ゲームを始めよう

文字数 3,683文字


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 スマートフォンで、メールに添付されてきた動画を再生させる。

 室内ということはわかるけど、場所がどこかはわからない。電気のついていない部屋で、うっすらと室内が浮かび上がっている。無機質なコンクリートの壁には、カレンダーも時計もかかっていない。

 三つボタンのタイトなスーツを着た、ショートカットの男が後ろで腕を組み、画面の中央に立っていた。絵に描いたようなモッズファッションの彼は、サングラスやマスクなどの顔を隠すものはしておらず、垂れ目の二重まぶたがこっちを見ている。

「やあ鶴乃井。ゲームを始めよう」

 久しぶりの友人に声をかけるみたいみたいに、男は右手を上げた。

「もう爆弾のことはニュースになったかな? オレは今日のために、結構気合を入れてるんだ。人と同じなんて真っ平でね。だからモッズだ。大物になれないなら、死ぬ方がましだ」

 右手でモッズスーツの襟を掴み、得意げに笑う男からは、緊張や照れというものを感じない。素人っぽくなく舞台役者のような印象を受けた。

「オレは今まで、自分と遊べるような人が周りにいなくてね。退屈で退屈でしょうがなかった。そんなときに、探偵の活躍を知ったんだ。それで、その遊びに混ぜてもらうことにしたわけさ。オレが本気だってのはわかっただろ。知ってたかい? ガソリンと冷凍オレンジジュースでナパーム弾だって作れるんだ。本気になれば、家庭にあるもので、どんな爆弾だって作れる」

 男は後ろに回していた左手を、前に持ってきた。そこには、ソフトボールくらいの大きさの黒い球が握られていた。表面には、滑り止めのようなデコボコがついている。

「朱雀門、水の守護神像、サーカスと爆発させたけど、この三つはあくまでデモンストレーションで、本番はこれからなんだ」
「爆弾はあと二つ。オレが動画だけ作った便乗犯じゃないことを証明するために、一つを中華街にある関帝廟にしかけたって教えておこう。解除の方法は」

 男はそう言うと、カメラのそばに近づき、球をこちらに向けてきた。そこには、銀のスイッチのようなものついていた。

「裏にタイマーのスイッチがあるから、ここをオフにするだけ。簡単だろ? 赤と青どっちのケーブルを切ればとか、そういうのはないから安心してよ」

 そう言って身を引くと、右手の人差し指をピンと立て、一つ咳払いをした。

「では問題です。今日の夜九時に爆発する予定だけど、そのとき最後の一つはどこにあるでしょーか? オレのことをよーく考えてくれたら、わかるはず。解けたらメールを送ってね。オレは、真ん中で鳥でも見ながらのんびり待つことにするよ。キミなら解けるんじゃないかって期待してるんだ。じゃあ、よろしく」

 動画が終わると店内に流れるジャズの音楽を急に大きく感じ、ふわっと喫茶店に引き戻されるようだった。
 森巣のスマートフォンから顔を上げ、小此木さんと顔を見合わせる。

「せっかく、偶然を装って会いに来たのに」そう言って現れた小此木さんのために、僕と森巣は動画を再生させた。

 いつもだったら、白いカチューシャのよく似合う髪や、長く伸びる睫毛、大きな瞳に見とれてしまいそうだけど、今はそれどころではない。小此木さんの表情から、何を考えているのかはわかる。そんなわけないですよ、と言いたいけど、言葉は出て来ない。

「イカれてるが、本気だろうな」

 容赦なく森巣が言い放ち、淡い期待は砕かれた。
 犯人は鶴乃井に予告メールを送り、今度は犯行声明と新たな予告映像を送ってきた。こんな奴が現れるなんて考えたこともなかった。だからだろうか、普通やらないだろう、の普通が通じない気がしてならない。

「犯人はまた、思い切ったことをしたね」

 小此木さんは鹿爪らしい顔をして、腕を組んだ。

「怪我人が出なかったのは狙ってのことなのか、なんで鶴乃井さんに挑戦してるのか、色々と気になることはあるんだけど、まず、なんで顔を隠してないんだろう?」

 どうなの? と森巣と僕の顔を交互に見る。僕も、「普通っていうとあれだけど、普通はマスクとかサングラスとかして、自分が誰だかわからないようにしそうなものだよな?」と言って森巣を見る。

「顔を晒せば自分が誰かバレるし、警察に捕まる可能性も高い。刑務所から出てきた後も、顔と名前と前科がセットになって一生つきまとう」
「そうよね」
「そこまで深く考えていない馬鹿なのか、それでも顔を晒したい理由があるのか」
「有名になりたいとか、自暴自棄になっているとか?」
「断定はできないけど、動画を見た感じだと、あんまり生きるのが辛そうには見えなかったよね」

