悪いニュースが三つある

文字数 3,871文字

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 山下公園を離れて、近くの喫茶店に移動した。元々倉庫だった場所を利用した店で、天井が高いし店内も広い。打ちっ放しのコンクリートの内装や、流れるジャズが洒落ている。素敵な店だけど、何よりも冷房が効いていてありがたかった。横浜にずっと暮らしているけど、こういう店があるのかと初めて知る。

「実は昨日、『鶴乃井、明日の十五時に山下公園に散歩に出かけてごらん。キミがオレの挑戦に勝てないと、人が死ぬことになる』とメールが届いたんだ。私は探偵だし、依頼の相談にまじって迷惑メールも届くから、いつもは相手にしないんだが、近所だし、念のために様子を見に行っていたんだ」

 向かいの席に座る鶴乃井が、神妙な口調で話し始める。少し早口なのが、彼の癖のようだ。

 隣の森巣は、瓶のコーラを一口飲み、「なるほど」と相槌を打っている。

「さっきは黙っていてすまなかった。Mの言う通り、騒ぎにしたくなくてね。付き合わせてしまって悪いけど、無視できることじゃないし、Mにも協力してもらえたら心強い」
「よく、俺を見ても話をしてくれようと思いましたね」

 麻のシャツにジーンズという格好だけど、まだ成人していないとはわかるだろう。

「若いんじゃないかとは思っていたけど、高校生くらいかな? でも、私も十五のときに、テムズ川で見つかった顔のない死体の事件を解決した。だから、若くても君がMだと信じるよ。能力は年齢と関係ないからね」

 鶴乃井の生い立ちや昔解決した事件について紹介するニュースを見たことがある。そのエピソードは僕も知っていた。もしかしたら自分と近いものを感じ、森巣の登場が嬉しかったのかもしれない。

「こんな出会い方になってしまったけど、Mとは話をしてみたかったんだ。お互い、公表していない事件もあるんじゃないか?」
「いや、俺は大したことをしてないですよ。鶴乃井さんは、この前の密室殺人のニュース以外にもあるんですか?」
「そうだね。実は警察に協力して解決した事件もいくつかある。そう言えば、日本に来て初めて解決したのも、四年前に起こった新横浜での密室殺人だったなぁ。ニュースで興味を持って、警察やマスコミに推理を送って解決したんだ。覚えていないかい?」
「覚えていますよ。母親が娘の婚約者を殺害した事件ですよね。長女の婚約者が次女を襲っているのを発見して殺したっていう、痛ましい事件でした」

 森巣が渋い顔で、相槌を打つ。偶然の事故で密室になってしまった、という真相だったけど、密室殺人という言葉が世間の注目を集め、テレビでもしょっちゅうニュースになっていたのを、僕も覚えている。「以前から活躍されてたんですね」

「依頼も来るけど、何か事件が起きてないかアンテナを張っているからね。活躍するってことは、それだけ悪いことが起こっているってことだけど」と鶴乃井が苦笑する。

「Mは推理をするときの方法論は決めてるのかい? 意識していること、とか」
「意識していること、ですか?」
「私は、対象の観察と分析を心がけている。演繹的な推理をするんだ」
「そういうことだったら、俺は特に意識していることはないですけど、強いて言えば想像ですかね」
「想像か」

 その答えは意外だったのか、鶴乃井は口に手をやってふうんと感心したように小さく頷いていた。森巣も、こんな話を誰かとしたことはなかっただろう。探り探りやっているキャッチボールが、なんだか微笑ましい。僕もギターを弾いているから、他のギタリストと話すとき、あんな風に好きなバンドやギターのプレースタイルの話をする。

「強盗事件の推理動画を見て、ちょっと感心したんだ。こんなやり方があるのかと思ったし、推理も見事だった。もう、動画は作らないのかい?」
「今の所、予定はないですね。もともと続けるつもりもなかったですから」
「今回の事件、私より先に解決したら、ぜひまた動画にしてほしいな」

 森巣が笑いながら曖昧に頷く。僕も、ちょっとその発言は意外だった。

「あのすいません、鶴乃井さんが自分で解決したい、とは思わないんですか? なんとなく、探偵は自分の手柄にしたいのかと思ってました」
「私に予告をしてきた相手だ。これで終わるとは思えない。大事なのは、事件が解決されることだよ。もし彼が今後も爆弾をあちこちで爆発させるのだとしたら、私より先に、Mが事件を解決したとしても、被害を最小限に食い止めることが先決だ」

 そう言って、鶴乃井は「というわけで、ちょっと警察にも連絡を入れてくるよ」と席を立った。テラスの方へ出ていくのを見送りながら、「立派な人だね」と呟いてしまう。

「おいおい、それよりも、何か言うことがあるじゃないのか?」

 森巣が顔をしかめて、不機嫌そうに言った。鶴乃井がいなくなった途端に、好青年の仮面が外され、いつもの意地悪い顔になっている。

「そうだった。でも、違うんだよ。わざとじゃないんだ」

 慌てて、両手を合わせて弁解する。

「鶴乃井に森巣のことをベラベラ喋っていたわけじゃない。助けてもらったお礼を伝えていたら、友達にも探偵がいるってことを、話の流れで言っちゃって」

 言い訳をいくつ重ねても、じっと僕を見つめる森巣の視線は変わらず、素直に「余計なことを言って、本当にごめん。森巣があのタイミングで現れると思わなくて」と謝った。

「まあ、しゃーないな」
「許してくれるのか?」
「自分のやったことには、責任が伴うからな。いつか、無関係を決め込むわけにはいかなくなる。お前の口が軽くて、面倒な相手に話しちゃうとは思っていなかったけどなぁ」

