強盗をする動物ってなーんだ?
文字数 3,712文字
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強盗をする動物ってなーんだ?
強盗、ごうとう、ゴートー、ゴート、という訳で正解はヤギ。
それが理由かは知らないけど、スマートフォンの画面に映っている背広を着た二人組の頭は、ヤギのマスクですっぽりと覆われていた。ゴム製なのだろうけど、リアルな造形をしている。そのヤギ頭のうち、一人の手には銃が握られていた。
店の壁に短冊メニューが見えるし、テーブルの上にざる蕎麦が見えることから、ここが蕎麦屋なのだとわかる。
強盗が襲う場所は、銀行かコンビニエンスストアだと勝手に思っていたから、蕎麦屋にヤギマスクの強盗が現れるなんて考えたこともなかった。ヤギマスクの一人が持っているICレコーダーから、音声合成ソフトで作ったような抑揚のない声で、『騒ぐと殺す』という強盗お決まりのセリフが流れている。
「すっげえよなぁ、もうすぐ四百万いくぜ」
隣の席の佐野 が、自分のスマートフォンを見ながら興奮気味に言った。画面の中では、一週間前に起きた強盗事件の動画が再生されている。居合わせた客の一人がそっと撮影したもので、四百万というのは動画投稿サイトでの再生数のことだ。
「なあ佐野、それが投稿されたのって、いつだっけ?」
「ええっと、先週の金曜の夜かな。カラオケ行って映画観て、焼肉を食べて帰ったらネットで話題になってた」
「楽しい金曜の放課後だったのに、最後は嫌なニュースで残念だったな」
「いやいや、こんなことなら一人で遊んでないで、家でネットしてれば良かったよ」
「一人だったのか!?」
「お前が、予備校があるとか言って断ったからな」
ばつが悪く、「たった三日でこの数はすごいよなぁ」とごまかす。
「動画自体は短いし、何度も見る人も多いんだと思うぜ。でも、みんな暇だよな」
「昼休みにまで見てる奴が言っても、なんの説得力もないよ」
「違うって、これは平 に見せる為にやってるんじゃん。お前さん、情報に疎いから」
「僕だって一応知ってるよ。最近は、どのチャンネル回してもこればっかりじゃないか」
ヤギマスクを被った強盗コンビは、強盗ヤギと呼ばれ、最近メディアで騒がれている。 強盗ヤギが現れたのは、今回で四件目だ。バー、パン屋、カフェ、蕎麦屋、と個人経営の店ばかり襲われている。
そのうち、一、三、四回目の事件で、人質になった客が撮影した動画が、動画投稿サイトにアップされている。警察やテレビニュースでは、「危険なので撮影はやめてください」と訴えているが、最初に撮影された映像が話題になったからか、撮影する者が後を絶たない。
「じゃあ、落書きは知ってるか?」
落書き? と訊ね返すと、佐野は得意げな笑みを浮かべた。
「仕方ないなー、よおく見てろよ」
佐野がスマートフォンを操作し、動画を再び再生させる。
強盗ヤギが映し出され、銃とICレコーダーを構えた。『騒ぐと殺す』とICレコーダーから流れる。銃を持ったヤギが移動し、店主にバッグを押し付けた。
「ここだよ、ここ!」
佐野が動画を一時停止させ、画面を指差す。どこのことを言っているのかわからず、画面に顔を近づける。
「壁にほら、見えるだろ」
白い壁に、赤い何かが見え、一瞬誰かの血かと思ったけど、丸い形になっていることに気がついた。
「この赤いやつ?」
視線を移すと、佐野が得意げな顔をしながら、ノートを開いてこちらに向けていた。そこには、佐野の手書きでうつされた、さっきのマークが四つ描かれている。
十字の上に円が描かれ、その周りをアルファベットが囲むように並んでいる。それぞれ、『ndumznmwqendqmp』『vuyiqzffaomrq』『dazqmfezmmpxqel』『danqdfsqfemzmbbxq』と書かれていた。
「強盗ヤギたちが壁にシールを貼って、その上からスプレーをしてこのマークを残したんだと。グラフィティアートの、ステンシルっていうやり方らしいぜ」
「へえ、じゃあアーティストのタグのつもりなのかな」
「と、思うじゃん?」
佐野が言葉を止め、にやりと笑う。
「え? 違うの?」
「これ、ゾディアックっていうアメリカの連続殺人犯が使ってたマークらしいんだよ。ゾディアックはマスコミに暗号文を送りつけていたことで有名らしい」
