ウニボマーの正体は

文字数 3,641文字

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「どれのことなんだ?」ともう一度動画を再生させようとする鶴乃井に、森巣が「すいません、勘違いでした」と頭を下げた。

 動画にジェスチャーのヒントなんてない。今のは、僕が自然にスマートフォンを操作し、こっっそり小此木さんにメッセージを飛ばせるようにしただけだ。役目が終わり、森巣に目配せをする。森巣は小さく頷いた。

 鶴乃井は不満そうな顔で、森巣の様子を窺っている。本当に勘違いだったのか、自分が見落としているけど森巣が気付いている情報があるのではないか、と疑いを抱いている様子だったが、小さく笑ってカップに手を伸ばした。

「ところで今回の騒動が、探偵である鶴乃井さんへの挑戦っていうだけだったら、動画をネットに投稿した理由はわかりませんよね。なんでだと思いますか?」
「要求があったわけじゃないし、自己顕示欲じゃないかな。劇場型にしたのも、自分を見つけて欲しかったんだろう」
「確かにあの動画の影響で、鶴乃井さんが事件に挑んでいる、ということを印象付けられましたね」

 無事に正解にたどり着けてよかったよ、と鶴乃井が安堵した様子でつぶやく。それを見て、森巣は諭すような口調で口を開いた。

「鶴乃井さん、そろそろ戦いをやめにしませんか?」

 鶴乃井が、困惑した様子であいまいな笑みを浮かべる。

「戦いってなんのことかな」
「名画座には行かず、ウニボマーや大衆には、爆弾のありかはわからなかったと発表してください」
「M、君はその……何を言ってるんだ?」

 鶴乃井は顔をしかめ、口調を硬くした。森巣の真剣な表情に圧されたのか、「冗談じゃなさそうだな」と言ってソファに深く腰掛けた。

「鶴乃井さん、俺も横浜公園、野毛山動物園、成田山神社、名画座といくつか候補地を持ちました。だけど、どれも決定打だとは思えませんでした」
「自分の方が先に推理していた、と言いたいのか? もう勝負はついてるんだ、負け惜しみはよしたほうがいい。それとも、私の推理が間違っていると言いたいのか?」
「いいえ、鶴乃井さんがそう言うんなら、正解なんでしょう。どこでもいいんですよ。あなたが言ったところに爆弾が置かれるんですから」

 森巣の言葉は矢のように放たれ、鶴乃井に刺さった。鶴乃井の表情が険しくなる。

「君はもしかして、私の狂言だと言いたいのか? 世間を騒がせ、誰よりも先に解決するために、爆弾を用意したとでも思ってるのか?」

 今にも森巣の胸ぐらを掴みかからんとするような、剣呑な雰囲気になった。プライドを傷つけられた、と憤っているのだろう。鶴乃井はもっとスマートな人だというイメージを持っていたけど、がらりと覆る。

 反して森巣は冷静で、首を横に振った。

「鶴乃井さん、なぜウニボマーが横浜で事件を起こしているのかわかりますか?」
「彼にゆかりがある土地で、だからこそ壊したいのかもしれない」
「あなたが横浜にいるからですよ」

 困惑し、目をみはる鶴乃井に、森巣は説明を重ねる。

「自分と遊べるような人が周りにいなくて退屈だった、同等のやつに会いたい。鶴乃井さんのインタビューを読むと、そう伝わってきました。事件が起こるたびに俺にメールを送ってきていたのは、どっちの方が先に解決するか、勝負したかったからじゃないですか?」

 鶴乃井は返答することなく、唇を固く結んでじっと森巣を見据えている。が、返事がないのが答えに思えた。

「ウニボマーは、あなた好みに作られたキャラクターだ。犯人の標的は、あなたなんです」
「私が標的?」
「ええ。名画座に行き、客席の中央付近に座ったあなたを爆弾で殺すことが目的です」

 自分が疑われているわけではないとわかったからか、少し表情を和らげたが、それでもまだ困惑している様子だった。

「なんのために? 私を殺すことが目的なら、この事務所にでも爆弾をしかければいいじゃないか」

 犯人は劇場型の事件を起こした。その目的がゲームではなく、鶴乃井を殺すことだとしたら、導き出せる答えは一つ、劇場の上で鶴乃井を殺すことだ。

「鶴乃井さん、僕たちはさっき、山下公園で小学生の男の子に会いました」

 僕が話し出すと、鶴乃井は僕の存在を思い出したみたいに、視線を移してきた。

「彼は、悪を見逃す癖をつけちゃいけないんだ、と言って爆弾を探していました。彼だけじゃありません。宝探しでもするみたいに、爆弾を探してる人が何人もいましたよ」

 活躍している探偵は、さすがに察しが良く、表情を硬くした。
 皮肉なことに、彼が正義として活躍すればするほど彼に憧れて危険な行動をする人が増えてしまう、ということに気がついてくれたのだろう。

