなくても伝わると思ってたんじゃないかな」
「言われてませんけど、なんにもわかりませんよ」
「あの、裸の王様とは面識はなかったんだよね?」
「あんな変な知り合いはいないです」
「じゃあ、平くんが二時間ベンチに座っている間に、何かを見ちゃったんじゃない? それで、向こうはバッチリ見られたと思って、その口止料をギターケースに入れた。人前で言うのは憚れるから、事情を説明しなかった。例えば、置き引きをしているとき、バッチリ目が合っちゃったとか」
「百万円以上の価値のある何かを、僕が見ちゃったってことですか?」
で、何を見たの? と小此木さんが期待の眼差しを僕に向けてくる。
「本っ当に、ただぼーっとしてたんですよ。それこそ、足元を歩く鳩を見て、首のところが綺麗な緑だなーとか考えてました」
「……鳩って」
「なんか、すいません」と謝りながら、「だけど」と疑問を口にする。
「なにかを秘密にしたくて僕に口止料を払ったのに、なんであんな目立つ真似をしたんでしょうか?」
「あれは、何か危ない薬をやっちゃったから、とかじゃないの?」
「だとしたら、なんで落ち着いた場所でやらなかったんですかね」
うーんと首をかしげる小此木さんを見ながら、質問してばかりじゃ悪いな、と僕も考えてみる。
麻薬中毒者だったから正常な判断ができなかった、と言うとそれまでだけど、だとしたら、僕に金の入った封筒を渡す前はなぜ我慢できたのか。我慢してまで僕に封筒を渡した理由はなんなのだろうか。
「ねえ、フラッシュソロって知ってる?」
「なんですかそれ」
小此木さんはいつの間にかスマートフォンを手にしており、それをこちらに向けてきた。画面には、鳥のマークで有名なSNSが表示されている。
何かのアニメのアイコンと、「ミニスカサンタのおっさんが踊ってた。疲れてるのは、俺と世界どっちだ?」という文章、そして太った男が赤と白のもこもことしたサンタクロースの格好をしている写真が写っていた。
「なんですかコレ? なんですかコレは!?」
「さっきの出来事を誰かがネットにあげてないかな? と思って調べてみたの。王様はなかったんだけど、最近、おじさんが街中で一人で踊ってたっていう投稿を四人分見つけた。フラッシュモブを一人でやってるから、フラッシュソロって言われてるみたい」
フラッシュモブは知っている。友人知人や、ネットで呼びかけたメンバーが、町中で突然歌って踊りだしたりすることのことだ。町中でフラッシュモブをして、プロポーズの演出にした、という映像をテレビで見たことがある。
「いい歳して、なにをしてるのか」
「大勢でやるのは嫌で、一人でやりたかったのかもね。弾き語り的な?」
「心の底から一緒にされたくないんですけど」
「ちょっと前に流行ったディズニー映画の格好をして、独唱をした人もいるみたいだよ」
「だよって言われても。一緒じゃないですからね」
「しかし、なんなんだろうね。中年男性の間で、密かなブームなのかな。フラッシュソロで、本当の自分デビュー! みたいな」
「会社勤めは大変なんですかねぇ」
おじさんのギャグって、大抵スベってるからよくわからないね、と言い、小此木さんは神妙な顔でスマートフォンをしまった。
「そう言えば、王様って薬をやってたんですかね? 男たちに囲まれたとき、取り乱したりしないで素直に応じてましたよね」
「確かにそうかも。となると、正常な判断能力があったってことかあ」
「変なことをしている人がいるって知っていたから、便乗したのかもしれないですね」
となると、やはり王様がなぜ捕まりたがったのか? が問題になる。小此木さんも、黙り込んで、地面を睨んでいる。がちゃがちゃと知恵の輪を回し、いつまでも同じことを繰り返しているような徒労感を覚え始めた。
ふーっと息を吐き出し、周りを見ると、ピエロがペットボトルを口につけ、掲げていた。飲んでも飲んでも、水が減らないと驚いている。
「僕、何か飲み物買ってきますよ」