爆弾のある場所はわかった

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 近所で事件が起こっているからか、店員さんが店にあるテレビをつけた。各局でニュース速報が流れており、アナウンサーが厳かな口調で、横浜の関帝廟で爆弾が発見されたということや、まだ横浜市内に爆弾がしかけられている可能性があるので、外出を控えるようにと読み上げている。

 ネットを見てみると、関帝廟のそばにいた人が何人かSNSに投稿をしており、それによると、関帝廟の周囲が封鎖され、厳戒態勢の中で爆弾処理班が回収したようだ。が、大仰だった割に呆気ないものだったという。彼らが現れてから、撤収していくまでの時間が十分弱とあまりに短かったため、爆弾の解除は本当に、スイッチ一つの簡単なものだったのかもしれない。

「自分のことを考えてくれればわかるはずって、デートでご飯はなんでもいいよって言う人みたいね」
「そういうときって正解はあるんですか?」
「不正解がある感じじゃないかな。平くん、何かわかった?」

 首を横に振る。小此木さんが、僕と森巣を見ながら、「とりあえず、気づいたことを全部言ってみようか」と提案した。ばーっと材料を並べて、そこから吟味したり組み合わせができれば、何か閃くかもしれない。

「じゃあ僕から。爆弾の発見場所が全部横浜だった。関帝廟にしかけた爆弾のことを素直に公表したから、死傷者を出すことが目的じゃないのかもしれない。あとは、別に爆弾を爆発させたいとは思ってない? っていうのが僕の感想です。最後のヒントっぽい一言については、なにもわかりませんでした」

 視線を小此木さんに移すと、彼女は小さく頷いた。

「平くんと重複したことを省くと、犯人は単独犯ってことと、警察に対する挑戦じゃないってこと、顔も声も隠していないってこと、あと、ときどき変なこと言ってるのが気になる」
「変なこと、ですか?」
「良ちゃん、ガソリンと冷凍オレンジジュースでなんとか弾って作れるの?」

 それは僕も気になっていたことだ。僕らの視線を受けた森巣は、おかしそうに笑いながら首を横に振った。

「作れるわけがないだろ。あれは、映画の『ファイト・クラブ』に出てくるセリフだ。実際のレシピを言ったら危ないから、ああいう脚本になったらしい」
「なんだ、そうなのか」
「第一声は『SAW』だったし、モッズじゃなきゃ死ぬ方がマシってくだりは『さらば青春の光』で、赤と青のケーブルってのは『ジャガーノート』だ。俺が気づいたのは、犯人は映画好きってことだな」
「趣味がわかってもねえ」
「俺は真面目だぞ」
「好きな食べ物とか、好みのタイプはわからなかったのか?」
「好きな飲み物はジンジャエールで、好みのタイプは年上だ」

 なんだそれ、と思いながらストローに手を伸ばす。はっとし、耳が熱を持つのを感じながら森巣を睨むと、意地の悪い笑みを返された。

「爆弾をしかけられたのが横浜っていうのはなんでかな? 普通というと変だけど、東京にしかけた方が騒ぎは大きくなる気がするよね」
「横浜に住んでるんじゃないですか?」
「芸能人ならまだしも、自分の地元に爆弾魔がいるのって、嬉しくないなぁ」

 そうですね、と苦笑する。「関帝廟の爆弾も、爆発させなかったのはなんでですかね。他の爆発で、死傷者が出なかったのも気になりますよね」

「爆発と言っても、火薬の量も少なかったみたいだし、騒ぎを起こす装置だったんだろうよ。死傷者が出なかったのは、ラッキーだったとしか思えないけどな」

 同時に爆発したとなると、ちょうど通行人が爆弾のそばにいなかったということになる。犯人が同時に監視するなんて無理だろうから、確かに運の問題だろう。

「本人が言っていたし、犯人は自分の出した問題を探偵が解けるかっていう、ゲームがしたいだけなんじゃないかな?」
「いや、それだとおかしくないですか? 自分を分析してみろって問題なんか解けなくても、探偵たちは別に悔しくはならないと思うんですけど。公平さが失われた瞬間、勝敗に意味がなくなるって爆弾魔は考えなかったんですかね」
「確かに。ゲームをしているんだとしたら、フェアじゃなきゃ勝っても嬉しくないよね。さっきの動画と爆弾をしかけた場所を考慮すれば、次の場所はわかるようにしてるのかも」