「あー、確かに毎回書かれてる文字が違うし、暗号なのかもしれないね。それで、これはどういう意味なんだ?」
「わからん」と佐野が下唇を突き出した。そのまま頭の後ろで手を組み、椅子の背もたれに体を預ける。得意げだった割に、大したことないじゃないかと視線で訴える。
「まだ誰にも解読できてないんだよ。他の動画にも、壁にこれと似たようなものが映ってるのがあったし、実際に店に行って確認する人もたくさんいるみたいだぜ」
「店は暗号消してないんだ?」
「行った奴らはちゃんと注文もしてるみたいだし、複雑な心境だろうけど、店にとってもちょっとは良いんじゃないのか? 強盗された店が欲しいのは、お金だろ?」
「まあ、そうっちゃそうだけど」と言いながら、少し釈然としない。
「おれも、赤いマークがあることには自力で気づいたんだけど、他は全然知らんかった。この週末、ネットはちょっとした祭りだったんだぜ」
佐野が興奮気味にそう言うと、別の強盗ヤギの動画を再生させ始めた。
「事件をネットで調べたりしなくなったからなあ。全然知らなかった」
「そんなんじゃあ、話の輪に入れなくなるぞ」
そう言って、佐野が周りを見る。教室には、いくつかのグループが出来上がっていた。
「でも、おれも平も、クラスの輪は関係ないよなあ。点と点が繋がって線ってレベルだし」
「だったら、別に見てなくてもいいじゃないか」
「だからおれが教えてやるよ!」
佐野はぐっと右手の親指を立て、白い歯をのぞかせた。少しぽっちゃりとしている佐野がやっても、全然爽やかに見えない。
「でも、みんなよく、事件の動画なんか見たがるよなぁ」
「いやいや、普通だったら見てみたいだろ。人質が撃たれたことはないから、別にグロい映像ってわけじゃないし。ていうか、前は、平の方がおれよりこういう話に詳しかったじゃん」
返答に窮する。確かに、以前の僕は事件や事故の情報に詳しかった。事件や事故の現場に行くという趣味があったからだ。その頃僕にとって、事件や事故の現場は最高のパワースポットだった。自分より酷い目に遭った人や動物に思いを巡らせ、自分はまだましだとほっとできる。そして、自分はまだ生きているんだ、と感じていた。
だけど、先月ある事件の調査をすることになり、その考えは捨てることになった。
それ以降、事件や事故の情報からは目をそらして生活を送っている。
「あー、なんだか蕎麦を食べたくなってきたなぁ」
「事件動画の感想がそれか?」
「いやでも、結構美味しそうだったじゃん。汁に浸かった、ぐずぐずになりかけのかき揚げと一緒に、蕎麦を食べたいなぁ」
「たいらくーん」と僕を呼ぶ女子の声が聞こえてきた。
視線を移すと、後ろのドアのそばに立ち、こっちを見ている女子がいた。クラスメイトだけど、話したことはあまりない。苗字は佐藤か鈴木だった気がする。
「おいおい、お前、なんで女子に呼ばれてるんだよ」
佐野から小声で抗議を受けたが、僕にもよくわからない。
ポニーテールの彼女は、少しはにかんだ様子で、僕を手招きしていた。ドキリとしながら立ち上がり、彼女のそばに向かう。
ちらちらと彼女が視線を移す廊下から、一人の男子生徒が現れた。心臓を、冷たい手で握られたような気持ちになる。
彼は、爽やかな笑みを浮かべ、右手をあげている。
白い肌と濡れ羽色の髪、少し切れ長の目が印象的な美青年だ。
「やあ平、ちょっといいかな?」
森巣良 、二年六組の生徒で、おそらく学年一人気がある生徒だ。
容姿が優れているが鼻にかける様子もなく、分け隔てなく人と接し、ユーモアと行動力がある人だ、とみんなは思っている。
彼とは先月、共にある事件を調査し、解決した。彼には不思議な魅力があり、そんな彼と調査をしている間、僕は自分が特別な存在になったような、浮き足立った気持ちになっていた。
だけど、事件が終わってからは、彼に会おうとさえしていなかった。
僕の返事を待たずに、森巣は廊下に出て行った。どうしようか、と悩んでいたら、「たいらくん、なにしてるの?」と鈴木さんが、怪訝な顔で僕を見ていた。気が重いけど、ついていかないと非難されそうだ。
ずいずい進む彼の隣に追いつくと、「お昼はもう食べた?」と尋ねられた。
「まだだけど」
「そうか、まあいいや。じゃあ、美術室に行こう」
歩きながら、「なんで美術室?」と訊ねる。
「あそこは静かだからね。同級生に話しかけられることもないし」
人に聞かれたくない話をするということなのだろう。
強盗をする動物ってなーんだ?
