誰かのための脇役にもなりたくない
文字数 4,056文字
5
瀬川の犬を奪った犯人が逃げ込んだ先は、袋小路だった。
犯人は煙のように消えたというのか? そんな馬鹿な。
「瀬川、マリンちゃんは吠えてた?」
「ええっと……最初は何が起こったかわからないみたいだったけど、リードを奪われてからは、不安そうに鳴いたり吠えていたりしたと思う」
「犯人と角に消えてからは?」
森巣の畳み掛けるような質問を受け、瀬川は考えこむように口元に手をやった。なんだか記憶を掘り起こす音が聞こえてきそうだ。
「ちょっと思い出せない。ごめんね」
申し訳なさそうに俯く瀬川に、森巣は「あぁいや、気にしないで」とフォローを入れた。僕にも、遅れて森巣が何を知りたがっているのかがわかった。
左右にはそれぞれ、百五十から百六十センチほどの塀がある。右の塀の向こうにはクリーム色の家が見え、左側の塀の上からは、庭木の枝が張り出していた。
「どっちに逃げたんだろう?」
塀に手を伸ばし、乗り越えられない高さではない。だけど、犯人は犬も連れていた。犬の鳴き声がすれば、どっちに逃げ込んだかはわかったはずだ。
犯人は犬を連れてどうやって消えたのか。子供の頃に読んだ探偵小説では、怪人は扉の裏に隠れていたけど、ここに扉はない。奥の壁に何かないだろうか、と進む。
コンクリートの壁の傾斜は大きく、駆け上がるのは無理な角度だ。それに、壁の上にはフェンスが張られている。何か仕掛けはないよな、と壁を触ってみるが、ざらっとした感触が掌に伝わるだけだ。
これは参ったなぁ、と途方に暮れ、頭に手をやる。ちらりと様子を窺うと、瀬川は唇を結び、湿っぽい顔をしていた。
「瀬川さん、もしかして犬を奪った男って、パーカーを着てて、背中に蝶のマークが入ってなかった?」
瀬川は俯き、真剣に思い起こすような間を空けて、顔を上げた。
その目は、記憶の中の犯人の背中にそれを見つけたかのように、見開いている。
「……どうして知ってるの?」
クビキリ犯人の後ろ姿だとは言えず、今になって僕は、自分が軽はずみに質問をしてしまったと、後悔の波に飲まれた。
瀬川が、何か知ってるのか? と今度は森巣に視線を移す。瀬川の顔は青ざめ、ごまかせる雰囲気ではなくなってしまった。
「実は、森巣がクビキリの犯人を見たんだ」
「ウソ、そんな」
瀬川が口に手をやった。目に涙を浮かべ始め、そのまま、膝から崩れ落ちるのではないかと心配になる。だけど、僕にはなにもできなかった。彼女を失意のどん底に突き落としてしまったのは、自分だ。罪悪感に襲われるが、ただ耐えることしかできない。
「瀬川、大丈夫だよ! マリンちゃんは絶対に無事だから」
陽だまりのように暖かく、優しい声だった。
森巣が瀬川に歩み寄り、手を握る。
瀬川が森巣を見上げる目は潤んでいたけど、不安の色は消えていた。期待と信頼の眼差しを森巣に送っている。
森巣はそれを受けて、ゆっくりと頷いた。
家の前まで送り届けた頃には、瀬川は落ち着きを取り戻していた。僕たちに礼を言うと、門の向こう、家の中へ帰って行く。
「森巣、何かわかったのか?」
向き直ると、森巣は首肯した。が、歯がゆそうな表情をしている。
「でも、まだ人に言える段階じゃないんだ。俺はもう一度、あの袋小路を調べてくるから、平も俺を信じてもうちょっとだけ待ってほしい。今日は本当にありがとう」
森巣はそう言うと、じゃあ、と軽く手を振り、小走りで去って行った。
僕もついて行こうかと思ったけど、森巣は一人で調べたいのかもしれないな、と躊躇してしまう。遠ざかり、どんどん小さくなっていく森巣の背中を見送りながら、一息吐き、僕は回れ右をした。