「関帝廟に爆弾をしかけたって教えてきたのは、信用してくれっていうメッセージだったのかもしれませんね」
「あっこれって四神に関係してる!」

 小此木さんが、手を叩いた。「詩人」とは一体誰のことかわからず、説明を待つ。
「東の青龍、南の朱雀、西の白虎、北の玄武とか聞いたことない?」
 ああ四神か、と頷きながら、思い返す。「朱雀は朱雀門でしょうけど、他はなんですか?」
「関帝廟には、三国志で有名な関羽が祀られているんだけど、関羽は青龍偃月刀っていう武器を使ってるの。これで青龍。横浜に来ていたサーカスにはホワイトタイガーもいるみたいだし、玄武は水神でもあるから、山下公園の水の守護神像が玄武なのかも」

「そう言われると、なんだか偶然ではない気がしますね」
「でしょ!」と得意げな様子で僕らの顔を交互に見る。
「ところで、よく青龍偃月刀なんて知ってましたね」「関羽、好きなのよね。漫画を読んだら、格好良くて」「なるほど」「だから、関帝廟に爆弾をしかけたっていうのが、許せないのよ」

 目を鋭くして、いつになく憎々しげな表情で小此木さんが宙を睨んでいる。僕は顎をなぜながら、小さく肩を落とした。
「でも、四神が関係する場所が狙われたんなら、五個目はもうないんじゃないんですか?」
「いや、五行説をベースにすると、東西南北に四神がいて、中央に黄龍、麒麟がいるという考え方がある」

 中央という言葉が引っかかり、思い返す。

「爆弾魔は、『真ん中』って言葉を使っていたよな。もしかして、次はこの麒麟に関係するところにしかけるんじゃないかな!?
「その可能性はありえる」
「キリンだったら野毛山動物園にいるし、鳥もたくさんいる!」

 だが、森巣は納得していない様子で、鹿爪らしい顔をしている。同意を求めるように、小此木さんを見ると、彼女も神妙な顔をしていた。

「自分で言っておいてなんだけど、やっぱり青龍と玄武は少しこじ付けな気もしてきた」
「そんなことないですって。何が問題なんですか」
「何が問題かっていうと、わたしたちが話し始めて一時間も経たない内にわかっちゃったってことかな。それって簡単すぎない?」

 犯人がそれほど頭がよくないだけでは? と納得できずにいると、たしなめるように「平」と森巣に呼ばれた。

「動物園は、夜の九時には閉園している。忍び込むこともできるが、ああいうところは警備会社と契約をしているから、忍び込めばバレる。それに、野毛山動物園なんて、誰でも予想できるから、警戒も厳重になるだろう」

 誰でも予想できる、と言われて少しむっとしたが、その通りかもしれない、と反論を飲み込む。

「爆弾が本当に自作だとすれば頭は悪くはないだろう。鶴乃井に送られたメールのIPアドレスから辿ることもできるが、ネットへのアクセスに匿名化ソフトを使われたら不可能だし、そうなると用意周到な印象を受ける」

「じゃあ、なんで動画ではあんなくだけた感じなの?」
「ハードルを下げるためかもな。侮らせておいたほうが、勝率は上がる」

 もし犯人が思いつきでやったような浅はかな人物だったら、警察がそのうち逮捕するだろう。自分のできることをしようと思うなら、素直に問題に挑む方がよさそうだ。

「そうだ、真ん中って言葉で、ちょっと思ったんだけど、今までに爆弾があった場所を地図で結んで見るのはどうだろう」

 スマートフォンを操作し、地図のアプリを起動する。横浜の山下公園近辺が中央にくるよう、表示した。画面を横にし、見やすい状態にして二人に向ける。

「山下公園、朱雀門、関帝廟、サーカスを結ぶと、ちょっと歪だけど台形の形になる。次の爆弾は、この領域内のどこかってことじゃないかな?」

 指でそれぞれの場所を指し示す。馬車道や中華街や山下町を含む横浜の観光スポットが含まれるということになる。観光地でもあるし、今までに爆弾魔が爆弾を設置した場所と比べても遜色がない。
 二人の顔を見ると、そういうこともありえるかもしれない、と少し感心した様子ではあったけど、それだ! という驚きは見られなかった。

