ラーラッラ、ララー

文字数 3,634文字

      4

 スーツ姿の二人組が店にやって来た。ヤギの覆面をかぶっているから男か女かはわからない。既視感があるのは、動画を何度も見ていたからだろう。強盗ヤギだ! と気づいたけど、頭が真っ白になる。

 二人が、胸ポケットに手を伸ばし、黒い塊を取り出した。
 一人はリボルバー式の拳銃を、一人はICレコーダーを手にしている。

『動くな。抵抗をするな。邪魔をすれば容赦なく撃つ』

 レコーダーから、声が流れた。音声合成ソフトで作ったような、抑揚のない声だ。
 ちゃんと話を聞いているか確認するように、客とオーナーの間で銃口の向きが変わる。

 ICレコーダーを持っている方、声のヤギが、店内をぐるりと見回してから、後ろを向いて窓のシャッターを閉めた。

 入り口の扉には小窓がないから、店の外から中の様子は見えなくなってしまった。店の扉にかかっている看板は、入るときにCLOSEDにでもしたのだろう。不審に思った常連客が来て気づいてくれれば、と思うが、あまり期待できない。

 銃のヤギが、オーナーの方に歩み寄る。オーナーはセカンドバッグを押し付けられると、頬を引きつらせ、ロボットのような動きでレジの方へ移動していった。

 動画で見たことがあるから、この後どんなことが起こるかは知っている。けど、ジェットコースターがいつ急降下するのかを知っているような、心の余裕は生まれなかった。動悸が激しくなり、酔っているような気持悪さを覚える。

『両手をテーブルの上に置け』

 指示通り、そっと両手を置く。森巣は落ち着き払った様子で、既に両手をテーブルの上に置いていた。周りを確認すると、他の二人の客は表情を強張らせ、抵抗することなく従っていた。

『金を詰めろ』

 オーナーが、「は、はい!」と返事をし、レジの操作を始めた。

『もたもたするなよ』

 銃ヤギはオーナーの方へ向かい、声ヤギはポケットから紙と筒状のものを取り出した。筒を振る度に、からからと音がした。

 壁に紙を貼り付けると、スプレーのキャップを外し、噴射した。シンナーの匂いが、店内のコーヒーやバターの香りを吹き飛ばしていく。

 視線をそらし、オーナーの方を見ると、オーナーはレジから札と小銭を掴み、せっせとバッグの中に入れていた。さぞ悔しかろうと思い、オーナーに同情の視線を送る。が、彼は悔しそうというよりも、ガチガチに緊張した様子で従順に金を詰めていた。

 オーナーから視線を外し、向かいの席に座る森巣を見る。注目を集めると言っていたが、何をするつもりなのだろうか。
 僕の視線に気づいた森巣が、ニヤリと笑みを浮かべた。

「ララッラーッラーッララララ、ララーラララ、ラー」

 突然、森巣が小さな声で口ずさみ始めた。目をかっと見開き、ブレザーのポケットから手帳とボールペン、そしてスマートフォンを取り出した。

 周囲を見ると、他の客も、そして強盗ヤギたちも呆気に取られた様子で、森巣に視線を送っている。

「ラーラッラ、ララー」と口ずさみ続けながら、何かに取り憑かれたみたいに手帳にペンを走らせていた。

 声ヤギがはっとした様子で、『動くな。抵抗をするな。邪魔をすれば容赦なく撃つ』と音声を再生させた。

「すんません、ちょっと今、これだけメモらせてください!」

 軽薄そうな声が店の中に響いた。冷徹な森巣の声や口調ではない。だけど、目の前にいる彼の口から、声は出ていた。

『両手をテーブルの上に置け』
「あっ、抵抗とかはしないんで。俺、実はバンドマンなんすよ。ちょっと今、頭の中ですげーヤバいフレーズが流れ始めたんで、記録させてください」

 声ヤギと銃ヤギが顔を見合わせている。
 森巣は、スマートフォンを起動し、「ラーッラッラ」とフレーズの録音まで始めた。何をやっているんだ、と奥歯を噛み締めていたら、彼が口ずさんでいるフレーズに聞き覚えがあることに気がついた。

 僕の曲だ。

 自分の顔が熱を持ち、真っ赤になっていくのがわかる。
 ダンッと大きな音が店内に響く。驚いて視線を向けると、銃ヤギが右足を上げ、勢い良く床を踏みつけた。再び、大きな音が店内に響く。
 が、それでも森巣は相手にする様子もなく、作業を続けている。
 声ヤギが、森巣のそばまで行き、『騒ぐと殺す』と音声を再生させた。

「ちょっと静かにしてもらっていいっすか? 今、降ってきてるんで!」

 はっとし、視線を泳がせる。森巣に、自分を見ないで周りの人間を見てくれ、言われていたことを思い出した。

 左奥に座っている、文庫本を読んでいた男は、目を見張って森巣のことを見ている。空気を読めない迷惑な若者が現れ、ひやひやしているのだろう。右奥に座る女性客も似たようなもので、表情を強張らせて、森巣と強盗ヤギの間で視線を泳がせていた。