胸の中のざわつきは凪いでいた。代わりに、確信にも似た予感を覚えている。僕は何も気づけなかったけど、森巣は何かを見つけたようだ。森巣はきっと、犯人がどうやって消えたのか、その謎を解き明かし、瀬川のペットを救い出すのだろう。
一人に戻り、どこか空虚な気持ちになっているけど、そもそも僕は、事件を解決したかったのか? 違う。クビキリのことは前から興味を持っていたけど、ただ僕の趣味の一環で知っていただけだ。
森巣に当てられたのだろう。声を掛けられ、調査に参加し、楽しんでいた。瀬川の犬を助け、自分が主役になるチャンスが来たとでも、思っていたのだろうか。
ふと、ポケットの中のスマートフォンが震えていることに気がついた。
取り出してホーム画面を確認する。母親からのメールだとわかり、嫌な予感がした。
メールを表示すると、案の定の内容で、冷や水を浴びせられたような気持ちになる。
『お父さんの知り合いの会社で、募集があるみたいですよ、とお兄ちゃんに伝えてください』
兄に言いにくいことを代わりに伝えてほしいと、親からメールが届く。僕はメッセンジャーで、何でも言えると思っているのだろうか。ベッドに腰掛け、窓の外を見る兄の姿を思い出し、スマートフォンをしまった。
僕の前では兄はいつも笑っていたこと、去年の誕生日に、欲しかったギターを買ってくれたことを思い出す。
兄はただ、僕にギターをくれたのではない。武器をくれたのだと今は思う。
親の思い通りになっても、幸せにはなれない。
それに、誰かのための脇役にもなりたくない。
予備校やファミレスには向かわず、僕は一番近くの現場、三体目のクビキリが置かれた小学校の前にやって来た。母校だけど、兎のクビキリが戻された後にも行ったから、懐かしさは薄い。
フェンス越しに見える、校庭でサッカーをしている小学生たちを横目に、学校の周りをぐるりと回る。小学校の頃から勉強をしろと言われていたから、放課後にみんなといつまでも遊んだ記憶がない、なんだか眩しかった。
校舎の隅にある、トタン屋根の飼育小屋の前で立ち止まる。
学校を囲むフェンスは越えられない高さではないから、犯人は乗り越えて、飼育小屋の鍵を壊し、兎を連れ去ったのだろう。
小屋の中に動物の気配はない。僕が通っていた頃は、兎が三羽飼われていて、よく持参したパンの耳とか人参をあげていた。空になった飼育小屋は寒々しくて、胸を潰すような寂しさがある。
ここで飼われていた兎が殺された。
空っぽの小屋を眺めていたら、水中に沈んでいくみたいにぼーっとしてきた。
生きているものは、いつか死ぬ。
死んだものがいるけど、僕はまだ生きている。
兎は殺されたけど、僕は空っぽの小屋を眺めている。僕はまだ生きている。
「すみませーん、どうかしたましたかー?」
声が聞こえたけど、反応できなかった。「もしもーし、どうかしましたかー?」ともう一度聞こえ、我に帰る。
ふくよかな体型の女の人が校庭に立っていた。眼鏡を触りながら、不審そうにこっちを窺っている。おそらく、この学校の先生だろう。
「すいません。ちょっと近くに寄ったんで様子を見に来たんです」
「はぁ、なんのですか?」
「ここの卒業生なんですけど、飼育小屋から兎が盗まれて、酷い事があったと聞いて。その、僕は生き物係でよく餌をあげていたので」
僕が卒業生だと聞いて、相手の緊張が解けたのがわかる。眉間の皺が消え、口調も柔らかいものになった。
「卒業生の方なんですね。そうなんですか。去年から飼い始めた、パランちゃんていう白兎で、みんなで可愛がってたんだけどね……」
「酷いことをする奴がいますね」
「本当にね。どうして、こういうことを平気で出来る人がいるのかって、頭にきちゃう。だけど、犯人も元小学生なのよね」
元小学生という言い方が少し可笑しくて、苦笑する。
「小学校にいたとき、生き物は大切にしようっていうことは伝えられるけど、教えられなかったんだなって。悲しいというか虚しいというか、やるせない気持ちになっちゃうわね」