「この領域の中で、鳥が見られるところってどこだと思う?」
「山下公園にはたくさんカモメがいますし、スタジアムのある横浜公園にも鳩がたくさんいますよね」

 うーんと腕を組み、小此木さんが渋い顔をする。「良ちゃんはどう思う?」

「その可能性もありえる」
「歯切れが悪いなあ。僕でも解ける場所っていうのは、簡単すぎると思うのか?」
「それもある」
「じゃあ森巣はどう思うんだよ? さっきから指摘されてばかりで君の意見を聞いてない」

 森巣は僕を一瞥してから、気乗りしない様子で口を開いた。

「爆弾のある場所はわかった」
「えっ、わかったの!?
「お前たちも映像を見ただろ? あれが答えだ」

 どういうことかわからず、目を瞬かせる。

「映像の中で、爆弾は二つあるって言いながら、一つを手に持っていただろ? あれだ」

 はっとし、得心がいく反面、どうして気づかなかったのか、と悔しくなる。小此木さんも、あー、と納得したように声をあげていた。

「つまり、問題は、夜の九時に爆弾魔がどこにいるか? というものになる。『鳥を見ながら真ん中で待っている』という言葉から連想できる場所にいるはずだ」
「ん? でもそれって、さっきからわたしたちが話しているのと、変わらなくない?」

 森巣がゆっくり頷く。彼が浮かない表情をしている理由がわかった。爆弾が夜九時にどこにあるのか、という意味では同じだ。

「爆弾魔は『鳥』と言ったわけじゃなくて、『鳥居』と言ったんだとしたら、野毛のそばの横浜成田山神社には鳥居がたくさんある。山下公園、朱雀門、関帝廟、サーカスと爆弾の設置場所が北上している。次は、桜木町駅から横浜駅の間である可能性もある。調べたら、みなとみらいのミュージアムで、幻の鳥と言われるケツァールを特集した企画展が開かれている。それに、大桟橋には豪華客船の『飛鳥Ⅱ』が停泊している。あと、自分のことを考えればわかる、という意味だけをとれば、ヒッチコックの『鳥』をリバイバル上映している名画座が黄金町にあったから、そこも怪しい」

 滔々とした口調でそう言い終えると「少し検索しただけでこんなに出てくるが、検索してわかる場所にいるとも思えない」と森巣は肩を上げるポーズをした。
 僕と小此木さんだけで、全て出揃ってしまったかと思ったけど、まだまだあったのか、と途方に暮れそうになる。

「自分のことを考えてくれればわかるはず、て意味がわかれば進展しそうだけどね」
 なんだか連想ゲームみたいになってきて、確信が持てなくなってくる。
 森巣を見ると、彼は口元に手をやり、固まっていた。次の手を読む棋士のような迫力が、彼の周りから発せられているようだ。

 こういうときに話しかけても、無視されるか「黙れ」と言われるだけと知っている。僕と小此木さんが世間話をしている間に、決定的ななにかを見つけたのだろうか。

「ちょっと外に出てくるよ」

 僕も自分なりに考えをまとめたくなり、席を立ってテラス席の方へ向かう。

 板張りのテラス席にはパラソルがないからか、人がちらほらとしかいない。テラスを降りると、倉庫裏といった感じの空き地と海が広がっている。対岸には赤レンガ倉庫も見え、涼しい時期に来たら穴場スポットだなと思った。

 腕時計を見ると、四時を回っていた。刺さるような日差しを受けながら、店の裏をぶらぶらと歩く。太陽の匂いと潮の香りがして、夏の匂いがする。蝉の鳴き声に混じって、賑やかな声が聞こえ、そちらに足を向けた。