『騒ぐと殺す』

「あーもう、変な声が入ったから録り直しじゃないっすか! 銀行襲う度胸もないあんたらにはわからないかもしれないけど、こっちは音楽に人生かけてんすよ」

 マスクのせいで表情は見えないが、銃ヤギが肩で呼吸をし、苛立っていることはわかる。むきになった様子で大股で歩き出し、銃を森巣の眼前で構え、撃鉄を上げた。

「ちょっとなんなんすか、ひぃっ!」と森巣が情けのない声をあげる。

 嘘だ、演技だ、ということが僕にはわかる。急いで、視線を移し、店にいる面々の様子を探る。

 眼鏡の男は歯をくいしばるように森巣を見ている。女は緊張した様子で、じっと銃ヤギを見据えている。オーナーは一番気が動転しているようで、銃ヤギと森巣と女性客の間でせわしなく視線を泳がせていた。僕と目が合うと、眉を歪め、悲愴感をより一層濃くした。

「すいませんすいません!」

 森巣が机の上に手を置き、情けない声で謝り続ける。
 声ヤギが銃ヤギに歩み寄り、肩を叩く。銃ヤギがそれを払いのけると、声ヤギはICレコーダーを操作し、『両手をテーブルの上に置け』と流した。

 今のは操作ミスだったのだろう。声ヤギは、すぐに『思い出せ』と音声を再生させた。

 その瞬間、水をかけられたみたいに、銃ヤギが冷静になったのがわかった。撃鉄を戻し、身を引いた。

 ほっと胸を撫ぜ下ろす。思わず手をテーブルから離し、額の冷や汗を拭いそうになった。

「あの、おっ、終わりました」

 オーナーがバッグを差し出し、声ヤギが受け取る。
 強盗ヤギたちはそのまま後ずさり、扉の前に移動すると、『五分間、ここでじっとしていろ』と音声を再生させた。

 わかったか確認するように店内の面々を見回すと、鍵を開けて外に出ていった。
 嵐が過ぎ去ったような静寂の中、呆然と扉を見つめてしまう。

 強盗ヤギたちはいなくなったけど、張り詰めた奇妙な緊張が場を支配している。彼らが銃を持って戻って来るのではないか、という不安に足を掴まれているような気分だ。みんな、素直にテーブルの上に手を置きっぱなしにしている。

 そんな中、森巣は勢い良く立ち上がると、カバンを持って店を飛び出していった。どこまでも、強盗ヤギたちの言うことを聞くつもりはないらしい。

 慌てて僕も立ち上がり、彼の後を追う。

 店を出ると、夜のひんやりとした空気が肌を包んだ。閑散とした商店街の、遠くから車が走り抜ける音が聞こえる。強盗ヤギの仲間の車が待機していたのかもしれない。
 森巣を探すと、彼はすでに店からはだいぶ離れたところを、駅に向かって歩いていた。

 走って隣に向かい、「森巣!」と声をかける。

「あの銃は偽物だったぞ」

 森巣は興奮気味にそう言いながら、歩き続けた。

「偽物ってどういうことだよ。さっきのあれは何だ? 心配したんだぞ! それに、よくも僕の曲を」
「俺が銃を向けられている間、何を見たか細かくメールで送ってくれ」
「ああ、それはいいけど……今話そうか?」
「悪いが、今は考え事をしているから、お前と話す時間がない」

 森巣はこっちを見ることなく、ピシャリとそう言うと、黙り込んだ。話しかけ辛い真剣な顔をして、どこか遠くを見ている。
 しばらく森巣の隣を歩きながら、さすがに「どこに向かってるんだ?」と訊ねる。

「帰るんだ。あっ、会計を忘れたな」
「会計! いやでも、そんなことよりも警察に通報しなくていいのか?」
「誰かがやってるだろう。警察の実況見分を受けたかったら、戻っていいぞ。俺は時間がもったいないから帰るけどな」

 自分はどうするべきかわからず、立ち止まる。
 迷っている間にも、森巣は駅へ向かって歩き続けている。
 離れていく森巣を眺めながら、ここが僕と彼の違いなのだろうと感じる。後から、ちゃんと協力するべきだった、と後悔したくない。
 森巣に背を向け、振り返ることなく店に戻った。
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登場人物紹介

平羊介 音楽が趣味の平凡な高校生。だったはずが、同級生の森巣と出会い、平和な日常が終わる。勇気を試され、決断を迫られ、町で起こる事件に巻き込まれて行く。

森巣良 イケメンで優しい、クラスの中心にいる生徒。だけど彼には裏の顔があり……その正体は腹黒毒舌名探偵だった。正義の味方ではないが、自分の町で起こる事件に、森巣なりの美学を持って解決しようとする。

小此木霞 平と森巣の高校の先輩。森巣とは幼馴染で、彼が心を許している数少ない存在。森巣の裏の顔や、彼が何をしているのか知っている。知識が豊富でパズルが得意なので、たまに森巣に協力をする。事件に挑む二人のよき理解者。

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