「でも、先生に責任はないでしょう」ましてや、あなたは犯人の担任じゃなかったでしょうに。
「学校で、他者を思いやる気持ちとかを学べなかったんだろうなぁって思うのよ」
「それは道徳とか国語で学べるんじゃないですか?」
「鋭いわね。さすがここが母校なだけはある」
先生はむっとすることなくそう言うと、「勉強じゃなくて、学習ができなかったんだろうなぁって思うのよねぇ」とさびしそうにもらした。
「勉強と学習は違うんですか?」
「勉強はやらされるものだけど、学習は自分から学ぶことなの。もっといろいろと学ぶべきだったのよ。本当に教えたいことって、そういうことなんだけどね」
自分から学ぶか、と反芻する。僕にはそれがちゃんとできているだろうか。
「せっかく様子を見に来てくれたのに、ごめんね。危ないから兎たちはケージに入れて、職員室の中に移動させたの。飼育小屋だと、散歩の途中に近所のお年寄りが見れてよかったんだけど」
残念そうに先生は言い、溜息を漏らした。が、急におや、と眉を上げて僕をまじまじと見始めた。何かついているだろうか、と顔や制服を検める。
「あなた、もしかして湊第二高校の生徒さんじゃない?」
「そうですけど」
「ああ、いい高校なのねぇ」と一人で何かに納得した様子でうんうん頷く先生に、「なにか?」と訊ねる。
「いやね、戻ってきたパランを見つけてくれた子も、湊二高の生徒さんだったのよ」
「小学生が見つけたんじゃないんですか」
「違うわよ。朝、湊二高の生徒さんが見つけて教えてくれたの。すごく綺麗な子だったわねぇ。男の子なんだけど」
ふっと、周りの気温が下がったような、嫌な予感を覚えた。おそるおそる、口を開く。
「もしかして、森巣ですか?」
「そうそう、確かそんな名前だったわ。お友達なの? ハンサムだし、礼儀正しくてとてもいい子ね」
瀬川の犬を奪った犯人が逃げ込んだ先は、袋小路だった。
犯人は煙のように消えたというのか? そんな馬鹿な。
「瀬川、マリンちゃんは吠えてた?」
「ええっと……最初は何が起こったかわからないみたいだったけど、リードを奪われてからは、不安そうに鳴いたり吠えていたりしたと思う」
「犯人と角に消えてからは?」
森巣の畳み掛けるような質問を受け、瀬川は考えこむように口元に手をやった。なんだか記憶を掘り起こす音が聞こえてきそうだ。
「ちょっと思い出せない。ごめんね」
申し訳なさそうに俯く瀬川に、森巣は「あぁいや、気にしないで」とフォローを入れた。僕にも、遅れて森巣が何を知りたがっているのかがわかった。
左右にはそれぞれ、百五十から百六十センチほどの塀がある。右の塀の向こうにはクリーム色の家が見え、左側の塀の上からは、庭木の枝が張り出していた。
「どっちに逃げたんだろう?」
塀に手を伸ばし、乗り越えられない高さではない。だけど、犯人は犬も連れていた。犬の鳴き声がすれば、どっちに逃げ込んだかはわかったはずだ。
犯人は犬を連れてどうやって消えたのか。子供の頃に読んだ探偵小説では、怪人は扉の裏に隠れていたけど、ここに扉はない。奥の壁に何かないだろうか、と進む。
コンクリートの壁の傾斜は大きく、駆け上がるのは無理な角度だ。それに、壁の上にはフェンスが張られている。何か仕掛けはないよな、と壁を触ってみるが、ざらっとした感触が掌に伝わるだけだ。
これは参ったなぁ、と途方に暮れ、頭に手をやる。ちらりと様子を窺うと、瀬川は唇を結び、湿っぽい顔をしていた。
「瀬川さん、もしかして犬を奪った男って、パーカーを着てて、背中に蝶のマークが入ってなかった?」
瀬川は俯き、真剣に思い起こすような間を空けて、顔を上げた。
その目は、記憶の中の犯人の背中にそれを見つけたかのように、見開いている。