 からっとしていればまだマシなのに、ムシムシしていてなんだか息苦しい。裏の一角で、中高生風の若い男の子たちが、五、六人でスケートボードの練習をしていた。

 ボードに乗り、少し滑走してからボードを蹴る。男の子がジャンプするのに合わせてボードも浮き上がり、くるくると回転する。ボードが先に着地し、その上に男の子が乗ろうとしたが、タイミングと位置が合わず、よたよたと彼は地面を歩いた。

 惜しかったぞと励ますような、嘆息を彼の仲間達が漏らす。スケートボードの技が面白く、ぼーっと見入ってしまう。彼らは、何度も何度も、ボードに乗り、蹴り、技を磨いている。

 地元のどこかに爆弾がしかけられていると、まだ知らないのだろう。愚直に打ち込んでいるのがなんだか眩しい。限りある夏の時間で、僕には、もっと他にやることがあるのではないか。僕がすべきことは、ギターの練習や勉強ではないのか、と焦りがこみ上げてくる。

 だけど、森巣や小此木さんと過ごす時間が無駄なことだとは思いたくない。
 これは勝負なのだ。
 僕らは、爆弾魔に勝てるだろうか。
 ふわっと風が吹き抜け、頬を撫ぜていく。

 その瞬間、一つの考えが思い浮かんだ。

 もしかすると、爆弾魔は、ああしてみんなで遊ぶ、ということができないタイプだったのかもしれない。誰かの遊びに混ざることができず、彼は世間を騒がす事件を起こし、破滅すると知っていても、誰かと遊びたかったのかもしれない。

 小此木さんが話していた、鶴乃井のインタビューを思い出す。鶴乃井は顔が良くて頭が切れるのだから、人気者になっていてもおかしくないのに、子供の頃は友達がいなかったと言っていた。才能があるせいで、周りの人間や価値観との軋轢に失望したことは何度もあったのだろう。だから、自分に似た者が登場して感動し、森巣にメールを送ってきているのかもしれない。

 爆弾魔の目的は、自分と同等の人間に出会うことなのではないか?
 夜の九時に自分がどこにいるか、という問題を出したのは、正解者と直接腹を割って話がしたかったからで、そのとき初めて、自分は一人じゃない、と思えるのかもしれない。

 動物園とミュージアムは、夜の九時までには閉まるだろう。映画館は話せないし、飛鳥Ⅱか横浜成田山か横浜公園に爆弾はしかけられているのではないか。だが、チケットなしで豪華客船に乗船なんてできない。自分に会うために、高い金を払えと誘導するとも思えない。だとすると、横浜成田山か横浜公園が怪しい。

 鳥ではなく、鳥居と言っているかもしれないと森巣は言うが、僕には鳥と聞こえたし、正解不正解を曖昧な滑舌の問題にはしないはずだ。
 つまり、爆弾魔は横浜公園に現れる。
 急いで店内の席に戻り、開口一番に「横浜公園だ!」と森巣たちに告げる。驚いた顔をする二人に、「説明すると」と口を開けたが、森巣に制止され、

「鳥は寝床に帰るから、夜の公園にはいないぞ」

 と呆気なく否定されてしまった。
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登場人物紹介

平羊介 音楽が趣味の平凡な高校生。だったはずが、同級生の森巣と出会い、平和な日常が終わる。勇気を試され、決断を迫られ、町で起こる事件に巻き込まれて行く。

森巣良 イケメンで優しい、クラスの中心にいる生徒。だけど彼には裏の顔があり……その正体は腹黒毒舌名探偵だった。正義の味方ではないが、自分の町で起こる事件に、森巣なりの美学を持って解決しようとする。

小此木霞 平と森巣の高校の先輩。森巣とは幼馴染で、彼が心を許している数少ない存在。森巣の裏の顔や、彼が何をしているのか知っている。知識が豊富でパズルが得意なので、たまに森巣に協力をする。事件に挑む二人のよき理解者。

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