 確かに、結構ノリノリに見えましたね、と相槌を打つ。

「俺は、いつかこういう事件が起こるんじゃないかと思っていた」
「地元の観光名所を爆弾魔が吹き飛ばすって?」
「少し違う。俺が推理動画を投稿してから、ちょっと真似をするやつが現れたりしていたが、全然ぱっとしなかった。なんでだかわかるか?」
「再生数が稼げると思って、目立つためのブームに乗ってやっていただけで、実力がなかったからだろ?」
「そうだ。だけど、鶴乃井のことはどう説明する? あいつもブームか?」

 鶴乃井は、殺人事件や時効直前の事件の謎を解き明かし、目覚ましい活躍をしている。一般人からの依頼も受け付けているし、スポンサーまでついているという話だ。

「いや、推理をやってみた、という連中とは違う。できるから推理をした、という感じがする」
「だな。つまり、本物だ。本物は目立つ。そして、目立つと狙われることがある」

 なんだか話し方に説得力があった。もしかしたら、森巣が普段好青年の演技をしているのも、そういう理由があるのかもしれない。昔の森巣を知らないけど、頭が切れるからこその苦労があったのかもしれない。

「そう言えば、鶴乃井さんが雑誌のインタビューで、一番意識してるのはMですって(りょう)ちゃんのこと言ってたのを読んだことあるよ」

 そう言われ、森巣が嫌そうに唇を横に引いた。

「ちなみに、好きなものはスモークターキーのサンドイッチで、嫌いなものは退屈。子供の頃は探偵の真似事で忙しくて、友達はいなかったんだって。良ちゃん、気が合うんじゃない?」
「俺はスモークターキーを食べたことがない。友達がいないのは子供の頃だけの話か怪しいし、原因はナルシストだからじゃないのか? 一緒にしてもらいたくないね」
 だったら一緒じゃないかと、思わずまじまじと森巣の顔を見ると、舌打ちをされた。
「いい人そうだったじゃないか。そんなに毛嫌いしなくても。確かに向こうは、森巣と違って本物の爽やかな好青年だったけど」
「平、いい加減人を疑うことを覚えたほうがいいぞ。鶴乃井は巧妙に挑発してきていただろ」

「挑発?」

「ああ、最近はどんな事件を? と訊ねて、自分は活躍してるけどお前はどうなのか? とジャブを打っていた。次に、さりげなく自分は警察に協力を求められるレベルだとちらつかせてボディを打ち、最後に先に解決できるものならしてみろ、と情報を全て公開して自分は出ていくというアッパーカットを打ってきた。立ち上がらないと、負けだ」

 考えすぎだろ、と思わず笑うが、反して森巣はずっと不機嫌な顔をしている。

「もし平にバンドマンの友達がいて、そいつがメジャー初のアルバム聴いてくれた? 最近は平くんはギター弾いてるの? こっちはフェスにも呼ばれるようになって忙しいよ。そうだ、オーディションがあるから紹介状書いておくよ! とか言われたらどう思う?」

 内心でじりじりと焦燥を覚えた。森巣の言わんとすることを認め、「バンドマンの友達もいるよ」とだけ返事をした。

「良ちゃんはそれで悔しくなったの?」
「いや、全然。俺は別に探偵にアイデンティティを覚えていないからな。でも、鶴乃井は何か事件が起こるたびに、頑張りましょうねとメールを送ってきていた。あれは、どっちが先に解決できるか、と勝負をしかけてきていたのかもしれない。いつも無視していたが、今回はそうもいかない」
「なんでだ? 別に無視しても」
「勝ったと思われたら癪だ」

「どうして言葉通りに受け止められないかね」
「俺だったら、そうするからだ」

 説得力があるね、と肩をすくめる。

「珍しく、良ちゃんが重い腰を上げてるけど、どっちが先に解決するんだろう」

 つい口にしてしまった、という感じで小此木さんがぽつりと漏らし、慌てて口に手をやった。

「本気で言ってるのか?」

 ふふふ、と誤魔化すように笑っている。
 地元で起こっていることだし、僕も他人事ではない。何もしなければ、何か出来たのではないか? ときっと後悔するだろう。身の程知らずだとは、なんとなくわかっている。でも、森巣の役に立つくらいのことはできるのではないか、と自分に期待してしまう。
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登場人物紹介

平羊介 音楽が趣味の平凡な高校生。だったはずが、同級生の森巣と出会い、平和な日常が終わる。勇気を試され、決断を迫られ、町で起こる事件に巻き込まれて行く。

森巣良 イケメンで優しい、クラスの中心にいる生徒。だけど彼には裏の顔があり……その正体は腹黒毒舌名探偵だった。正義の味方ではないが、自分の町で起こる事件に、森巣なりの美学を持って解決しようとする。

小此木霞 平と森巣の高校の先輩。森巣とは幼馴染で、彼が心を許している数少ない存在。森巣の裏の顔や、彼が何をしているのか知っている。知識が豊富でパズルが得意なので、たまに森巣に協力をする。事件に挑む二人のよき理解者。

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