「……どうして知ってるの?」
クビキリ犯人の後ろ姿だとは言えず、今になって僕は、自分が軽はずみに質問をしてしまったと、後悔の波に飲まれた。
瀬川が、何か知ってるのか? と今度は森巣に視線を移す。瀬川の顔は青ざめ、ごまかせる雰囲気ではなくなってしまった。
「実は、森巣がクビキリの犯人を見たんだ」
「ウソ、そんな」
瀬川が口に手をやった。目に涙を浮かべ始め、そのまま、膝から崩れ落ちるのではないかと心配になる。だけど、僕にはなにもできなかった。彼女を失意のどん底に突き落としてしまったのは、自分だ。罪悪感に襲われるが、ただ耐えることしかできない。
「瀬川、大丈夫だよ! マリンちゃんは絶対に無事だから」
陽だまりのように暖かく、優しい声だった。
森巣が瀬川に歩み寄り、手を握る。
瀬川が森巣を見上げる目は潤んでいたけど、不安の色は消えていた。期待と信頼の眼差しを森巣に送っている。
森巣はそれを受けて、ゆっくりと頷いた。
家の前まで送り届けた頃には、瀬川は落ち着きを取り戻していた。僕たちに礼を言うと、門の向こう、家の中へ帰って行く。
「森巣、何かわかったのか?」
向き直ると、森巣は首肯した。が、歯がゆそうな表情をしている。
「でも、まだ人に言える段階じゃないんだ。俺はもう一度、あの袋小路を調べてくるから、平も俺を信じてもうちょっとだけ待ってほしい。今日は本当にありがとう」
森巣はそう言うと、じゃあ、と軽く手を振り、小走りで去って行った。
僕もついて行こうかと思ったけど、森巣は一人で調べたいのかもしれないな、と躊躇してしまう。遠ざかり、どんどん小さくなっていく森巣の背中を見送りながら、一息吐き、僕は回れ右をした。
胸の中のざわつきは凪いでいた。代わりに、確信にも似た予感を覚えている。僕は何も気づけなかったけど、森巣は何かを見つけたようだ。森巣はきっと、犯人がどうやって消えたのか、その謎を解き明かし、瀬川のペットを救い出すのだろう。
一人に戻り、どこか空虚な気持ちになっているけど、そもそも僕は、事件を解決したかったのか? 違う。クビキリのことは前から興味を持っていたけど、ただ僕の趣味の一環で知っていただけだ。
森巣に当てられたのだろう。声を掛けられ、調査に参加し、楽しんでいた。瀬川の犬を助け、自分が主役になるチャンスが来たとでも、思っていたのだろうか。
ふと、ポケットの中のスマートフォンが震えていることに気がついた。
取り出してホーム画面を確認する。母親からのメールだとわかり、嫌な予感がした。
メールを表示すると、案の定の内容で、冷や水を浴びせられたような気持ちになる。
『お父さんの知り合いの会社で、募集があるみたいですよ、とお兄ちゃんに伝えてください』
兄に言いにくいことを代わりに伝えてほしいと、親からメールが届く。僕はメッセンジャーで、何でも言えると思っているのだろうか。ベッドに腰掛け、窓の外を見る兄の姿を思い出し、スマートフォンをしまった。
僕の前では兄はいつも笑っていたこと、去年の誕生日に、欲しかったギターを買ってくれたことを思い出す。
兄はただ、僕にギターをくれたのではない。武器をくれたのだと今は思う。
親の思い通りになっても、幸せにはなれない。
それに、誰かのための脇役にもなりたくない。
予備校やファミレスには向かわず、僕は一番近くの現場、三体目のクビキリが置かれた小学校の前にやって来た。母校だけど、兎のクビキリが戻された後にも行ったから、懐かしさは薄い。
フェンス越しに見える、校庭でサッカーをしている小学生たちを横目に、学校の周りをぐるりと回る。小学校の頃から勉強をしろと言われていたから、放課後にみんなといつまでも遊んだ記憶がない、なんだか眩しかった。
校舎の隅にある、トタン屋根の飼育小屋の前で立ち止まる。
