動物の死骸が見つかってるんだ

文字数 2,834文字

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 何人にも挨拶をされる森巣の人気に圧倒されながら、学校を出てしばらく歩き、住宅街の中にある小さなカフェにやってきた。

 個人経営っぽい落ち着いた店で、店内は焙煎されたコーヒーの良い香りで溢れている。木製のテーブルと椅子は、どこかの職人の手作りという感じがした。しっくいの壁にかかっている、草原で休んでいる馬の絵も、有名な画家のコピーではなく誰かが描いたものだとわかる。手作りやオリジナル、というものに僕は弱い。

「感じの良い店だね。森巣はよく来るの?」
「いや、同級生に勧めてもらってたのを思い出したんだ。雰囲気が良いし、毎週水曜日は学生割引があってケーキが安いんだってさ」
「あぁ、一日遅かったね」
「アップルパイが美味しいとも教わったけど、どうする?」
「さすがに話す内容が内容だし、やめておこうかな」
「それもそうだね。また今度来よう」

 注文したアイスコーヒーは、銅製のマグカップに入っていた。ミルクを入れると、どろっと溶けていき、黒と白がだんだん混ざっていく。この瞬間が好きで、アイスコーヒーがあるといつも注文してしまう。
 マドラーでかき混ぜ、一口飲んでから本題に移ることにした。

「それで、森巣の同級生の犬が拐われたんだって?」

 森巣がシナモンスティックでコーヒーをかき混ぜながら、「そうなんだ」と頷く。彼はクビキリに興味がある、ただの野次馬というわけではないようだった。

「昨日、同じクラスの子が散歩中に犬を拐われたらしいんだよ。それで、なんだか嫌な予感がするから、そのクビキリについて教えてもらいたいんだ」
「でも、僕の話がそこまで役に立つものかわからないよ」
「全然気にしないよ。いきなり、平が犯人はこの中にいる、とか言って事件を解決するなんて思ってないし」

 店内には、寡黙な渋い店主とおそらくその奥さん、そして客の僕ら二人しかいない。バカバカしいけど、肩の荷が少し降りた。

「じゃあ、クビキリの話から、もう一度しておいた方がいいかな?」
「うん、そうしてくれると助かる」

 そう言って、森巣はスクールバッグからメモ帳とペンを取り出した。それを見ながら、僕はマグカップを机に置いた。

「ここ二ヶ月で動物の死骸が見つかってるんだ。首のない胴体と、その頭が並んでて、それでクビキリって呼ばれてる」

 猫だけ、犬だけといった種類のこだわりや、毎週金曜日に等の曜日のこだわりもない。屍体は腐乱して蛆が湧いたりしていなかったから、おそらく動物の首を切り落としてすぐに、その生首と胴体を町に置いているのだろう。

 既に三体のクビキリが見つかり、夕闇の色が濃くなっていくように、段々気味が悪くなってきている。悪趣味な奴がいる程度の認識だったけど、三体目のクビキリが波紋を呼んだ。

 三体目が発見される一週間前、小学校から白い兎が一羽行方不明になっていた。生徒が小屋の鍵を閉め忘れたせいで脱走してしまったのかと思われたが、違った。兎は小屋に帰ってきたけど、首と胴体が分かれていた。

 犯人は、変り果てた姿で戻ってきた兎を発見し、阿鼻叫喚する子供たちを見ていたのだろうか。それとも、その光景を想像しながら優雅に紅茶でも飲んでいたのだろうか。

 僕の住む町には、人間の皮を被った怪物のような奴がいる。そのことに、僕はひりひりとした緊張を覚えていた。
 概要の説明をすませ、森巣の様子を窺うと、彼は眉根に皺を寄せ、傷を負ったように、痛々しく表情を歪めていた。

「そんなことが起きてたのか。全然知らなかった」
「わけのわからないことをする奴が、世の中にはいるからね」
「それで、平はその犯人を見たの?」
 首肯する。「先週の、月曜日のことだよ」