強盗、ごうとう、ゴートー、ゴート、という訳で正解はヤギ。
それが理由かは知らないけど、スマートフォンの画面に映っている背広を着た二人組の頭は、ヤギのマスクですっぽりと覆われていた。ゴム製なのだろうけど、リアルな造形をしている。そのヤギ頭のうち、一人の手には銃が握られていた。
店の壁に短冊メニューが見えるし、テーブルの上にざる蕎麦が見えることから、ここが蕎麦屋なのだとわかる。
強盗が襲う場所は、銀行かコンビニエンスストアだと勝手に思っていたから、蕎麦屋にヤギマスクの強盗が現れるなんて考えたこともなかった。ヤギマスクの一人が持っているICレコーダーから、音声合成ソフトで作ったような抑揚のない声で、『騒ぐと殺す』という強盗お決まりのセリフが流れている。
「すっげえよなぁ、もうすぐ四百万いくぜ」
隣の席の
「なあ佐野、それが投稿されたのって、いつだっけ?」
「ええっと、先週の金曜の夜かな。カラオケ行って映画観て、焼肉を食べて帰ったらネットで話題になってた」
「楽しい金曜の放課後だったのに、最後は嫌なニュースで残念だったな」
「いやいや、こんなことなら一人で遊んでないで、家でネットしてれば良かったよ」
「一人だったのか!?」
「お前が、予備校があるとか言って断ったからな」
ばつが悪く、「たった三日でこの数はすごいよなぁ」とごまかす。
「動画自体は短いし、何度も見る人も多いんだと思うぜ。でも、みんな暇だよな」
「昼休みにまで見てる奴が言っても、なんの説得力もないよ」
「違うって、これは
「僕だって一応知ってるよ。最近は、どのチャンネル回してもこればっかりじゃないか」
ヤギマスクを被った強盗コンビは、強盗ヤギと呼ばれ、最近メディアで騒がれている。 強盗ヤギが現れたのは、今回で四件目だ。バー、パン屋、カフェ、蕎麦屋、と個人経営の店ばかり襲われている。
そのうち、一、三、四回目の事件で、人質になった客が撮影した動画が、動画投稿サイトにアップされている。警察やテレビニュースでは、「危険なので撮影はやめてください」と訴えているが、最初に撮影された映像が話題になったからか、撮影する者が後を絶たない。
「じゃあ、落書きは知ってるか?」
落書き? と訊ね返すと、佐野は得意げな笑みを浮かべた。
「仕方ないなー、よおく見てろよ」
佐野がスマートフォンを操作し、動画を再び再生させる。
強盗ヤギが映し出され、銃とICレコーダーを構えた。『騒ぐと殺す』とICレコーダーから流れる。銃を持ったヤギが移動し、店主にバッグを押し付けた。
「ここだよ、ここ!」
佐野が動画を一時停止させ、画面を指差す。どこのことを言っているのかわからず、画面に顔を近づける。
「壁にほら、見えるだろ」
白い壁に、赤い何かが見え、一瞬誰かの血かと思ったけど、丸い形になっていることに気がついた。
「この赤いやつ?」
視線を移すと、佐野が得意げな顔をしながら、ノートを開いてこちらに向けていた。そこには、佐野の手書きでうつされた、さっきのマークが四つ描かれている。
十字の上に円が描かれ、その周りをアルファベットが囲むように並んでいる。それぞれ、『ndumznmwqendqmp』『vuyiqzffaomrq』『dazqmfezmmpxqel』『danqdfsqfemzmbbxq』と書かれていた。
「強盗ヤギたちが壁にシールを貼って、その上からスプレーをしてこのマークを残したんだと。グラフィティアートの、ステンシルっていうやり方らしいぜ」
「へえ、じゃあアーティストのタグのつもりなのかな」
「と、思うじゃん?」
佐野が言葉を止め、にやりと笑う。
「え? 違うの?」
「これ、ゾディアックっていうアメリカの連続殺人犯が使ってたマークらしいんだよ。ゾディアックはマスコミに暗号文を送りつけていたことで有名らしい」
「あー、確かに毎回書かれてる文字が違うし、暗号なのかもしれないね。それで、これはどういう意味なんだ?」
「わからん」と佐野が下唇を突き出した。そのまま頭の後ろで手を組み、椅子の背もたれに体を預ける。得意げだった割に、大したことないじゃないかと視線で訴える。