学校を囲むフェンスは越えられない高さではないから、犯人は乗り越えて、飼育小屋の鍵を壊し、兎を連れ去ったのだろう。
小屋の中に動物の気配はない。僕が通っていた頃は、兎が三羽飼われていて、よく持参したパンの耳とか人参をあげていた。空になった飼育小屋は寒々しくて、胸を潰すような寂しさがある。
ここで飼われていた兎が殺された。
空っぽの小屋を眺めていたら、水中に沈んでいくみたいにぼーっとしてきた。
生きているものは、いつか死ぬ。
死んだものがいるけど、僕はまだ生きている。
兎は殺されたけど、僕は空っぽの小屋を眺めている。僕はまだ生きている。
「すみませーん、どうかしたましたかー?」
声が聞こえたけど、反応できなかった。「もしもーし、どうかしましたかー?」ともう一度聞こえ、我に帰る。
ふくよかな体型の女の人が校庭に立っていた。眼鏡を触りながら、不審そうにこっちを窺っている。おそらく、この学校の先生だろう。
「すいません。ちょっと近くに寄ったんで様子を見に来たんです」
「はぁ、なんのですか?」
「ここの卒業生なんですけど、飼育小屋から兎が盗まれて、酷い事があったと聞いて。その、僕は生き物係でよく餌をあげていたので」
僕が卒業生だと聞いて、相手の緊張が解けたのがわかる。眉間の皺が消え、口調も柔らかいものになった。
「卒業生の方なんですね。そうなんですか。去年から飼い始めた、パランちゃんていう白兎で、みんなで可愛がってたんだけどね……」
「酷いことをする奴がいますね」
「本当にね。どうして、こういうことを平気で出来る人がいるのかって、頭にきちゃう。だけど、犯人も元小学生なのよね」
元小学生という言い方が少し可笑しくて、苦笑する。
「小学校にいたとき、生き物は大切にしようっていうことは伝えられるけど、教えられなかったんだなって。悲しいというか虚しいというか、やるせない気持ちになっちゃうわね」
「でも、先生に責任はないでしょう」ましてや、あなたは犯人の担任じゃなかったでしょうに。
「学校で、他者を思いやる気持ちとかを学べなかったんだろうなぁって思うのよ」
「それは道徳とか国語で学べるんじゃないですか?」
「鋭いわね。さすがここが母校なだけはある」
先生はむっとすることなくそう言うと、「勉強じゃなくて、学習ができなかったんだろうなぁって思うのよねぇ」とさびしそうにもらした。
「勉強と学習は違うんですか?」
「勉強はやらされるものだけど、学習は自分から学ぶことなの。もっといろいろと学ぶべきだったのよ。本当に教えたいことって、そういうことなんだけどね」
自分から学ぶか、と反芻する。僕にはそれがちゃんとできているだろうか。
「せっかく様子を見に来てくれたのに、ごめんね。危ないから兎たちはケージに入れて、職員室の中に移動させたの。飼育小屋だと、散歩の途中に近所のお年寄りが見れてよかったんだけど」
残念そうに先生は言い、溜息を漏らした。が、急におや、と眉を上げて僕をまじまじと見始めた。何かついているだろうか、と顔や制服を検める。
「あなた、もしかして湊第二高校の生徒さんじゃない?」
「そうですけど」
「ああ、いい高校なのねぇ」と一人で何かに納得した様子でうんうん頷く先生に、「なにか?」と訊ねる。
「いやね、戻ってきたパランを見つけてくれた子も、湊二高の生徒さんだったのよ」
「小学生が見つけたんじゃないんですか」
「違うわよ。朝、湊二高の生徒さんが見つけて教えてくれたの。すごく綺麗な子だったわねぇ。男の子なんだけど」
ふっと、周りの気温が下がったような、嫌な予感を覚えた。おそるおそる、口を開く。
「もしかして、森巣ですか?」
「そうそう、確かそんな名前だったわ。お友達なの? ハンサムだし、礼儀正しくてとてもいい子ね」