 予備校の帰り道の出来事だった。予備校を出たのが夜の十時で、そこから駅前のファミレスで夕飯を食べながら少し復習をし、帰路に着いた。駅から離れて住宅地の方に進むにつれて人通りは少なくなり、五分も歩けば誰ともすれ違わなくなった。

 そして近所の公園を歩いている時に、僕は人影を見た。

 夜の十一時になろうかという時だ。いつもは当然、人影なんかない。だけどその日は、ベンチのそばに誰かがいることに気がついた。酔っ払いやホームレスだろうかとも思ったが、彼は僕に気づくと、素早く僕が入ってきた方とは反対側の出口へと走って行った。警戒心の強い猫のような俊敏な動きだった。
 気になってベンチのそばに行ってみると、そこには白猫の生首と、その体が残されていた。

「僕に、犯人と勘違いされるかもしれないから逃げたのかな? とも思ったけど、違うと思うんだ。そいつは、ペットを入れる大きなキャリーバッグを持ってた。あの、ちょっとだけメッシュになってて中が覗けるようになってる、あれなんだけど」
「ああ、わかるよ。電車に乗ったとき、見たことがある」

 森巣はふーっと息を吐き出しながら、憐れみとも労いともつかない視線を向けてきた。

「しかし、災難というか、平もとんでもない所に居合わせたね」
「あぁ、うん、そうだね。犯人が襲ってきたりしなくてよかったよ」
「でも、平はなんで夜の公園なんかに行ったの?」
 鋭い質問だ。やはり訊ねられたか、と針でチクリと刺されたような気持ちになる。
「公園を突っ切ると近道なんだよ。一応電灯もあるから、真っ暗ってわけでもないし」

 なるほど、と頷く森巣を見ながら、ほっとする。
 実は、以前からあの公園に犯人が現れるのではないかと思いながら、日々暮らしていた。だから、家に帰るときは、公園を絶対に通ることにしている。

 だけど、その理由を森巣に言わなくてもいいだろう。森巣は、違和感を覚えているようなそぶりもなく、メモ帳にペンを走らせている。誤魔化すように、僕は他の情報を彼に伝えることにした。

「体格と雰囲気から見て、男だと思う。パーカーにジーンズで、そんなガッシリとした体格じゃなかったし、フードを被っていたから髪の長さもわからないけど、女の人ほど線は細くなかった。身長も、百七十前後ってところだと思う」
「なるほどね。他に何か特徴はあった?」
「あと、パーカーの背中に、白い蝶が描かれてた。暗かったけど、大きかったから見えたんだ」

 メモを取る森巣を見ながら、「僕が見たのはこんなもんだよ」と告げる。ひとしきり喋ったはいいけど、役に立てるようなものだっただろうか。少し心配になったけど、森巣は当てが外れたと肩をすくめたりはしなかった。

 ストローを咥えてアイスコーヒーを口に含む。氷が溶けて薄くなってしまった。
 飲みながら、これからどうするか考える。今から遅れて予備校に向かおうか、それとも、図書館かファミレスにでも行こうか。そんな考えを巡らせていると、森巣が「平、あのさ」と遠慮がちに言った。

「この後ってまだ時間はあるかな?」
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登場人物紹介

平羊介 音楽が趣味の平凡な高校生。だったはずが、同級生の森巣と出会い、平和な日常が終わる。勇気を試され、決断を迫られ、町で起こる事件に巻き込まれて行く。

森巣良 イケメンで優しい、クラスの中心にいる生徒。だけど彼には裏の顔があり……その正体は腹黒毒舌名探偵だった。正義の味方ではないが、自分の町で起こる事件に、森巣なりの美学を持って解決しようとする。

小此木霞 平と森巣の高校の先輩。森巣とは幼馴染で、彼が心を許している数少ない存在。森巣の裏の顔や、彼が何をしているのか知っている。知識が豊富でパズルが得意なので、たまに森巣に協力をする。事件に挑む二人のよき理解者。

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