「まだ誰にも解読できてないんだよ。他の動画にも、壁にこれと似たようなものが映ってるのがあったし、実際に店に行って確認する人もたくさんいるみたいだぜ」
「店は暗号消してないんだ?」
「行った奴らはちゃんと注文もしてるみたいだし、複雑な心境だろうけど、店にとってもちょっとは良いんじゃないのか? 強盗された店が欲しいのは、お金だろ?」
「まあ、そうっちゃそうだけど」と言いながら、少し釈然としない。
「おれも、赤いマークがあることには自力で気づいたんだけど、他は全然知らんかった。この週末、ネットはちょっとした祭りだったんだぜ」
佐野が興奮気味にそう言うと、別の強盗ヤギの動画を再生させ始めた。
「事件をネットで調べたりしなくなったからなあ。全然知らなかった」
「そんなんじゃあ、話の輪に入れなくなるぞ」
そう言って、佐野が周りを見る。教室には、いくつかのグループが出来上がっていた。
「でも、おれも平も、クラスの輪は関係ないよなあ。点と点が繋がって線ってレベルだし」
「だったら、別に見てなくてもいいじゃないか」
「だからおれが教えてやるよ!」
佐野はぐっと右手の親指を立て、白い歯をのぞかせた。少しぽっちゃりとしている佐野がやっても、全然爽やかに見えない。
「でも、みんなよく、事件の動画なんか見たがるよなぁ」
「いやいや、普通だったら見てみたいだろ。人質が撃たれたことはないから、別にグロい映像ってわけじゃないし。ていうか、前は、平の方がおれよりこういう話に詳しかったじゃん」
返答に窮する。確かに、以前の僕は事件や事故の情報に詳しかった。事件や事故の現場に行くという趣味があったからだ。その頃僕にとって、事件や事故の現場は最高のパワースポットだった。自分より酷い目に遭った人や動物に思いを巡らせ、自分はまだましだとほっとできる。そして、自分はまだ生きているんだ、と感じていた。
だけど、先月ある事件の調査をすることになり、その考えは捨てることになった。
それ以降、事件や事故の情報からは目をそらして生活を送っている。
「あー、なんだか蕎麦を食べたくなってきたなぁ」
「事件動画の感想がそれか?」
「いやでも、結構美味しそうだったじゃん。汁に浸かった、ぐずぐずになりかけのかき揚げと一緒に、蕎麦を食べたいなぁ」
「たいらくーん」と僕を呼ぶ女子の声が聞こえてきた。
視線を移すと、後ろのドアのそばに立ち、こっちを見ている女子がいた。クラスメイトだけど、話したことはあまりない。苗字は佐藤か鈴木だった気がする。
「おいおい、お前、なんで女子に呼ばれてるんだよ」
佐野から小声で抗議を受けたが、僕にもよくわからない。
ポニーテールの彼女は、少しはにかんだ様子で、僕を手招きしていた。ドキリとしながら立ち上がり、彼女のそばに向かう。
ちらちらと彼女が視線を移す廊下から、一人の男子生徒が現れた。心臓を、冷たい手で握られたような気持ちになる。
彼は、爽やかな笑みを浮かべ、右手をあげている。
白い肌と濡れ羽色の髪、少し切れ長の目が印象的な美青年だ。
「やあ平、ちょっといいかな?」
容姿が優れているが鼻にかける様子もなく、分け隔てなく人と接し、ユーモアと行動力がある人だ、とみんなは思っている。
彼とは先月、共にある事件を調査し、解決した。彼には不思議な魅力があり、そんな彼と調査をしている間、僕は自分が特別な存在になったような、浮き足立った気持ちになっていた。
だけど、事件が終わってからは、彼に会おうとさえしていなかった。
僕の返事を待たずに、森巣は廊下に出て行った。どうしようか、と悩んでいたら、「たいらくん、なにしてるの?」と鈴木さんが、怪訝な顔で僕を見ていた。気が重いけど、ついていかないと非難されそうだ。
ずいずい進む彼の隣に追いつくと、「お昼はもう食べた?」と尋ねられた。
「まだだけど」
「そうか、まあいいや。じゃあ、美術室に行こう」
歩きながら、「なんで美術室?」と訊ねる。
「あそこは静かだからね。同級生に話しかけられることもないし」
人に聞かれたくない話をするということなのだろう。