「犯人の目的は、他人の秘密を暴いたり、事件に首を突っ込むなと釘を刺すことなんですよ。あなたが調査中にみんなの記憶に残る形で死亡すれば、事件は警察に任せよう、素人が出しゃばるのはやめよう、と思うでしょうからね」

 森巣も鶴乃井も、覚悟を持って調査や推理をしている。だが、全員がそうではない。自分は正しいことをしているのだから、良いことがあるはずだ、と思い込む人も多いだろう。

「これが俺の推理です。それでも名画座に行きたければ、止めません」
 もしかしたら鶴乃井は森巣の話を一笑に付し、名画座に向かってしまうのではないか、と危惧していた。だけど、鶴乃井は食い下がることなく、「わかった」と了承した。
「だが、さっき君が言っていた、降参するという要求は飲めない。悪を見逃す癖をつけてはいけないと死んだ両親に教えられた。そして、それを実践して、今日まで生きてきたんだ。犯人に会いに行くことはやめよう。でも、爆弾のことは通報し、いつものように発表させてもらう」

 正義感の強い鶴乃井が、簡単に敗北したと宣言するはずがない、と僕も案じていたのだが、こっちは当たってしまった。森巣は返事を聞いても苛立つ様子を見せず、「ポジティブイリュージョンって知っていますか?」と話し始めた。

「人には、自分の持っている力や先行きを楽観視する精神的機能があり、戦争中の指揮官は妄想の域に達するほど無謀な決断をする傾向があるそうです。自分なら勝てると思って戦いをしかけ、戦いが長引き、多大な犠牲を払って負ける。ナポレオンのロシア侵攻も、ヒトラーのロシア侵攻も、戦争をしかけた方が負けています」
「私がヒトラーと同じだと言いたいのか?」
「違うと思うなら、引いてください。戦いを続けて勝ったとしても、犠牲が伴うでしょうし、消耗戦になったときに巻き込まれるのは弱者です。それに今回の事件は、あなたがしかけている側だと思いますよ」

「おいおい、しかけてきたのはウニボマーだろ」
「顔を晒し、人生をかけてまであなたを殺そうとする理由を想像してください。犯人はおそらく、過去にあなたが解決した事件のせいで不幸になった誰かだと思いますよ。正義は、常に肯定されるもの、という意味ではありません」

 しんとした静けさに包まれた。鶴乃井は俯き、組んでいる自分の手をじっと見つめている。こちこち、と動く時計の針の音が目立ってきた頃、鶴乃井が大きく息を吐き出した。

「私が負けを認めても、犯人はまだ狙ってくるんじゃないか? そうなると、やめる意味はないだろう」
「犯人はあなたを乗せるために、顔を晒しました。その内に身元も割れて、逮捕されますよ」

 鶴乃井が、長い息を吐き出し、両手で顔を覆う。しばらく揉みほぐすように手を動かしてから、顔を見せた。眉に力が入り、痛みを堪えるような顔をしている。

「それでも、私は探偵をやめることはできない。Mならわかってくれるんじゃないか? 問題を解けてしまうんだから、仕方ないんだ。私にはこれしかない! この力が私を支え、道を切り拓いてきたんだ! 探偵活動は続ける。そのせいで、また私に復讐しようとする者が現れてしまうかもしれない。でも、どうすればいいって言うんだ」
「世の中の悪は放っておいて、人の役に立つ推理だけをすればいいじゃないですか。あなたには能力があるんだから、解くべき事件を選んで、他は警察に任せればいい」

 鶴乃井が目を大きく見開いた。僕もおそらく、同じような顔をしているだろう。
 それでいいのか? と思ったが、胸の中で言葉がすかっと響いていた。

「それに、やめる意味は他にもありますよ。戦いをやめる為には、負けを認めるのが賢明ですが、それは勇気がいることです。ここであなたが身を引いたら、俺は尊敬します。チェスの相手くらいにはなれますよ」

 森巣の言葉を受けて、鶴乃井の表情が固まる。しばらくして、目を細め、口角を上げ、白い歯をのぞかせる。笑い声をもらしながら、右手で瞼を隠し、肩を震わせた。
 ちらりと森巣を見る。随分遠回しに「友達になろう」と言ったもんだ。
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登場人物紹介

平羊介 音楽が趣味の平凡な高校生。だったはずが、同級生の森巣と出会い、平和な日常が終わる。勇気を試され、決断を迫られ、町で起こる事件に巻き込まれて行く。

森巣良 イケメンで優しい、クラスの中心にいる生徒。だけど彼には裏の顔があり……その正体は腹黒毒舌名探偵だった。正義の味方ではないが、自分の町で起こる事件に、森巣なりの美学を持って解決しようとする。

小此木霞 平と森巣の高校の先輩。森巣とは幼馴染で、彼が心を許している数少ない存在。森巣の裏の顔や、彼が何をしているのか知っている。知識が豊富でパズルが得意なので、たまに森巣に協力をする。事件に挑む二人のよき理解者。

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