 まだ怒っているな、と肩をすくめる。軽率だったし、あれは自分を大きく見せるために友達が大物だと言っただけだった。自分はまだ空っぽのままなのだ、と恥ずかしくもなる。

「そういえば、鶴乃井とメールしてたのか?」
「あいつがやたらと絡んでくるんだよ。動画を投稿したのでよかったら見てくださいとか、事件が何か起きるたびに、解決に向けて頑張りましょうとか、メールが届くんだ」

 二人とも実績のある探偵だし、二枚目の好青年同士で意気投合するのではないか? という気もするが、森巣には裏がある。トラブルや事件の真相を見抜き、解決することがあるが、鶴乃井と違って正義感から行っているわけではない。森巣は円滑な生活を送るために好青年を演じているだけで、計算高くて腹黒い。

「なんだか森巣のファンみたいだったね」
「面倒なやつに目をつけられた」

 やれやれ、と森巣が首を横に振る。僕は助けてもらったし、悪い人には見えないけどなと苦笑する。

「ちなみに、(かすみ)は鶴乃井のファンだぞ」
「小此木さんが!?

 森巣が霞と呼び捨てにした小此木さんは同じ学校の三年生で、美人な上に優しい高嶺の花のような人だ。幼なじみらしく、最近は僕も森巣の同級生として仲良くしてもらっている。鶴乃井は顔も良いし活躍しているし、女性から人気もあることは知っていたが、急に悔しくなる。

「メッセージを飛ばしたら、写メを送ってくれと騒いでる」

 森巣がスマートフォンを僕に向けて一枚写真を撮った。ちょっと待て、と止める間もなく、メッセージが送信される軽快な音が響く。

「そっちじゃない! とガッカリされる、僕の気持ちを考えてくれ」
「でも俺は、平のことが大好きだぞ」

 鷹揚な口調でそう言ってから、森巣が吹き出す。おそらく、僕の読み通りの返信が届いたのだろう。落胆する小此木さんを想像しながら、ストローをすすり、ジンジャーエールを飲む。森巣には悪いことをしたし、このくらいの罰は甘んじて受けることにしよう。

「ところで、森巣はなんで鶴乃井の話を聞きに来たんだ?」
「鶴乃井の言う通り、おそらく事件は続くだろう。もしかしたら今も、町のどこかに爆弾が仕掛けられてるかもしれないからな。情報収集だ」

 さっき自分自身に火の粉、もとい石像の破片が飛んできたのを思い出し、身震いする。また巻き込まれるのではないか、今度はただではすまないのではないか、と思いなが過ごすのは、僕もごめんだ。

「お待たせ! 悪いニュースが三つある」

 鶴乃井は戻ってくるなりそう言って、立ったまま机の上のアイスティーのグラスを手にとって、ぐっと飲み干した。

「まず、爆発は一件だけじゃなかった。中華街の朱雀門、みなとみらいにあるサーカスでも爆弾が爆発した。規模自体は小さくて死傷者は出ていないらしいが」

 それでも、手放しで喜べる自体ではないな、と眉間に皺が寄る。

「警察はすぐに捜査本部を作って、横浜市内をパトロールしてくれるようだ。今までは割ともたつくことが多かったけど、今回はかなり早い。だけど、協力を求められてしまってね、私はもう行かないといけなくなってしまった」

 森巣が「大変ですね」と声をかける。絶対に、それは悪いニュースではない、と思ったはずだ。

「それで、最後の悪いニュースはなんですか?」と訊ねると、鶴乃井はポケットからスマートフォンを取り出して、操作を始めた。
「今、Mのアドレスに転送した。犯人からまた、メールが届いたんだ」
「新しい予告ですか!?
「ああ、詳しくはそれを見てくれ。私は私の調査に戻る。タイミングを見て、また会おう!」

 鶴乃井はそう言って右手を上げ、慌ただしく店の外に出て行った。
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登場人物紹介

平羊介 音楽が趣味の平凡な高校生。だったはずが、同級生の森巣と出会い、平和な日常が終わる。勇気を試され、決断を迫られ、町で起こる事件に巻き込まれて行く。

森巣良 イケメンで優しい、クラスの中心にいる生徒。だけど彼には裏の顔があり……その正体は腹黒毒舌名探偵だった。正義の味方ではないが、自分の町で起こる事件に、森巣なりの美学を持って解決しようとする。

小此木霞 平と森巣の高校の先輩。森巣とは幼馴染で、彼が心を許している数少ない存在。森巣の裏の顔や、彼が何をしているのか知っている。知識が豊富でパズルが得意なので、たまに森巣に協力をする。事件に挑む二人のよき理解者。

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